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イーエスピー

Extra Sensory Perception 超感覚的知覚

 アパートの駐輪場から見上げた二階の自室はやっぱり暗くて、清乃は少しばかり腹を立てた。

 丸一週間も世話になっておいて、ひと言も無しに去っていくとか、礼儀知らずにもほどがある。やっぱり王子様なんて人種、他人がかしずくのが当然だとでも思っていたのだろう。

 いつもの習慣で肩から斜めにかけた鞄から鍵を取り出し、鍵穴に挿して回すと、手応えがあった。カチリ。

(ん?)

 彼らはどうやって鍵をかけたのだ。

 お家芸の念力か。未明にふたりで帰ってきたときも、そうやって解錠して入ってきたのだろう。その反対をしたのだ。

 便利な力である。


 真っ暗な玄関でスニーカーを適当に脱ぎ散らかし、手探りで電気のスイッチを押す。バッグを玄関脇に、コートを脱ぎながら進み、暗いままの部屋に入って何かを踏んづけた。

『痛いぞ!』

 フェリクスの手だった。

「…………なんであんたまだいるの」

 電気を点けると、今朝と同じようにコタツ布団に潜り込んだ外国人がいた。

 何度見ても、金髪とコタツが馴染まない。

「……ごめ、……キヨ。おかえり」

「何その声。ユリウスあんた、あんだけ駄目って言ったのに、コタツで寝るから」

 しゃがれ声の紅顔の美少年。本当に顔が赤い。

 清乃の言葉に被せるように、フェリクスが咳をする。うるさい。

「Hi, Kiyo」

「ハーイ、じゃないわ。あんたに名乗った覚えはないよ。馬鹿なの? 大の男がふたりして何やってんのよ」

「……真冬の日本を舐めてた。昨夜濡れたのがまずかったみたい」

「でしょうね」

 そして今もコタツで寝ている。風邪を引かないほうが不思議だ。

「あと、朝話してなかったことが」

 別れの挨拶とか礼とかだろうか。ユリウスも少しは名残惜しいとか寂しいとか、そういう気持ちがあったのだろうか。

「その前に、お昼はなんか食べたの? 食欲ある?」

「ううん。昼にはふたりとも食欲なくて。お腹空いた」

「お粥作ろうか」

 ユリウスは味噌汁も甘辛い煮物も好きらしい。和食が嫌いでないなら食べられるだろう。

「おかゆ?」

「ドロドロの白米。日本の伝統的な病人食だよ」


 作り方は親にも教わったことはないが、適当に作っても問題ない。

 片手鍋にお湯を沸かして塩と冷凍ご飯を投入。焦げないように時々かき混ぜて様子を見て、完成だ。

 ふたりともそれほど重症ではなさそうなので、丼によそってどん、と出してやる。

 初めて見る形状の食べ物に恐る恐るといった様子だったが、ふたりして合掌した。

「いただきます」

「イタダキマス」

 自分の分だけの食事を別に用意するのは億劫だ。清乃は自分の茶碗にもお粥をよそった。


 彼らはベッド側にユリウス、キッチン側にフェリクス、と対面になるように寝ていた。狭いコタツの中で長い脚が並行になるよう工夫していたのだろう。

 清乃は迷うことなくフェリクスの脇をすり抜け、なるべくユリウス寄りに座った。

 小柄な女の気持ちを汲んで右に移動し、左側にスペースを作ってやる従弟の様子を、フェリクスが面白そうに見ていた。

「こっち見るな、痴漢野郎」

「……キヨ。気持ちは分かるが、その言葉遣いはどうなんだ」

「汚い言葉をこういう奴に対して使わずにいつ使うの。存在意義が無くなるでしょ」

 舌戦は姉弟喧嘩で鍛えた。久しぶりの敵の出現に、口が勝手に動くのだ。

 外国人の日本女性に対する印象が悪くなっても、お互い様だ。露出狂の覗き魔のほうが悪いに決まっている。

『ユリウス、キヨに話さなくていいのか』

 フェリクスの口出しに、ユリウスが嫌な顔をした。

『分かってる。「キヨ、キミに話しておかなきゃいけないことがあるんだ」』

「挨拶くらい、朝のうちに済ましなさいよ。おうちのひとが心配してるんでしょ」

「いや、あのですね。キヨノさん」

 咄嗟の言葉の使い方が日本人そのものだ。おそるべし天才少年、おそるべしテレビ。

「なに?」

「今朝の話の続き。フェリクスはESP保持者だ。キミが言ったとおり。remote viewing を使って、オレの居場所を特定した」

『俺は昨日みたいにわざわざ風呂まで行く必要ないからな。その気になれば、今この瞬間でも見たいものを視ることができるぞ』

『その気になったら、今度こそその目をツブすぞ! 一生視たいモノだけ視て生きていけ!』

『やめろ。肉眼は臨場感が違うんだぞ』

『最低な大人だな!』


 ちょくちょく挟まれる内輪揉めに、清乃はイラッとした。

「なんか知らないけど、家主を置いてきぼりにしないでよ。失礼だよ」

「ごめん。彼のremote viewingはうちの家系でも突出した力で、彼が視つけるまで、オレが日本にいることは誰も気づいてなかったらしくて」

 突出した異能力。そんなものを持つ人間、清乃には想像もつかないくらいシリアスな育ち方をしているのではなかろうか。

 言葉は分からなくても、フェリクスが軽いのは分かる。彼はシリアス展開とは無縁な人間だ。

「ふうん」

「ちなみに、一番のPK保持者はオレだ」

「なに対抗してるの」

 子どもか、との突っ込みに、ユリウスが子どもらしく膨れっ面になった。

 ふたりのやりとりを見ていたフェリクスが、空になった丼を左にずらして清乃に手招きした。


「Kiyo, come here」

 日本人はやらない、掌を上に向けて指を動かす動作に清乃は嫌悪感を表した。

「ノー! ヤだよ。来ないで」

 伸ばされる手を避けてユリウスの側に逃げるも、それ以上退がることができなくなった。

 庇ってくれると信じていた彼の手によって動きを封じられたのだ。

「ごめん、キヨ。ちょっとだけ我慢して」

「はあ? やめてよ、放して」

 後ろからユリウスの手で両肩を支えられるようにして、フェリクスと相対させられた。

 フェリクスの手が清乃に近づく。視界が日本人とは違う色合いの掌でいっぱいになる。

 犯罪の現場でしかない図だ。だけど清乃は、違う意味での身の危険を感じていた。

 今から彼女はこの超能力保持者の外国人に、体験したくないことをさせられる!

「Shhh」

 苦し紛れに蹴り出した短い脚をあっさりいなしたフェリクスの右手が、清乃の額に届いた。

「シーじゃねえよ、近づくなこのっ……」

 清乃は二十年の人生で覚えた汚い言葉を一番から順に並べ立てようとしたが、それを実行することはできなかった。



 暗い色の金髪男、フェリクスだ、彼の姿が視えた。鏡に映った姿。

 飛行機を降りた。周りはほとんどが黒髪か暗い茶髪。日本の空港だ。人混み。電車。

 あ、ユリウス、道路脇、隣に清乃が座っている。

 清乃、シャワー、ユリウス、深夜の川、何あれ、外国人、日本では異質な、外国人集団、

 どん、どかん、


 ……………………


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