47.メカ・ラードーン
「マジックミサイル・17連!」
突き出した拳から、17本のマジックミサイルがそれぞれ弧を描いて飛んでいく。
草原の上に四本足で君臨している、巨大なワニ顔のカメ――クロコタートルめがけて飛んでいった。
マジックミサイルが次々とあたる。
ほとんどがめちゃくちゃ硬い甲羅と、そこそこ硬い鱗に覆われた皮膚にはじかれるが、数に任せて撃ったら、それを当てた勢いでクロコタートルの体がちょっとだけ浮いた。
前だけが浮き上がって、腹が見える。
「アメリア・エミリア・クラウディア――貫け! ホーリーランス!」
詠唱と共に解放した中級神聖魔法、右手に光の槍が現われ、それを目一杯の力でクロコタートルに投げつけた。
まっすぐ飛んでいった光の槍はクロコタートルの腹を貫き、体の中から爆発を起こした。
巨大なワニ顔のカメは甲羅を残して、ばらばらに砕け散った。
「ふぅ……」
手の甲で額に浮いてきた汗を拭った。
どうにか倒す事ができた、か。
「……」
なんとなしに振り向くと、ついて来たスカーレット王女が口をあんぐりと開け放って、綺麗な顔を呆けさせてしまっている。
「殿下?」
「……はっ、し、失礼を。主のあまりにも強大な魔力に見とれてしまいました」
「ああ、そうなのか」
なんでそんなに呆けてるのかって思ったが、そういうことか。
「以前見たときよりも遙かにお強く感じるのですが……」
「魔法の『使い方』が何となく分かってきたんだ」
無為に使うのではなく、効果的、効率的な使い方。
魔法が増えていく度に、それを繰り返し練習する度に、頭の中に魔法同士の組み合わせが浮かんでくる。
それが楽しかった。
憧れの魔法を更に効果的に使えるようになることが楽しくてたまらなかった。
「さすが主。これなら『約束の地』の掃除はすぐに終わりそうですね」
「うん、その後殿下に――」
「主よ」
スカーレットは強い眼差しで俺を見つめた。
あまりにも強い眼差しで、思わずぎょっとしてしまう。
「な、なに?」
「どうか、名前でお呼び下さい。殿下などと……私は主に付き従うものです」
「あ、ああ。そうだな」
スカーレットにそう言われて、ちょっとだけ困ってしまう。
貴族の五男としてもそうなんだろうけど、俺の中身は何故かその五男を乗っ取った平民だ。
第一王女であるスカーレットは普通に雲の上の存在。
殿下じゃなくて部下、と言われてもちょっとなじめない。
「そ、それよりも」
俺は話を逸らした。
「本当にいいのか? 俺の下について、ここに国を作るって」
「もちろんでございます」
「なんで? そんな事をしなくても、第一王女っていうすごい立場なんだろ?」
「わたくしの母の家系は、竜の血が入っていると言われております」
「そうなのか!?」
ちょっと驚いた。
「それ故に王国ではずっと尊い家系として、定期的に『竜の血』と称して、女を王妃として王に嫁がせておりました」
「なるほど、それで延々と貴族であり続けた、ってことか」
スカーレットは静かにうなずく。
父上がやろうとしていたことだ。
なるほど前例ががっつりとあった訳か。
「竜の血を引き継ぐものとして、神竜様に楯突くわけには――いえ」
一度目をつむって首をふって、何かを頭から追い出すような仕草をしてから、まっすぐと俺を――ラードーンを見つめる。
「神竜様に仕えたいのです」
「そうか……ラードーン、今の話本当なのか?」
『戯れにやったことだ。人間はかわらぬな、いつまでも些細なことを神聖視する』
「だって」
ラードーンの言葉を伝えると、スカーレットはパアァ――と大輪の花が咲いたような笑顔を見せた。
自分の心のより所が遠回しにでも肯定されたのがよほど嬉しいようだ。
『北へ一キロほどいけ』
「北へ?」
『その娘が喜ぶものがある』
「ということだけど……どうする?」
「参りましょう!」
スカーレットは即答した。
「神竜様のご命令ならば」
ものすごく意気込むスカーレット。
俺も、ラードーンがいう「スカーレットが喜ぶもの」が何なのか気になった。
スカーレットとともに、真北に向かって、一キロほど進む。
「これは……地下への階段?」
「何かの遺跡のようです」
「入るか?」
「もちろんです」
またしても迷いなく頷くスカーレット。
俺達は古びた、ところどころコケが生えていて、風化して欠けたりしている石造りの階段を降りていった。
大体三階分くらいの高さを降りた後、広い空間に出た。
壁がひとりでに発光して、明るい空間。
アナザーワールドと違って、ちゃんと「光っているから」明るい空間だ。
その空間の真ん中に――竜がいた。
「これは……ラードーン?」
「神竜様なのですか?」
ラードーンとは直接会っていないスカーレットが驚く。
「いや、鉄で出来ている。これは……」
『我を模したガーディアンだ。まずは倒してみよ』
ラードーンがいうと、ガーディアン・ラードーンが起き上がった。
「倒し方は?」
『頭に我の名前を表した古代文字が記されている。その一文字を消すと「服従」という意味の言葉に変化する』
「三文字目です、三文字目を消して下さい!」
ラードーンの言葉を伝えると、スカーレットは即答した。
その答えに満足しているのか、ラードーンは何も言わなかったが、満足そうな感情が伝わってきた。
「三文字目だな……分かった」
俺は前にすすみでた。
鉄のガーディアン・ラードーンは完全に起き上がって、四本足でたって、天を仰いで咆哮した。
ビリビリと地下空間が振動する。
咆哮が終わって、こっちを睨んでくる。
よく見ると、確かに額に文字が刻まれていた。
まったく読めないが、文字の区切りくらいは分かる。
ガーディアン・ラードーンは噛みついてきた。
俺はスカーレットを抱き寄せて、横っ飛びしてかみつきを躱す。
「主――」
俺を呼ぶスカーレットを置いて、即座にテレポートを発動。
ガーディアン・ラードーンが噛みついたところ、直前まで俺達がいたところ。
一度立った場所に瞬間移動して、頭に取り付いた。
「ホーリーランス!」
そのまま無詠唱で、三文字目に触れながらホーリーランスを発動。
現われた光の槍が、音もなく額の三文字目を貫いた。
猛るガーディアン・ラードーンの動きが止まった。
体から光を発した。
俺は頭から飛び降りて、様子を見守った。
ガーディアン・ラードーンはしばらく苦しそうに震えていたが、それが収まると、今度はまわりをきょろきょろし始めた。
その視線は、やがてスカーレットに止る。
ガーディアン・ラードーンは体勢を変えて、スカーレットに向き直って――ひれ伏した。
「こ、これは!?」
「なるほど、スカーレットの中にある血に服従した訳だ」
「え?」
「竜の血だよ」
「……あっ」
ラードーンの姿を模した鉄のガーディアン、そして服従。
自分が大事に思っていた「竜の血」を認められた形になって。
スカーレットは、再び大輪の花が咲いたように微笑んだのだった。




