オウジサマノムダヅカイ
王子様の無駄遣い
『キヨのタカヨージのせいだろ。男はやれなかった女のことを忘れられないんだよ』
「何が高楊枝よ。あたしに言いたいことがあるなら日本語喋れ」
「いっかいやればユリウスもあきらめた」
「やっぱりろくなこと言わない。喋るな変態」
「どっちだよ」
成人式の時間が迫っている。
清乃は腕にぶら下げたままだった着物用のバッグから携帯電話を取り出し、パカっと開いた。
「もう。早く携帯出して。赤外線とかあたし使ったことないよ。ユリウスやり方分かる?」
「分かる」
「さすが十代。任せた」
手早く今更な連絡先交換を済ませると、ユリウスが自分の携帯をフェリクスに投げ渡した。
『頼む』
「OK」
ユリウスは清乃の実家の玄関を背に、彼女の肩を抱いて身を屈めた。
ちょうど真横に顔が並んだタイミングでカシャ、とフェリクスの手元から音がする。
「あ、それあたしも欲しい。後で送っといてよ」
「分かった。エルヴィラに送れと言われてるんだ。全身の写真も撮らせてくれ」
「あたしもエルヴィラ様の写メ欲しいよ。待ち受けにしたい」
「のろわれるぞ」
ぼそ、と言いながら、フェリクスも清乃の横に並んで長い腕を伸ばし、勝手にカシャ、とやっている。
清乃はそのチャラ男らしい仕草を見て苦笑した。
面倒見のいいお兄ちゃんだ。
彼はユリウス失踪に際して、強大過ぎるエルヴィラを担ぎ出す前に居場所を探すよう依頼を受けた。遠くボストンからはるばる日本まで、行方不明の従弟を探してやって来たのだ。
そして今回は、その従弟の我儘に付き合って再び来日。
覗き魔露出狂チャラ男なところを除けば、ただのいいヤツだ。特徴がなくなるけど。
清乃は弟を呼び出してスリーショットを撮ってくれと頼んだ。
時間がないぞと両親がヤキモキしている横で、何故か清乃の弟とユリウスが携帯を持って額を突き合わせている。勝手に連絡先を交換するなと言いたいが、禁じる理由が思いつかなくて黙認するしかなかった。
「マジで? ユリウス君同い歳じゃん。姉ちゃん今から成人式だし、一緒に遊びに行く?」
「行く行く! 弟もキヨに似て小さくてカワイイな」
「うわー。初対面のガイジンにディスられたあ!」
少年ふたりのノリはよく分からない。
『こら、一時間後の電車に乗らないと飛行機乗り遅れるぞ』
「このひとユリウス君の兄ちゃん? かっけーな! 何喰ったらそんなデカくなんだよ」
「しかたない。おくのてをつかう。ユリウス、さんじかんだ」
かっけー、で通じたのか。プライドをくすぐられたチャラ男が物分かりのいい大人の顔をする。
「だから無駄遣い!」
「おとうとのほうがスナオ、カワイイ。こんどおとなのあそびをおしえる」
「マジっすか! すっげー! 楽しそうだけどちょーこええ」
「あんた日本人のレベルが知れるから、もうちょっとマシな喋り方しなさいよ」
「キヨのスラングよりマシだ」
と真顔で言ったのはユリウスだ。
成人式の会場まで車乗って行けば。姉ちゃんより美人がいっぱいキモノ着てるぜ。
清乃の弟が勝手に誘うと、父親までもがせっかくだからそうしろ、と異国の客人を歓迎する姿勢を見せる。
『式が終わるまで待っててやるか。ギリギリ間に合うはずだ。そのカオでキヨに侍って友達に自慢させてやれよ』
『やめとく。キヨはそういうの嫌いだって』
『ほんとに変わった女だな。おまえの取り柄、顔面、超能力、王子の身分と語学力。どれも丸無視しやがる』
『それな。これだけ取り柄があるのに相手にしてもらえないっておかしくないか?』
五人乗りの車の後部座席で金髪男がふたり、小柄な日本の男子高生を間に挟んで内輪の話をしている。
「そこ、ふたりで何話してんの。日本語かせめて英語で喋ってよ」
「キヨが有能な王子様の無駄遣いをするって話だよ!」
あっそう。と言って清乃は帯を気にしながら前を向いた。
いい時代になったものだ。
御伽噺の王子様が相手ならこうはいかなかっただろう。
今の時代だから、ほんのいっとき関わっただけの異国の王子様とその後も続く友情を築くことができる。
御伽噺どころか、清乃が小学生の頃もこんなふうじゃなかった。
当時は友達の家に電話して、誰々さんいらっしゃいますか、と言うよう教育されていた。大人もそうしていた時代だ。
固定電話から異国の王家に国際電話なんておそろしいこと、絶対できない。個人が所有する携帯電話があるから、今後も気軽に連絡をとることができるのだ。
ユリウスの婚約者には気を遣わなきゃいけないな。
清乃の存在を知ったら、きっと不安で不快な気持ちにさせてしまう。
ユリウスと清乃がいくら違うと言っても、安心できるわけがない。彼女からすれば、清乃は勘違いした無神経で嫌な女だ。
でもだからと言って、気のいいユリウスとの交流をやめてしまうのはあまりに寂しい。そのくらいは主張させて欲しいと思うのだ。
(あたしも彼氏つくればいいのかな)
そうすれば婚約者も安心するかもしれない。
ユリウスみたいな美形である必要はない。そんなひと存在を探すだけで一生が終わってしまう。
黒髪で日本語ネイティブ、美形じゃなくてもユリウスみたいに優しくて、一緒にいて心安らげるひとがいいな。
ユリウスみたいに騎士道精神に溢れてて。
武士でもいいかも。清乃が面倒臭いことを言っても、高楊枝、と笑ってくれる鷹揚なひとなら最高だ。
それから異国の王子様との付き合いに、嫌な顔をしないひと。
「よし。あたし彼氏つくろう」
「えっ」
ユリウスが後部座席で慌てている。
運転席の父は冷静だ。口だけだと思って、はっはっと適当に笑っている。
「姉ちゃん何しに成人式行くんだよ。過去を知ってる同級生しかいないだろ」
身内なんてこんなものだ。馬鹿にしてくる弟には適当に返しておく。
「成人式で探すわけじゃないよ。ただの新成人の抱負」
「絶対俺に彼女ができるほうが早いね」
「百七十越えてから言いな」
フェリクスが面白がって後部座席から身を乗り出してきた。
「キヨ、ボストンのおとこしょうかいしようか。オレでもいい」
さすがチャラ男。父親の真横でよく言ったな。
そして父よ、ウケるな。怒れ。ハーフの孫か悪くないな、じゃない。
「三人目とか最低。あたしは黒髪で日本語を喋るひとがいいの。近場で探すからほっといて」
「……キヨは残酷だ」
ユリウスの声が暗い。面倒臭い王子様だ。
「なんでユリウス君が落ち込んでんだよ! 嘘だろ、こんな凶暴なちんちくりんのどこがいいんだよ」
「キミのお姉さんは可愛い。オレの姉は凶暴なんて言葉じゃ収まらないぞ」
「えええ……分かったあれか。ガイジン受けするのか、黒髪チビが」
「後ろうるさい」
今日は成人式だ。
清乃はもう大人だ。
大人として異国の少年を保護し、冷静にたしなめ諭して、無傷ではないが無事に親元に帰した。
清乃がもう少し子どもだったら。もしくはふたりともにもう少し大人になってからだったら、違う関係を築いたかもしれない。
だけど現実として、成人したばかりの清乃が少年のユリウスに出会ったのだ。
勢いと直感だけで恋に落ちるほどの無鉄砲はできない年齢、性格だ。先のことを考え、自分の気持ちをコントロールしてしまうのが今の清乃だ。
清乃はこれから、頭で恋を探す。落ちるのではなく、自分の意志でするのだ。
それでいい。そういうのがいい。
突然清乃の前に現れた王子様。
彼のおかげで清乃の部屋は整頓された。
恋愛初心者の歳上の女に、安全なときめきを与えてくれた。
こんなひともいるのなら、恋の相手を探してみようかと思わせてくれた。
全然無駄遣いなんかしてないよ。
短い間だったけど、清乃のためだけに居てくれた、キラキラ素敵な王子様。
「じゃあまたね。来てくれてありがとう。気をつけて帰ってね」
「うん。成人式おめでとうキヨ。帰ったらメールする」
「待ってるよ」
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
ユリウス目線の番外編『王子様の独り言』、続編『王子様の棲む処』、完結編『王子様と過ごした日々』もよろしくお願いいたします。




