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第12話 新婚旅行?


 セドリックと結婚して半年後。


 私とセドリックは、旅行に来ていた。


 推しとまさかの新婚旅行!

 そういっても過言じゃない……いや、過言ね。


 確かに今、馬車で王都から離れて旅行のように離れた領地に来ている。


 でも理由は旅行などではない。


 領地の視察だ。


 それも、私の水魔法の浄化能力を使うための。


 この半年間で、私の水魔法の浄化は開花した。

 普通の水魔法よりも浄化力が高く成長した。


 汚れた水を清め、土地の穢れを祓えるようになった。

 もう少し練習すれば、毒すらも浄化できるようになるかもしれない。


 やはり水魔法に才能はあったようだ。


 私としては単純に魔法ができることが嬉しかった。


 前世では日本人で魔法なんて使えなかったから、この世界で魔法が使えるだけでテンションが上がる。


 水の玉を作って、形を変えて、浄化の力を込めて。


 それが楽しくて、毎日練習していた。

 でも、単に喜ばせるだけじゃ終わらせない人達がいる。


 それが義父のギルベルト公爵だ。


 彼に私の浄化の能力が目に付けられ、公爵家が持っている領地で使ってきてほしいとお願い……いや、命令をされた。


 断ることはできなかった。


 公爵家の嫁として、領地のために働くのは当然のこと。

 それに、困っている人を助けられるなら、それは悪いことじゃない。


 そう自分に言い聞かせた。


 もともとは一人で行く予定だった。

 でも、セドリックが「僕も行きます、絶対に」と言って譲らなかった。


 学園があるから無理だと言っても、「大丈夫です」と言い切った。


 その真剣な表情に、私は何も言えなくなってしまった。


 だから、二人で来たのだ。


 馬車に乗りながら移動している二人。


 窓の外には緑豊かな景色が広がっている。

 木々が風に揺れ、鳥が鳴き、のどかな田園風景。


 馬車の揺れは心地よく、セドリックと向かい合って座っている。


 彼は本を読んでいるけれど、時々私のほうを見て微笑む。

 その笑顔を見るたびに、胸がきゅっとなる。


 私は少し心配になって尋ねた。


「本当に学園に出席しなくても大丈夫なんですか?」


 セドリックは本から顔を上げて、穏やかに答える。


「大丈夫ですよ。僕は首席なので、ある程度は自由が利きます」

「でも、授業を休んだら……」

「教師にも話を通してあります。それに、この旅は領地の視察という公務ですから。むしろ、実地で学べる良い機会だと言われました」


 そう言って笑う。

 首席を保っていればこのくらいの遠出は許されるらしい。


 さすが、優秀な推し。


 ということで、王都から三日間ほど馬車で移動して、公爵家が保有している領地に辿り着いた。


 馬車の窓から外を覗くと、そこはなかなか大きな町だった。

 石造りの建物が並び、道は石畳で整備されている。

 人々が行き交い、荷車が通り、活気がある。


 物流もしっかりしているようだ。


 主に穀物などを育てて出荷しているような土地らしい。


 馬車が止まり、扉が開く。


 セドリックが先に降りて、手を差し伸べてくれる。


「どうぞ、アメリア」

「ありがとう」


 彼の手を取って、馬車から降りる。


 広場には露店が並び、果物や野菜、パンや肉が売られている。


 子どもたちが走り回り、母親たちが笑いながら話をしている。

 老人が杖をついてゆっくりと歩き、若者が荷物を運んでいる。


 空気は澄んでいて、風が心地よい。


 太陽が暖かく、雲がゆっくりと流れている。


 けっこう良い町だ。


 空気も澄んでいて、視察だけど旅行気分で気分がいい。


 馬車も公爵家が用意してくれたものなので、乗り心地もよかった。

 座席はふかふかで、揺れも少なく、三日間の移動も苦ではなかった。


 そしてセドリックにエスコートされて、その町のひときわ大きな屋敷に向かう。


 道を歩きながら、町の人々とすれ違う。


 彼らは私たちを見て、少し驚いたように目を見開く。

 おそらく馬車の紋章を見て、公爵家の人間だとわかったのだろう。


 丁寧に頭を下げる人もいる。


 私も微笑んで会釈を返す。

 やがて、大きな門が見えてきた。


 石造りの門で、紋章が刻まれている。


 ギルベルト公爵家の紋章だ。


 門が開き、私たちは中に入る。

 どうやらここがこの土地で公爵家が持っている家のようだった。


 王都の公爵邸よりは小さいが、それでもやっぱり立派な家。


 三階建てで、窓がたくさんあり、庭も広い。


 使用人もいて、私たちを丁寧に出迎えてくれる。


「ようこそいらっしゃいました、セドリック様、アメリア様」


 執事らしき男性が深く頭を下げる。


 申し分ない。

 やはり公爵家はすごいなと思う。


 辺境伯家の娘だった私も、それなりの家で育ったけれど、公爵家は格が違う。

 荷物を使用人に預け、案内されて屋敷の中に入る。


 廊下は広く、天井が高い。


 絵画が飾られ、花瓶に花が生けられている。


 案内された部屋は、広くて清潔だった。


 ベッドは大きく、窓からは庭が見える。


 荷物などを置いて、まずはセドリックと一緒に街を見て回ることにした。


「視察の前に、少し町を見ておきましょう」


 セドリックが提案する。


「そうですね。どんな町か知っておいたほうがいいですし」


 私も賛成する。


 実際には、ちょっと観光気分だけど。


 二人で再び外に出る。

 今度は馬車ではなく、徒歩で。


 セドリックが私の手を取り、腕を組むように歩く。


 その距離が近くて、心臓が跳ねる。


 でも、嬉しい。


 町は出店が並んでいるところなどもあっていい雰囲気だ。

 色とりどりの布が売られていたり、木彫りの人形が並んでいたり、香辛料の匂いが漂っていたり。


 活気があって、賑やかで、楽しい。


 肉の串なども売っていて、少しお腹も空いていたので買って食べることにした。


「二本ください」


 セドリックが店主に言う。

 店主は笑顔で串を渡してくれる。


「ありがとうございます」


 私も笑顔で受け取る。


 熱々の肉の串。

 香ばしい匂いが食欲をそそる。


 二人で一緒に食べると、やはり美味しい。


 肉は柔らかく、タレは甘辛く、噛むたびに旨味が広がる。


「美味しいですね」


 セドリックが言う。


「ええ、本当に」


 私も頷く。


 こういう屋台の食べ物って、なんでこんなに美味しいんだろう。

 前世の日本の祭りなどを思い出して、少し懐かしく思う。


 夏祭りで、浴衣を着て、友達と一緒に屋台を回った。

 焼きそば、たこ焼き、りんご飴。


 あの頃は、魔法なんて夢の話だった。


 でも今は、この世界で魔法を使っている。


 そして、推しと一緒に歩いている。


 不思議な気分だ。


 そんなことを考えていると、セドリックが私を見て言った。


「ついてますよ」

「えっ?」


 私は慌てて顔を拭おうとする。


 どこ、どこについてるの?

 恥ずかしい。


 推しの前で、食べ物を顔につけるなんて。


「ここですよ」


 セドリックが指で私の頬を拭った。

 指先が頬に触れる。


 その感触に、心臓が跳ねる。


 そして、セドリックは指ですくったタレを――舐めた。


「……っ!」


 私の顔が、一瞬で真っ赤になる。


 熱い。

 顔が、耳が、首まで熱い。


「き、汚いですよ!」


 私は照れ隠しに言う。


 でも、セドリックは笑って首を横に振った。


「アメリアの口元についたものが、汚いわけないですよ」


 その言葉に、さらに顔が熱くなる。


 恥ずかしい。

 恥ずかしいけど、なんだか嬉しい。


 胸の奥が、きゅっと締め付けられる。


 推しに、こんなこと言われるなんて。



 夫なんだけど、いまだに信じられないくらいだ。


 幸せすぎて、倒れそう。


「あ、あの……」


 私は視線を逸らす。

 恥ずかしくて、彼の顔を見られない。


 セドリックは楽しそうに笑っている。


「ふふ、可愛いですね、アメリア」

「か、可愛くないです……」

「いえ、可愛いです」


 そう言って、彼は私の手を取った。


 温かい手。

 大きくて、力強い手。


「さあ、もう少し歩きましょう」

「は、はい……」


 私は頷く。

 顔はまだ熱いけれど、彼の手を握り返す。


 そして、また歩き出す。


 町の賑わいの中、二人で並んで。


 セドリックは楽しそうだった。


 いつもは冷静で、完璧で、仮面をかぶっているような彼が、今は本当に楽しそうに笑っている。

 その笑顔を見ていると、私も自然と笑顔になる。


(ああ、幸せだなぁ)


 心の底から、そう思った。

 ずっと彼の妻でいたいと思ってしまうけど、ダメだ。


 ちゃんと彼のために、三年後には離縁しないといけない。


 でも今だけは……この幸せを噛みしめたい。



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― 新着の感想 ―
何故公爵家の馬車で来ていたのに屋敷まで乗り付けず、乗合馬車の様に降りて歩いたのか理由を書いてほしいです。普通は貴族が歩いて屋敷に向かうなんて、安全面からも不安だし、しないと思いますが… 街歩きがしたか…
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