ミートアゲイン
meet again 再会する
「…………ユリウス。フェリクスも。なんで?」
数十秒で送れるメールのひとつも送ってこなかった薄情者と、再会してしまった。
彼らと涙の別れをしてから、まだ半月と経っていない。連絡を待つには長すぎる時間だが、再会するには早すぎる。
少しだがベソをかいてしまった時間を返して欲しい、と清乃は思った。
お高そうなカッチリしたスーツを着た金髪男がふたり、日本の隅っこのド田舎に現れた。なんかすっげえの、だ。これは騒ぎになる。
「成人式おめでとう! すごく綺麗だ! 一瞬誰だか分からなかった!」
「なんか引っかかるけど不問に付そうか。ありがとう、ユリウス。で、なんで?」
何故主役の新成人の存在を喰ってしまいそうな美形面をふたつも下げて現れた。
しかもその真っ赤な薔薇の花束はなんだ。デカい。無駄に派手だ。いくらするんだソレ。
ユリウスはにこにこして花束を清乃に差し出した。
(あたしにか!)
反射的に受け取ってから、プロポーズでもするのか、とのツッコミを慌てて呑み込む。
危ない。藪蛇は困る。
「えっと……ありがとう?」
「成人式に出ると言っていただろう。帰って調べてみたら、女の子がキモノを着る行事だって。絶対見たいと思って、飛行機に乗って来た」
着物を着て出席する男もいるはずだ。男女共にスーツで出席する人もいる。外国人の微妙な知識を正してやるべきだろうか。
「おれはつきそい」
「……へえ」
「想像以上だった。キヨ綺麗だ」
「それはどうも」
「うん。コケシみたいにかわいい」
フェリクスのは完全に確信犯な言葉選びだ。日本語なんてほとんど分からないくせに。
「これだけ盛ってそれはない。東北でコケシ見てから出直せ」
淡々と賛辞を受け取る娘を、両親が不安そうに奥から見守っている。
父母よ、気持ちは分かるが、国際ロマンス詐欺とかじゃないから安心しろ。実は清乃も少し疑ったことがあるが。
でもユリウスはまた会いに来てくれた。
遠い異国からはるばる日本の片田舎まで、清乃に会うためだけに。
彼にかかった生活費はフェリクスが多めに置いて行ったし、何も取られていない。貞操の危機的な問題は、むしろユリウスのほうにあった気がする。
大丈夫。彼らは詐欺師じゃない。
これが油断させるための手段で、これから何か企んでいるのでなければだが。
会いに来てくれたことが、純粋に嬉しい。
それなのに同時に頭の隅で可愛くないことを考えてしまうから、清乃は駄目なのだろう。
ユリウスにバレたらまた、言い方、とか情緒が、とか文句を言われそうだ。
想像だけで少しおかしくなって、巨大な花束の影に隠れて笑ってしまった。
それを見たユリウスも、嬉しそうに綺麗な笑顔を見せてくれた。
「清乃? あんたその方たち、お友達?」
そうは見えないだろうが、他に訊きようがなかったのだろう。
「そんなとこ。留学生みたいなものだよ」
嘘ではない。フェリクスはボストンの留学生だ。
「はじめまして、こんにちは! キヨノさんにお世話になってます、ユリウスと申します」
さすがいい子ちゃん、日本式挨拶もばっちりだ。
キラキラの笑顔を振り撒けば、田舎のおじさんおばさんなんてイチコロだ。
「まあまあ。日本語お上手ねえ」
「清乃、上がってもらいなさい」
「いいよ! このひとたちすぐ帰るから! 成人式遅れちゃうでしょ」
清乃は薔薇の花束を近くでぽかんとしていた弟に押し付けて、金髪男ふたりを外に押し出した。
相変わらずユリウスはキラキラしているし、フェリクスはチャラチャラしている。堅めなスーツなのに何故。
「……念のため訊こうか。あたし実家の住所教えてないよね? どうやってここに?」
「県名は聞いてたよ。飛行機を降りて分かるところまで電車に乗って、コレを」
コレ、と差し出されたのは、ビニール袋に密閉された髪の毛だ。
二本。黒髪。
「……これ、あたしの髪?」
「わざとじゃないぞ! 帰ってから服に付いてることに気づいたんだ。こういうモノがあれば、フェリクスが探しやすくなる」
眠気に負けて一緒に寝てしまったからだ。あのときに付いたのか。
「普通に電話しなさいよ。あんたたち、超能力の無駄遣いしすぎじゃない?」
せっかくの非日常的能力の有り難みが失せる。もう少しシリアスにならないものか。
「自分たちの能力を使いたいことに使って何が無駄だ。有効活用してるだけだ。急に行ってキヨを驚かせたかった」
「そうですか」
「大体無駄遣いはキヨのほうだ。オレにはもっと利用価値があったはずなのに、やらせたことといえば皿洗いと掃除くらいだ」
「はいはい。荷物持ちもしてくれたし、玉葱の皮も上手に剥けたよね」
ユリウスの頭を撫でようと思ったら、振袖が大胆にめくれてみっともない感じになる。清乃はスーツの腕をポンポンと叩いてやった。
子ども扱いに、少年の顔がむう、となる。記憶通りの可愛さだ。
「ほんとうだぞ。ふつうのおんななら、このカオにやらせたいこといっぱいあるはずだ。PKでわるいこともできる。スリ、パチンコ、いっぱんじんでもおもいつくだろう」
フェリクスが苦手な日本語を長文で喋った。そのお返しに、清乃は英語を使ってあげた。
「Don't diss me. Stupid!」
舐めんなよ、ばーか。
「ははっ! たしかにキヨはブシだな。たかようじ、しらべたぞ」
「その話はやめろ」
「武士?」
「ユリウスは気にしなくていいの!」
きょとんとするユリウスと慌てる清乃を見下ろして、フェリクスがにやにやしている。
「アルバイトのはなしをしたら、おじさんたちもおどろいてわらっていた。こんどキヨをせいしきにしょうたいしたいといってる」
「おじさん」
「父だ」
「王様じゃん! あんた何話したのよ!」
「いろいろ」
最悪だ。
「それでキヨ、オレ大事なことを聞いてないことを思い出したんだ」
「……何よ」
「電話番号とメールアドレス」
確かにユリウスに教えた覚えはない。毎日一緒だったから必要なかったのだ。
だから今まで、なんの音沙汰もなかったと言うのか。
「まさかそのために来たの? 何時間もかけて飛行機乗り継いで? フェリクスの携帯に履歴残ってるでしょ」
「キモノを着たキヨを見たかったのもある」
「それだけのために……!」
フェリクスの能力との合わせ技でする長距離の瞬間移動は失敗も多いらしい。だから飛行機に乗ったのだ。
マイナー国から、付き合いの少ない日本への直通便なんてないはずだ。何回乗り継いだのだろう。
「女の子の連絡先は、人伝てに聞いたら駄目だってフェリクスが」
そうだった。この純粋な少年は、チャラい従兄の言うことを意外と信じるのだ。
「軟派男のプライドなんか、この場合関係ないからね! 悪い大人の言うことなんか真に受けるなって言ったでしょ」
表情筋を使いすぎたら慣れない化粧が崩れそうだ。ひび割れそうな気がするくらいの厚塗りをしているから。
清乃は可能な限りの無表情で吼えた。




