78.賢王の資質
「とりあえず兄さん、顔をあげて。座ってゆっくり話そう」
「はい、ありがとうございます、陛下」
ブルーノは言われた通り、顔を上げて、ちゃんと元の場所に座り直した。
彼とは、俺がこの体――貴族の五男のリアムの体に乗り移ってからで、一番最初に親しく付き合った相手だ。
あの時は皮肉屋っぽい一面もあったが、こっちの事をよく気にかけてくれて、屋敷の中で唯一自分の味方だった、といっても過言ではない。
その恩返し的にも、彼が出してきた提案を飲みたいと思う。
大きな方向性はそれでいいが、細かい話は……どうしよう。
魔物達は全員俺の「ファミリア」の魔法で使い魔契約されている。
それだけではなく、結構慕ってくれていて、俺を「王」としてあがめてくれている。
それはつまり、俺の決定が全員の未来に影響するってことだ。
大まかな方向はそれでいいとしても、細かい話は分からないから、ここで決めちゃまずい気がする。
王、だからこそまずいと思う。
ふと、スカーレットと目があった。
そうだ、彼女がいた。
王どころか、中身は貴族ですらなく、晩酌だけが楽しみの一般人だ。
それに比べて、彼女は産まれながらにしての王族。
彼女の意見を聞こう。
『聞こえるか、スカーレット』
俺は前に編み出したテレパシーの魔法を使って、スカーレットに話しかけた。
ブルーノに内緒で、スカーレットに意見を求める。
『はい、聞こえております』
スカーレットはさすがで、まったく表情を変える事なくテレパシーで返事をした。
『兄さんの提案を受け入れようと思うが、細かいところは分からない。何かアドバイスをくれ』
『……かしこまりました。主は二つだけ、なさればよいと思います』
『二つ? どんなんだ?』
『まず、彼を優遇すること。税や、この国・この街での拠点の立地など。全てに於いて優遇する』
『いいのか? 優遇して』
『そこで二つ目。アルブレビト――ひいては主の実家ハミルトン家を冷遇する』
『……ふむ?』
どういう事だ? と聞き返す。
『簡単なことでございます。服従、あるいは友好的な相手には優遇する。アルブレビトの様な舐めきった相手は冷遇する。必要であれば力をもって叩きのめす。それが、王でございます』
『なるほど』
言われてみればそうだ。
スカーレットのアドバイスを受け入れて、俺は、ブルーノと細かい話をした。
☆
「それでは失礼致します。本日はお時間を取らせていただき、誠にありがとうございます」
「気にしないで兄さん。細かい話は近いうちに実務者同士に」
「ありがとうございます。では、失礼致します」
ブルーノは最後にもう一度深々と頭を下げて、部屋から退出した。
俺は「ふう」と息をはいた。
「主のお兄様でしたか」
「え? ああ、うん。それが?」
ブルーノが出て行った扉を眺めているスカーレットがいきなりそんな事を言い出したので、どうしたんだろう、と首をかしげつつ聞き返す。
「お若いのに、ひとかどの人物でした」
「そうなのか?」
「はい。いろいろありますが……一番大きいのは、最後まで『どうか呼び捨てて下さい』などといった事を言っては来なかったことです」
「ああ、そういえば」
俺はずっと「兄さん」とブルーノの事を呼んでたけど、ブルーノはそれに触れもしなかったな。
「何々とお呼び下さい、というのは実は強制なのです」
「ああ……そうなるのか……」
言われてみればそうかもしれない。
命令じゃなくても、相手に「気を使うように強要する」というのは間違いない。
目から鱗だ。
「もっといえば、『下さい』というのは命令語なのです」
「そうなのか!?」
「はい」
スカーレットは短く言い切って、はっきりと頷いた。
「それをなさらなかった。かといって兄弟の情や、兄の立場を利用するでも無く、最初から完全降伏の姿勢でありました。結構なやり手だと感じました」
「ちょっと前までは斜に構えてて子供っぽかったんだがな」
最初の頃、一緒に私塾に通ってた頃はそうだった。
この五男の体に乗り移った俺は、中身は大人だ。
だからこそ、あの頃のブルーノは、思春期特有の流行病のように感じていた。
その頃を知っているから、ちょっと驚いた。
『立場が人を作る』
「ラードーン?」
いきなり会話に割り込んできたラードーン。
「神竜様がなにかおっしゃいましたか?」
「ああ、立場が人をつくる。って」
「なるほど、その通りだと思います」
頷くスカーレット、やっぱりそうなのか。
『やつはただの貴族の四男から、貧乏貴族とは言え当主になった。立場と、責任感が振る舞いを変えさせた』
「なるほど」
『当主であれば、そのような振る舞いをする。成功した当主をみて、それを受け継ぐ者も、当然そうあるべしと思う』
「だな。でもそうなると、ただ受け継いだだけの当主を見ている長男は同じように受け継ぐだけになりかねないよな」
俺はアルブレビトの事を思い出した。
今回のことで、ブルーノとかなりの対照的な動きをした彼の事を思い出して、ちょっと苦笑いした。
『そうだ。だから我は、ジャミールの最初の王に、三代で爵位をとりあげるシステムを提案した』
「えええ!? あれ、ラードーンが言い出したのか?」
「神竜様がなにか?」
スカーレットにラードーンの言ったことを話す。
スカーレットも驚いた。
「なるほど……さすが神竜様です。そのシステムのおかげで――もちろんズルをする者もいるが、大半は危機感をもって、何かしようとしております。貴族でただの穀潰しが、他国にくらべて圧倒的に少ないです」
ラードーンの提案したシステムが効果的に回ってるって事か。
『お前も、面白かったぞ』
「え?」
『細かい話に入る前に、その娘に意見を聞いただろう?』
「聞いた――けど?」
『王という立場がお前をそうさせた』
「いや、それは分からないから。魔法のことなら聞いてないさ」
『分からない事は素直に臣下の意見を聞き入れられる。我が知る限り、それは』
「そ、それは?」
『賢王の資質、と言うものだ』
ラードーンに、めちゃくちゃ褒められた。




