430.シーラディフェンス
キスタドール領、ラショークの街。
四周を外壁に守られた、人口が一万人をこすかなりの規模の街だ。
人口規模でいえば、俺の街魔法都市リアムとほぼ同等の数だ。
その街から一キロほど離れた小丘の上に、俺とシーラがいた。
シーラは女騎士の格好で、風にマントをなびかせて、地面に魔剣リアムを突き立てて仁王立ちしている。
凜々しいその姿はここ最近で急速に見慣れてきた姿だ。
周りに数十という、最低限の兵士がシーラを守っている。
ほとんどの兵は今、目の前のラショークを攻撃中だ。
「はじまりましたわね」
『ああ――【ロングシーカー】』
俺は魔法を唱えた。
同じ魔法を四連ではなく、四回となえた。
俺達の前に四枚の窓が出現し、その窓に映像が流れている。
いずれも街の入り口、固く閉ざされた入り口に兵とともに攻撃をしている子供シーラを映した光景だ。
「それは……【リアムネット】ですの?」
魔法都市リアムに来た事があり、都市魔法とインフラに驚いた事があるシーラは、【リアムネット】の事を他の人間よりも多く知っている。
当然、画像や映像、音声を保存できることを知っていて、見てもいる。
だからすぐに【リアムネット】の名前がでてきた。
『あれを改良したもの、対象を指定してその者がどうしているのかの光景をみる事ができる魔法だ』
「あら、それは悪用が出来そうですわね」
『悪用?』
「年頃の男子であれば異性の入浴をのぞくことに使いそうですわ」
シーラはクスクス笑いながらいった。
その発想はなかったが、まったく知らないわけでもない。
『ああ、確かに。でもまあ、対象が拒絶したら映し出せないようにはしたから』
「なるほど。【ダーククロニクル】で作り出したわたくしには魔法に抵抗せよと命令はしてませんでしたわね」
『そういうことだ』
魔法の説明が一段落して、改めて、シーラと一緒に四体の子供シーラの戦況をみる。
シーラが【ダーククロニクル】で呼び出した子供シーラに下した一言の命令は「街の入り口で襲ってくる敵を撃退する事」だ。
子供シーラはその命令に従い、人形のようなぎこちない動きで、次々と防衛側の敵兵を倒していく。
ぎこちない、不自然な動きではあるが、それでも充分な強さがあった。
敵兵はバッタバタと、子供シーラに斬り倒されていく。
斬り倒されていく側から、街の中から更に敵兵が現れ、子供シーラに襲いかかる。
次から次へと――という言葉がよく似合う、キリがないんじゃないかと感じた。
『長期戦になりそうだな。どれくらいの兵士がいるんだろう』
「そうですわね。キスタドール王国では、基本一戸四人につき兵士一名を徴用できると定めていますわ」
『四人に一人? って事は2500人か』
「名目上は。独身や独居のような一戸一人の場合は様々な例外処置もあり、。それらを踏まえて……定数は1500人。後がないからその場で駆り出される数が300から500――2000には満たない、といったところですわ」
『じゃあ2000人全部倒さないといけないって事か』
「この場合はそうかもしれませんわ」
『この場合?』
「野戦の場合、生存者を連れて撤退することを考えれば、死者が三割も出れば残りの負傷者はおよそ半数になる、そうなればもう戦を継続することは不可能ですが、この場合街の防衛戦ですからそれを考えなくても良いかもしれません。その場合戦える最後の一人まで戦う可能性もありえますわ」
『へえ……色々知っててすごいなシーラ』
「ただの知識ですわ」
シーラはひけらかすことなく、あっけらかんとそう言い放った。
本当に「ただの知識」で大した事ないって思ってるような反応だ。
『あっ』
ふと、映像の中の一つで、子供シーラが苦戦しているのが目に飛び込んできた。
兵――いや格好からして隊長くらいの男が、捨て身で子供シーラにとびかかった。
反撃を受けて戦闘不能の大けがを一瞬で負ったが、それでもひるまずに子供シーラにしがみ付いた。
子供シーラの動きが一気に鈍くなって、兵士たちが一斉に襲いかかった。
何とかしようにも、映像に映し出されているのはラショークの反対側。
東西南北四つある入り口の、俺達からみて反対側の入り口だ。
何かしようにも間に合わず、子供シーラの体を四本の槍がほぼ同時に貫通した。
子供シーラは崩れ落ちたあと、光の粒子になって消滅した。
「倒されましたわ」
『つぎ、いけそうか?』
「間に合いましてよ――【ダーククロニクル】」
シーラはバラの魔法陣を広げ、自分の鮮血を媒体に新たな子供シーラを作り出した。
「街の入り口で襲ってくる敵を撃退していきなさい」
シーラは子供シーラに命令をくだした。
簡単な命令だ。
「お願いしますわ」
『ああ――【テレポート】』
シーラの求めにおうじ、魔法を使う。
作り出したばかりの子供シーラを飛ばした。
映像の中、先ほど子供シーラを倒して歓声をあげていた場所に、新たな子供シーラが現れた。
天国から地獄――。
ラショークの兵達の表情が一気に絶望にそめあげられてしまう。




