83.産地価格
テレポートで海に飛んできたおれは、真水作りをしていた。
29まで上がった同時多重魔法を使って、アイテムボックス1と、水の中級精霊セルシウスを28体同時召喚して、大量に真水をつくって、アイテムボックスの中に流し込んでいた。
大体、一分間で600リットルくらいの勢いで真水がアイテムボックスの中で増えている。
それを続けて、真水を溜めている。
『……』
すると、言葉ではないが、ラードーンが何か言いたげなのを感じた。
「何?」
『何がだ?』
ほとんど同じ言葉で聞き返してくるラードーン。
「いや、なんか言いたげだったから」
『言いたげ?』
「なんというか……」
俺は説明しようと、首をひねった。
ラードーンから感じたそれを、上手く説明出来るように言葉に落とし込んでみる。
「感情の揺らぎ? みたいなのを感じたから」
なんとなく感じた。
ラードーンが俺からでて、あの少女の姿を見せてきてから、それが感じられる様になった。
『ふむ』
ラードーンの反応、そして今まさに伝わってくる感情。
俺が感じた事は間違いではないということの答え合わせに感じた。
ラードーンは少し考えてから、答えた。
『その行動、無駄になるかもしれん。そう思っただけだ』
「無駄に?」
『お前の行動は間違いではない。友好を築きたい国同士――いや、たとえ敵対国同士であっても、天災の時は協力しあうのが賢い選択だ』
「そうなのか」
『天災に国境は無いからな』
「あぁ……」
確かにそうだ。
台風、地震、干ばつ……。
ぱっと思いつく限りのどの災害も、国境を跨いで複数の国に起こり得るものだ。
『だから、それは正しくて、賢い選択ではある。だが、多くの人間は賢い選択が出来ない。高位の人間であるほど、プライドが邪魔をして間違った選択をすることがある』
「そういうものなのか?」
『アルブレビト』
「……ああ」
たった一言だけだが、ものすごく説得力のある一言だった。
アルブレビト、ハミルトン家の長男。
彼はまさに、プライドのせいで次々と間違った選択、間違った行動をしている男だ。
「つまり、ジャミール王がそうかもしれない、と?」
『まわりの大臣の可能性もある。「借りが大きすぎると後々やっかいだ」――我がかつて人間から聞いた、もっとも汎用性の高い愚行の理由だ』
「……そうか」
それもまた、想像がつく話だった。
そういう人間を実際に見た事がある。
ちょっと違うけど、「助けられた事」を「哀れまれた」と脳内変換して、逆恨みする人間も確かに存在する。
『そうならぬ事を祈るよ』
俺が真水を作り続ける傍らで、ラードーンはそう締めくくった。
そしてそれは、悲しいことに予想が当ってしまうのだった。
☆
「そうか」
魔物の街の、スカーレットの屋敷の中。
予定通りの日時が過ぎて、彼女をテレポートで連れて帰った後、話を聞いたおれはつぶやいた。
「申し訳ありません、主。主のご厚意なのに……」
申し訳なさそうに、ちょっとだけ小さく――シュンとなってしまうスカーレット。
「いや、予想はしてた。ちなみに理由は?」
「建前でしたら――この程度の災害、我が国で充分に対処出来る。です」
「対処って?」
「それはなんとも。ただ、今までの例では、難民がおのずと周辺の土地に逃げていくので、そこに食糧などを運び入れることになります。水は……そんなに大量には運べませんから」
「……テレポートとアイテムボックスの組み合わせ以上の救助にはならないな」
「おっしゃる通りでございます……」
俺は少し考えた。
『雨でも降らせるか?』
「雨? そんな事ができるのかラードーン」
『最上級の――お前達が神聖魔法と呼んでいるものの中に、天候を操るものがある』
「そうか……いや、それは今回はなしだ。ああ、もちろん後で教えてくれ」
魔法は魔法だ、覚えられるなら、覚えたい。
『理由は?』
「剛柔一体っていったのはお前だろ? 雨を無理矢理魔法で降らせると、結局『剛』一辺倒だ」
『ふふ……そうだな』
満足げな笑みをこぼすラードーン。
何となく試されてて――それに合格した、という感じがした。
「今回は柔のターンだ」
どうしたらそうなる……俺はやれることを考え続けた。
☆
「へ、陛下!?」
スカーレットの屋敷から出た直後、俺は未だにこの街に滞在し続けているブルーノの宿に向かった。
訪ねてきた俺を、宿にいたブルーノは慌てて立ち上がって、俺に席を譲ってくれた。
「どうぞ、こちらにお座り下さい」
「ありがとう。真面目な話がしたい、座ってくれ」
「ありがとうございます……なんでしょうか」
「兄さんはジャミール貴族、だよな?」
「はい」
「貴族が災害救助をする事はあるのか?」
「ございます」
ブルーノは即答した。
「度合いによっては、継承延長の功績に認められる事がございますので」
「なるほど」
そういうことなら話は更に速い。
「アイジーの干ばつを知っているか?」
「はい」
「そこに水を大量に支援したいが、俺の申し出はジャミール王国に断られた」
「……なるほど」
少し考えて、重々しく頷くブルーノ。
察しがついたんだろう。
「そこでだ、兄さんに水を卸す。具体的には必要な場所にテレポートで飛んでいって、アイテムボックスで水を出す」
俺はこの場で、アイテムボックスを唱えて、水の入った大きな樽――前もって用意したそれを取り出して見せた。
「そこで兄さんが受け取って、兄さんが配給する」
「なるほど」
「実際には兄さんがやってる事にしたいから、水は兄さんに売る」
「分かりました、お任せ下さい。アイジーをまかなうほどの水量、大金になりますので、現金を集めるまでしばし日にちを頂ければ」
「いや、ジャミール銀貨十枚でいい」
「え?」
驚くブルーノ。
「労働者の日当が平均でそれくらいだろ? 俺がこれから三日で作れる分量だ、それでいい」
「し、しかしそれでは……」
「原産地での仕入れ値は大抵売値より遙かに安いものだと思うんだけど、違うかな?」
「それは……」
「災害救助ということもあって、先方の厚意で人件費のみでの仕入れになった」
俺の言いたい事が分かって、ブルーノはすっくと立ち上がった後、深々と頭を下げた。
「さすが陛下でございます」
その言葉には、感謝と感動、二つの感情が同時に入っていた。
こうして、ブルーノを間に挟んで。
俺は、数百万リットルという真水を干ばつのアイジー地方に届けることにした。
『前代未聞の災害救助だ』
と、ラードーンは感心したように笑って評したのだった。




