クリスマスパーティー
Christmas party クリスマスパーティー
「エ、あか。はやい」
「早いんだよこのひとは! キヨ、もうやめとけ」
「一気に飲まなきゃ大丈夫だよ」
「ビールとは違うんだからな!」
「分かってる……って待って、今のとこ! なんて言った?」
心配するユリウスをあしらってリモコンを手に取り、巻き戻しボタンを押す。
画面に釘付けになる清乃にユリウスが微妙な表情になる。
「そんな台詞使う機会なんてないよ」
「分かんないでしょ」
「Get outta here, you……」
『おまえが言うなフェリクス!』
字幕では出て行け変態、となっていた。
もっと早くに覚えていれば、フェリクス登場の瞬間に使えたのに。
『使う機会が欲しいなら、再現するか』
「Get outta here!!」
「Excellent! キヨ、じょうず」
「……本当は全部分かってるんじゃないだろうな」
「分かるわけないじゃん。八年勉強してる英語も分かんないのに。空気読んだだけだよ。日本人の得意技」
フェリクスは日本語の会話を半分も理解していない。それでもケラケラ笑い、その時々で適当な言語を使って口を挟んだ。大抵はろくでもない内容だったから、清乃はそのたびになけなしの英語スラングを投げ付け、途中からそれすらも面倒になって日本語で応戦した。
なんで会話が成立してるんだよ、と呆れながらも楽しくなったらしいユリウスは仲裁をやめてチキンと映画、時に殺伐とする会話を楽しんだ。彼は最初は清乃の味方だったが、あまりにもひどい言い方をするとあっさりと立ち位置を変えた。
「ユリウスたちは国のクリスマス行事に参加しなくて大丈夫なの?」
「今年までは大丈夫。来年は成年王族として色々出席したり開催したりしなきゃだけど」
チャリティーパーティー、ノブレスオブリージュとかいうやつだろうか。
「なんか大変そう」
「うん。アッシュデールは元を辿れば騎士の家系だから、オレは公式行事よりフェンシングとかしてるほうが好きだけど」
「騎士ってテンプル騎士団とかの話?」
「十字軍に参加した記録はないな」
「いまはまじょのくにだ。Witch」
フェリクスがグラスを傾けながら水を差す。差されたのはユリウスのテンションだ。彼は嫌そうに顔をしかめた。
「魔女」
超能力の話だろうか。魔「女」なのは翻訳ミスか。でもウィザードではなく、ウィッチと言った。
「……今はどちらかというとね。でも騎士のほうが聞こえがいいだろう」
そういうものなのだろうか。
言われてみれば、善き魔女、悪い魔女、など人による、といった印象の魔女よりも、騎士のほうが分かりやすく正義っぽい印象が伝わるかもしれない。
「ふうん」
その国の王族に、国の由来について解説を受けている。贅沢なのかもしれないが、アルコールと映画で気が散ってあまり頭に入ってこない。
「帰ったら一度招待するよ。国賓扱いで」
「……国賓は勘弁して。マナーとか分かんないもん。そこのマナー違反しまくりな王子は成人してるでしょ。ここにいていいの?」
「フェリクスは今ボストンに留学中だから免除」
ボストンってどこだっけ。清乃は頭の中を探してみたが、アメリカのどっか、としか出てこなかった。地理なんて受験が終わった瞬間に忘れた。
「ここにいるじゃん」
「I going back to Boston tomorrow」
明日ボストンに帰る。
「そうなの? あれ? でも」
フェリクスは水を飲むようにしてシャンパンとワインを一本ずつ、ほとんどひとりで空にした。チャラけた笑顔が少しだけ赤い。
「キヨはカレシつくらない?」
怪しい発音の日本語で、フェリクスが唐突な質問を投げてくる。
なんであんたとそんなプライベートな話を、と思ったが、まあ今はクリスマスパーティー中だし、と思い直して答えてやった。
「今のとこ必要ない」
「なんで?」
そんな反射的に聞き返されるほど不思議なことだろうか。ユリウスも興味津々な顔で見てくる。
最近は女より男のほうが他人の恋愛話に興味があるものなのか。
「なんでって言われても。そもそも欲しいと思って簡単にできるものでもないし」
「でもさっきの男、キヨのこと好きだったんじゃないか」
「誰の話してんの」
「ほら、あの嫌な奴ら」
少しだけ考えて、今日駅前で遭遇した中に、ひとりだけ男が混ざっていたことを思い出す。
「そんなわけないでしょ。まともに口きいたこともないよ」
「でもショック受けた顔してた」
「ユリウスの顔にビビっただけでしょ。日本人は大抵怯むよ」
ユリウスは納得いかないようだったが、そこまでで引き下がった。
「How about you?」
別に興味はなかったが、話を変えるために清乃はフェリクスに水を向けた。
彼は躊躇なく答えた。
「Bostonにはふたり」
「最低だな!」
「No problem. カノジョたちもほんきじゃない」
フェリクスの恋愛事情にはあまり首を突っ込みたくない、と清乃は思った。ひとつ歳上なだけなのに、だいぶただれている。
『……おまえちゃんとしてるんだろうな』
『当たり前だろ。アメリカでサイキックの子どもが生まれたら、映画スターになれるかな」
『怖いこと言うなよ』
くっくと笑って、フェリクスは立ち上がった。
「ねる。オヤスミ、キヨ、ユリウス」
少しだけ酔った様子のフェリクスはすっくと立ちあがり、キッチンに敷いた布団にダイブした。安物の敷布団の下はフローリングだ。アウチ、となるのも当然だろう。
「うわ、あいつ真ん中で」
毎晩彼と布団を共有しているユリウスが嫌そうに呟く。しかもフェリクスはふたりが見ている前で着ている物を脱ぎはじめた。欧米式の就寝スタイルになるつもりなのだろう。
清乃は無言で立ち上がってキッチンに繋がる扉を閉めた。
「最悪だ……」
十七歳の少年が裸の男と寝たくないのは当然だろう。
「別にいいじゃん。もう眠いの?」
「……まだだけど」
「じゃあ朝までこれ観てようよ。あたし全部観たい」
「…………朝までかあ」
フェリクスが脱落した後は平和に映画鑑賞を楽しんだ。清乃は缶酎ハイを一本空けた後は、ユリウスと同じようにジュースを飲む。
少し眠くなってきたタイミングで、ユリウスが話を蒸し返した。
「キヨはなんで恋人が欲しいと思わないの? 好きな男もいない?」
「え、そこに戻るの? なんで」
「興味があるお年頃だ。聞きたい」
「……別に欲しくないわけじゃないし、好きなひとがいたこともあるけど」
酔っている、と自分でも気づいた。
こんなの、歳下の男の子にする話じゃない。
「じゃあなんで?」
清乃はテレビ画面から視線を外さずにぽつりぽつりと喋った。
「……もう少し前なら別に良かったのかもしれないけどね。高校を出たら、なんか違うんだよ」
「大人の恋愛になる?」
「そう! ……好き、だけど接触不可、だと付き合う意味ないんだって。でもあたしはそういうの嫌なの」
「…………そう」
「わけわかんないもん。あんた分かる?」
「……えっとごめん。それ言った人の気持ちは分かる気はする」
「あっそう」
「キヨの気持ちも分かる。どっちもおかしくない」
「…………ふうん」
多分清乃は面倒臭い女だ。自分でも分かっている。
だから彼氏は要らない。相手に面倒臭い思いをさせるのが面倒臭い。
「男は大抵、相手のことをキレイだとかカワイイとか思って付き合うわけだからね。ふれたいと思うのは当然だと思うよ」
そういうものか。そうかもしれない。
清乃も小さい子や小動物を見ると可愛いと思い、抱き上げたいと思う。それと同じか。
「……ユリウスの髪もキレイだよね」
言ってから、何言ってるんだ自分、と焦る。だけどユリウスは軽く笑っただけだった。
「よく言われるよ。同級生の大半が一度は本物か確認しに来てる。キヨも触ってみる?」
「うん」
好奇心を抑えられず即答すると、ユリウスは触りやすいように頭を傾けてくれた。
希少価値の高い白っぽい金の髪の毛先をそっと、指先で摘んでみる。絹糸、の実物は手に取ったことはないが、多分こんな感じだ。絹糸のような髪。
「どう? 面白い?」
「すごいほそい。寝起きとか、絡まらないの?」
「長いとそうなるかも。伸ばしたことないから分からない。キヨの髪も触っていい?」
「え」
「キレイだと思ってたんだ。先にオレのも触ったんだからいいだろう」
なんだその理屈は。とは思ったが、確かに一方的なのはフェアではない。十七歳の交渉術にしてやられた感がある。
「…………」
清乃が黙って後頭部を向けると、ぽん、と頭に手を乗せられた。黒髪を細長い指が絡め取って梳きとおす。
清乃にその様子は見えないけれど、感触が伝わってきた。
頭頂部からうなじまで、手で頭の形を確認されている気がした。不快ではなかったから、そのまま好きにさせた。
「確かにキヨの髪のほうがだいぶ太い。向こうにもブルネットはいるけど、こんなに綺麗な黒色は見たことない」
そんなに綺麗なわけがない。今日だって中途半端にしか乾かしていない、手入れの雑な髪だ。
「日本人だからかな」
「日本人すごい」
「何がよ。ただの民族的特徴でしょ」
ユリウスに頭を触られるのは嫌じゃない。女友達に触られるのと、感覚的にそう変わらない。
この天使のような外見のせいだろうか。異性を感じさせないから、安心して並んで座り、夜中にふたりで映画鑑賞していられる。頭を撫でられても嫌な気持ちにならない。
ユリウスみたいなひとと付き合えばいいのかな。でもこんなひと、どこを探したっているわけがない。
じゃあやっぱり、清乃はまだしばらく独り身生活を続行するしかないということだ。
ユリウスが途中で舟を漕ぎ出した。
清乃も眠気が限界に達するところだったから、流れに逆らわず横になった。
電気はすでに消してある。あとはリモコンでテレビを消すだけでいい。
すぐそこに綺麗な白い顔があった。それを幸せな気持ちで眺めてから清乃は目をつむった。
「……キヨ?」
「…………うん?」
「ううん、……おやすみ」
「さっきの男」について
清乃のことが好きなわけではないと思う。
多分、身近な女子が自分以外の男と一緒にいてショックを受ける不思議な思考回路の大学生だっただけ。




