77.長男と四男と五男
「何を読んでいらっしゃるのですか、主」
街の外れで、6ラインで銅貨を鋳造しながら、手紙を読んでいると、近くに寄ってきたスカーレットが聞いてきた。
「手紙だよ。ハンターギルド経由で、ハンターが届けてきたものだ」
「ハンターギルド経由?」
「ああ、ここは魔物達の街だろ? そのせいで危険な場所だと思われてて、手紙はハンターギルドのA級ハンターに依頼して届けてきた」
「そうでしたか……どのような内容なのですか? 主にそのような複雑な表情をさせるなんて……」
「顔に出てたか」
俺は自分の顔をぺたぺたと触って、ますます苦笑いしてしまう。
スカーレットにそんな指摘をされる位だから、よっぽどな表情をしてたんだろうな。
俺は読み終えた手紙をスカーレットに差し出した。
スカーレットはそれを受け取って、目を通す。
「アルブレビト……主の兄である、あの?」
「ああ、あの」
俺は頷く。
スカーレットはなるほどといって、手紙を読み進めていく。
すると――
「ふっ……」
いきなり表情が豹変した。
見る者の背筋が凍る様な、氷の様に冷たく、刃のように鋭い笑みを浮かべた。
「面白い冗談をいう……」
一瞬でキレたスカーレット。
それもそのはず。
アルブレビトから送られてきた手紙の内容はいたってシンプル。
要約にして、一行くらいでまとまる程度のものだ。
街を作ったことを知っている、取引の話をしたいから会いに来い。
こういうことだ。
「リアム様、ちょっとお話が――ひぃ!」
運悪く、そこにやってきたレイナ。
俺を呼んだレイナに、振り向くスカーレット。
そのスカーレットの表情を見て、思わず悲鳴を上げてしまうレイナ。
それほどまでに、今のスカーレットはキレてて……まあ、怖い。
「ご、ごめんなさい! 出直します!!」
レイナは逃げ出した。
それをみたスカーレットは、無関係の者を怖がらせてしまった事に気づいて、「ふう」と深呼吸して、表情を落ち着かせた。
「申し訳ありませんでした」
「いやいいさ。怒ってくれたのは嬉しい」
「どうなさるのですか?」
「スカーレットはどう思う? 客観的にみて」
「……」
スカーレットは考えた。
葛藤を感じる、怒りを沈殿させようとしているのが目に見えて分かる。
一分くらいして、彼女は口を開いた。
「応じる必要はないかと思われます」
「理由は?」
「アルブレビトは長男ではあるが、当主ではない。更に少し前に先走って大きなミスをした。その失態を挽回するための独断だと思われます」
「なるほど」
「ハミルトン家当主の話なら聞く価値もありますが、この男の独断の話に乗る必要は微塵もございません」
「分かった――ありがとう、ちゃんとアドバイスをしてくれて」
「――っ!!」
俺に褒められ、感謝されたスカーレットはカッと目を見開き、そのまま跪いた。
「も、もったいないお言葉でございます!!」
そのまま頭を下げて、感涙するほど喜んだのだった。
☆
次の日、街の入り口で。
ギガースのガイに案内されてやってきたのは、ブルーノと、数人の使用人だった。
「兄さん、どうしてここに?」
「ちょっとな。それよりもすごいなここ、魔物の街って聞いてたけど、予想よりも遙かに街らしい」
「え? ああ、ありがとう」
俺はブルーノに礼を言った。
関係者ではない、外部の人間に街の事を褒められたのは初めてかもしれない。
結構嬉しいものだ。
「えっと……」
「ああ、話があるんだ。どこか落ち着ける場所は無いか?」
「落ち着ける場所か」
「私の家をお使い下さい、主」
「いいのか?」
申し出てくれたスカーレットに聞き返した。
「はい。主の家では何かと不便もおありでしょう」
アナザーワールドか。
たしかに、あそこは部外者をあまり入れたくないし、あそこの建物はまだ前の、しょぼいやつのままだ。
一方のスカーレット用に建てさせたものは結構立派な屋敷だ。
「わかった、使わせてもらう。兄さん、こっちへ」
「う、うん」
戸惑うブルーノを連れて、歩き出す。
「どうしたんだ兄さん」
「さっきの、スカーレット王女だよな」
「うん、そうだけど?」
「……完全にお前に従ってるのか? あのスカーレット王女が」
「あー……まあ、色々あったんだ」
「そうか」
ブルーノは微苦笑で頷いたあと、それ以上何も聞いてこなかった。
ただ一言。
「すごいな、お前は」
とだけ言った。
ブルーノと一緒に歩いて、スカーレットの屋敷に向かう。
「リアム様、ケーキを焼いたんだけど味見してみて」
「主殿、こちらの建物の落成式に立ち会ってもらえぬか」
「りあむさまりあむさま。えっと……だいしゅき」
途中で、様々な魔物に捕まって、なかなか進まなかったが、後でかならず戻ってくると約束を片っ端からして、ブルーノを連れて進んだ。
「ほんとう、すごいなお前は」
「え?」
「いやなんでもない」
「……? そうか」
しばらくして、ようやくスカーレットの屋敷についた。
応接間に通され、ブルーノと向き合って座る。
屋敷はあるが、使用人はまだない。
スカーレットは自ら俺達に茶を淹れてくれたが、それにブルーノはまたしても戸惑ってしまう。
「さて、兄さん、ここに来たのは?」
「ああ……そうだったな」
ブルーノは深呼吸を一つし、表情を繕って、言った。
「リアム王にお願い申し上げる」
「ふえ?」
いきなりどうした――と驚く暇もなく、ブルーノは更に続ける。
「当家に、この街で商いをする権利をいただきたくお願い申し上げる」
「商いって……商売をするのか?」
「法は守ります、税も納めます。すべては貴国のルールに従います……どうか!」
ブルーノはそう言って、立ち上がって、深々と頭を下げた。
「ま、待ってくれ兄さん。いきなりそれじゃ訳がわからない。落ち着いて、一から話をして欲しい」
「そうだな、大変失礼をした」
ブルーノは「わかった」という風にするも、完全に、俺の下に自分を置く振る舞いをしていた。
「この土地は、ジャミール、キスタドール、パルタの三カ国に囲まれております」
「ああ」
「そして、ここは魔物の力による支配ではない、リアム陛下の統治によって栄える、と予想される」
「そ、そうか?」
「ならば今後、ここが交易路の中心となる可能性が非常に高い――そのためにお願いに上がったのです」
「……あっ、そっか。兄さんは当主として」
「はい」
なるほど、そういうことか。
ふと、部屋の隅っこで控えているスカーレットの姿が目に入った。
ブルーノの事を称賛しているような、そんな表情をしている
なんでだろう――と思ったがすぐに分かった。
当主でもないのにも拘らず、尊大に振る舞って俺を呼びつけようとしたアルブレビト。
貧乏貴族とはいえ、当主自らがここまで出向いて、弟である俺に頭を下げたブルーノ。
「そういうことなら、分かったよブルーノ兄さん」
「ありがとうございます!」
ブルーノはそのまま、俺に膝をついて、深々と頭を垂れたのだった。




