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ショッピング

shopping 買い物

 フェリクスの寝床はキッチンだ。それは譲れない。

 床で寝てろ、と言う清乃に謝りながら、ユリウスが自分の布団をキッチンに敷いている。風邪っぴきの男ふたりでシングル布団を共有するらしい。勝手にしろ。

『この組み合わせはおかしい。小さいのがふたりで寝ればいいだろ。おまえキヨのベッドに行けよ』

『おまえの主張のほうがおかしいよ。誰のせいでこんなことになったと』

『子どもは面倒臭いな。じゃあ俺がキヨと寝る。大人なら問題ない』

『問題しかない!』

「うるさい! 病人はさっさと寝ろ!」

 明日も一限からだ。清乃はまだ二年生、四年生と違って必修の講義が詰まっている。

 非日常に巻き込まれようと、すべきことはたくさんあるのだ。

 早く寝て、夢の中だけでもこの馬鹿馬鹿しい事態を忘れてしまいたい。

 明日の朝、なあんだ夢だったか、と言えたらいいなと思いながら夢の中に逃げ込んだ。



 清乃は生活を変える気はない。

 いい歳して馬鹿みたいな理由で体調を崩した男ふたりの看病なんてもってのほかだ。絶対に優しくなんてしてやらない。

 この部屋はバレていない。問題ないはずだ。と言うユリウスを信じて、清乃はいつもどおり大学に向かった。

 念のため、フェリクスが時々様子を視る。それだけは許してくれ。

 何も悪いことをしていないユリウスに申し訳無さそうな顔をさせるのが忍びなくて、仕方無しにうなずいてやった。

 トイレ入ってたりしたらどうすんのよ。視るなら時間を決めてやってよ。

 大事なことに気づいて、人目に触れても問題ない時間、つまり講義中に視ろと言い置いて行く。

 フェリクスには料理経験があると言う。

 冷蔵庫の中身と調理器具を見せ、コンロの使い方を説明してやると、フェリクスは胡散臭い笑顔でOKと言った。昼食の心配をしてやる必要はないだろう。

 今日から清乃は学食で昼食を摂る生活に戻るのだ。



 問題を片付ける、とユリウスは言った。

 有言実行すべく、彼は清乃が不在にしている間、無駄にデカい従兄と共に駆け回っているらしい。

 夕方にはふたりとも疲弊しきってコタツに伏している。

 どこかで異能力バトルでも繰り広げているのだろうか。

 具体的に何をしているのかは聞いていない。聞きたくもない。否、少し興味はあったが、聞いてしまえば引き返せなくなると思い、無関心を装った。


 それはともかく、冬である。イベント山積みの季節である。

 まずはクリスマスだ。

 去年は彼氏のいない友人と集まって騒いだ。楽しかった。

 今年はどうする? と誘われたが、まだ弟が居座ってるから、と断っておいた。弟くんも呼びなよ、と言う友人には、ヤだよ楽しめないじゃん、と返した。

 ユリウスを連れて行ったら騒ぎになるだろう。

 金髪碧眼の美少年なんか、日本ではそうそうお目に掛かれるものではない。

 フェリクスは喜びそうだ。絶対連れて行かない。

 ひとり増えた金髪の居候は、正規の手続きをとって入国した大人らしくちゃんと日本円を持っていた。

 ふたり分、十万、と掌を上に向けて差し出したことにより、清乃は経済的危機的状況を脱することができた。

 ユリウスは計算がおかしくないか、と突っ込むことはなく、逆にもっとふんだくってやれ、と助言してくれた。迷惑料を含めるにしても、さすがに上限というものがある。あとは外食費を被せてやるくらいでいい。

「クリスマスだよ。どうする? チキンとケーキで大丈夫?」

 彼らの国の宗教は知らないが、立地を鑑みればキリスト教である可能性が高い。

 であれば、チキンとケーキ、が正解だろう。

「いいの?」

「いいよ。軍資金が手に入ったから。問題は片付きそうなの?」

「……あと少し、かな」

 ユリウスは少し言いにくそうにした。何故だろう。難航しているのだろうか。

「ふうん? ピザも買ってこようか。シチューくらいは作ろうかな」

「楽しみ。買い出し手伝ってもいい?」

「うん。助かる。冬休み入ったから、しばらくは忙しくないよ。問題が解決したら、観光でもする?」

 少年の顔が期待感に輝いた。キラキラの笑顔が眩しい。

「する。早く解決するよう頑張る」

『おい、ユリウス。いつまでこうしてるつもりだ。ケーキくらいは喰ってもいいが、クリスマスが終わったら帰るぞ』

『……分かってる』

「キヨ、イチゴのケーキ」

「日本語覚えてもろくなこと言わないね」

「ケーキだい」

 ぽん、と手渡されたのは一万円札だ。金持ちめ、と苦々しく思ったが、突き返す理由はない。

 フェリクスの発言により、今年のクリスマスケーキの選択肢がひとつ減った。ブッシュドノエルが買えるだろうかと期待してケーキ屋を覗いてみたが、ノーマルな「イチゴのケーキ」しか残っていなかった。ちゃんと事前に予約しておけばよかった。

 チキンはスーパーの惣菜売り場の物でもいいかな、と思っていたが、外出を楽しんでいる様子のユリウスに、予定変更することにした。

 スーパーではシチューの材料と明日以降の食材だけ買って、それとケーキを持っていったん帰宅する。

「クリスマスデートのあいてなら、おとなのほうがいいだろう。かわるぞ」

「……ほんっとくだらないことしか言わないね。大人なら大人しく留守番してろ」

 自転車は一台しかないから、定番のフライドチキンを買うにはバスに乗る必要がある。

 そしてバスに乗って駅前まで買い出しに行けば、イルミネーションを見ることができるのだ。

 ふたりでアルバイトをしたときにも装飾してあったはずだが、あのとき通った道は店舗ごと個人宅ごとに飾って楽しんでいるだけだった。大掛かりなイルミネーションは駅まで来ないと見ることができない。

 駅前の通りに流れていたのは、男性アイドルグループの新曲だった。男の子が好きな女の子を想う一途な気持ち。

 清乃も好きな歌だ。幸せな気持ちになれる、爽やかな恋の歌。

 カラオケに連れて行ったら、ユリウス歌ってくれるかな。

 君を守る、なんて自分が言われたいとは思わないけど、他の女の子を想う可愛い男の子が歌うのは、すごくイイと思ってしまった。

 清乃は冷たい空気に猫背になってしまうが、横を歩くユリウスは平然とした顔で背筋を伸ばしている。

 寒くないわけではない。彼が寒がりなのは知っている。受けてきた教育が違うのだろう。彼は暑さ寒さを表に出さないことに慣れているのだ。

 そんな少年の顔がキラキラした光景にキラキラするのを見ると、来てよかった、と清乃は思う。

「クリスマスはそっちのほうが本場でしょ」

「うん。規模は違うけど、日本のも綺麗だ」

「婚約者の子と見に行ったりしてたの?」

 言ってから、しまった、この擬似デートもどきは彼の婚約者に対する背信行為に当たるのか、と気づいてしまった。

 清乃はもうすぐいなくなる少年に、少しは楽しい思い出を残してやりたかっただけだ。

 ユリウスは少しだけ困ったような顔になった。

「行ったことないよ。ここに来る前に会ったのが二年振りくらいだ」

 そうだった。それで可愛らしく成長した婚約者に感情のコントロールが利かなくなった彼は、自分も意図しない国に跳んでしまったのだ。

「へえ。そんなもんなんだ」

 まあ婚約者と言っても大人が勝手に決めたものなのだろう。夫婦になるため、親密な関係を築くのは大人になってからでも遅くはないということか。

 清乃は開き直ることにした。

 それならいいか。

 今だけ、少しだけ、心に決めた戒めを忘れてしまっても。

 今だけ、少しだけ、浮かれる恋人たちの間をすり抜けながら、空気に酔ってしまっても。そのくらいは許されるだろう。

 手を繋ぐわけじゃない。腕を組んでいるわけでもない。ふたりは友人として適切な距離を保って歩いているだけだ。

 問題はない、はずだ。

「プレゼント買おうか。フェリクスから巻き上げたお金だけど」

「キヨがしたのは正当な要求だ。それはキミのお金だよ」

「だよね。あたしもそう思う」

 駅前は清乃たちのような若者ばかりが歩いていた。大人の大半はまだ働いている時刻だ。

 いつものように帽子とマフラーで顔を隠したユリウスが注目を浴びることはなく、問題なくプレゼントを選ぶことができた。

 定番過ぎか、と思いながらも手袋を勧めると、ユリウスは嬉しそうにうなずいた。なんの変哲もない毛糸の手袋だ。王子様には却って新鮮なのかもしれない。

 問題は清乃のプレゼントだ。バイト代の残りで買う、とユリウスは言ってくれた。焼肉店で受け取ったおつりは自分の小遣いとして持っておけと言っておいたのだ。

 が、最近忘れがちな問題がある。彼女は汚部屋の住人なのだ。物を増やすわけにはいかない。

 努力しろ。簡単に言うな。スノードームなんて埃かぶるだけじゃん。情緒が無いな!

 周りからどう見えようと、恋人同士ではないふたりだ。甘くならない会話に面倒になって、元の店に戻った。

 手袋を手に取るユリウスに清乃は全力で拒否する姿勢を見せた。

「それはない。お揃いはないよ、ユリウス。日本でそれやったらドン引きものだよ」

「ならどうするんだ。さっさと決めないとマフラーを買うぞ。フェリクスにも同じものを買ってやる」

「あんたほんと脅し方が最低」

 焦って店内を見回して目についたのがクリーム色のニット帽だ。ユリウスの髪色に似ている気がした。

 感傷的になっている、と自分でも気づいたが、ユリウスには気づかれていない。あの忌々しいテレパシストが相手でなくてよかった。

 包装は断った。情緒が、と言うユリウスには、あんたも断ったでしょ、と言い返した。

 自分だけ何もないのかとフェリクスが騒ぎそうだと、ユリウスがファンシーなシャーペンを選んで買っていた。小学生の女の子が喜びそうなものだ。さすが王子様、いいセンスをしている。

 ふたりはそれぞれに新しい手袋と帽子を身に付けてから家路についた。

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