表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の親知らずを抜いていけ  作者: ぱじゃまくんくん夫
リンフォルツァンドの章
51/58

10:熾烈

「あんたさあ、そんなんじゃお嫁さんもらえないよ? 知ってる? あんたが18期生全女子に取ったアンケートの中で、結婚したくない男子ナンバーワンだってこと」


「教官、いい加減にしてくれよ。そんなアンケートいつ取ったんだ」


「取らなくてもわかる。だって、わかりそうなもんじゃない?」


「俺は別に結婚なんかしたくねえし」


「ああそう。可哀想に。周りの同期生たち皆が結婚していく中、あんただけが最後まで取り残されるのね。ひとりぼっち。あ、でも、大丈夫かもしれない。SGになれば先輩たちが面倒見てくれるかもしれないから。あぶれた者同士、きっと仲を取り持ってくれるかもね。私みたいなサディストと」


「フン。教官みたいな女なんてそうそういねえだろうが」


「うーん、まあ、そうかもね。でもね、口を酸っぱくして言っておくからね。あんたは今のまんまじゃお嫁さんをもらえない。わかった? あとで後悔しても知りませんよ?」


<キャプテン、田中教官が、田中教官が>


 杏奈の嗚咽混じりの無線が入ってきたとき、ラットローグは柱の物陰に隠れているDに向けて銃口を構えていた。


(田中――、マジかよ――)


 跳躍してきたか、よじ登ってきたかして、敵方は現れたのだった。


 ラットローグはすぐさま射撃の的にしようとするも、相手も自動小銃を携えていた。面食らったラットローグは連射しつつ、踊り場に通じる階段の陰に身を隠し、撃ち合いを繰り返していた。


(田中は生きてんのか……、殺られたのか……)


 ラットローグは肩で息をつきながら、弾倉を装填する。


「ニシ、知っているか。今度兵学校に来た二十二期には近田教官の息子がいるんだ。これがまた手に負えない奴でな」


「なんだ、あの人ってそんなに大きいガキがいたのか」


「そっくりだよ。性格はあんまりあれだが、顔はそっくりだ。夜目のトランセンデンスだから、いずれお前と一緒に組むかもな」


「ふざけんな。あの人のガキじゃ、とんでもねえ野郎に決まっている。間違っても天進橋なんかに推薦するんじゃねえぞ」


「お? 嫌な思い出を蘇らせたか?」


 相手が発砲してきた。無数の弾丸がラットローグの目の前で床にひびを作って跳ね返る。


 らちが開かない。


(G地区解放作戦だなんて、とんだ役目だ、クソッタレ)


 ラットローグは胸ポケットから板ガムを取り出す。革手袋の左手だけで器用に包装を解き、銃弾が目の前を通り過ぎていく中、口の中に放り込んで噛みしめる。


 精鋭アタッカーでもないラットローグがブラッディレイ作戦に選抜された理由には、不眠不休でも肉体を維持できる体力無限トランセンデンスのためでもあろうが、もう一つには所帯を持っていない、もしくは所帯を構える意志がなかったためだったろう。


 同期生の笹原少尉も同じくである。彼女は自ら作戦部隊に志望したが、作戦本部があっさり容認したのは、笹原少尉がそういう体だからだ。


 トランセンデンス能力を次代に繋げることのできないSGは、言ってみればお払い箱同然である。


(近田教官――)


 ガムをくちゃくちゃと噛みながら、ラットローグは微笑する。


(俺はこんな形で後悔している)


 近田咲良教官には嫌な思い出ばかりである。


 少しでも反抗すればためらいもせずに引き金を引くし、居眠りしていたら、髪を鷲掴みに持ち上げられて、そのまま顔面を机に何度も叩きつけられる。なので坊主頭に刈り上げたのだが、彼女は屈託のない笑みを浮かべて頭を撫でてきながら一言。


「ニシ、可愛いじゃん」


 ただ、呪い殺したい思いでいたのは兵学校2年を過ぎるまで、近田教官の厳しすぎる規律に慣れてきてしまうと、兵学生同士の色恋沙汰に首を突っ込んできたり、クリスマスにシチューを作ってくれたり、彼女がほんの少し垣間見せる愛嬌と優しさが、母のように、いや、兵学生全員の姉のように感ぜられた。


 卒業式には終始泣いていた。


 すでにその頃には癌にむしばまれていたらしい。


 そうして、ラットローグが赤い爪の作戦というものを知ったのはつい最近のこと。冷酷で、気丈で、ときに愛嬌を見せていた近田咲良教官の夫が、赤い爪の作戦で殉職した近田洋次郎少佐であることも、つい最近知った。


 当然、近田教官は夫の死因をわかっていたはずだ。


(鬼ババアの近田教官よ。因果なもんじゃんか。痛めつけられた俺が、あんたのガキどものお守役だぜ)


 敵方からの銃声が止んだ。弾切れか、出方を待っているか、仲間があとに続いてきたか。


 応援はない。食堂からは銃声と薬莢が転がる音だけが返ってくる。


(恩返ししてやるよ、教官)


 ぷっ、と、ラットローグはガムを吹き飛ばした。槓桿を引いて、銃身を持ち上げた。


(あんたのガキどもを守ってやったとあっちゃ、あの世で減らず口を叩くわけにもいかねえだろ。なあ?)


 ラットローグは階段の陰から飛び出す。銃口を構え、体を斜に開きながら駆け込んでいく。


 相手が隠れている柱の手前まで来ると、引き金を引いた。壁から柱にまで射撃を水平にすべらせていく。


 敵は柱の物陰から前転して躍り出てきた。ラットローグの前を横切った。敵は片膝立ちで上体を起こしてき、旧式の小銃を構えてくる。ラットローグは銃口の先を翻す。


 たちまち敵をめった打ちにした。


「こっちはSGだ! ナメんなクソッタレ!」


 リリースボタンを押して弾倉を捨てつつ、新しい弾倉をポケットから取り出して装填する。すかさず槓桿を引き、銃口を四方に向ける。


 階段から人影が現れた。銃口を向けた。しかし、覗けたのは深緑色のヘルメット、「06」であった。


 田中中尉を背負ってきている。


「カピコっ! 田中はどうなったんだっ!」


 ところが――。


 階段の踊り場から何らかの影が飛んでくる。杏奈の背後に降り立つ。


「カピコっ!」


 ラットローグが叫ぶ。


 杏奈が顔を上げてくる。


 彼女の胸から鉛色にきらめく鋭利なものが飛び出た。


 杏奈はがくりと頭を下ろした。


 鋭利なものは彼女の胸から消えていき、杏奈は田中中尉を背負ったままに膝から崩れ落ちていく。


 長刀を右手にたずさえた女が亡き骸を足下にしてそこに現れた。


 黒いタートルネックのセーターの上に、黒いトレンチコートを羽織っており、デニムジーンズ、長い黒髪の先は絹糸のようにして胸元に流れている。


 薄い唇、尖った鼻、狐目。


 レンズモニターが反応を示した。



 Code is matched

 Code Name Ray

 SEX:F

 AGE:30



「うおおおっつ!」


 ラットローグは目玉を剥いて引き金を引く。 




 judgement in……

 ……

 ……


 Destruction:A(打撃力A)

 Legerity:S(俊敏力S)

 Instantaneous:B(瞬発力B)

 Grip:A(握力A)

 Arm:A(腕力A)

 Leg:A(脚力A)

 Defensive:A(防御力A)

 Endurance:A(持久力A)




 しかし、ラットローグが放っている銃弾はすべて弾かれていた。彼女がすさまじい速度で振り回している刀が扇のような残像となっており、金属音が鳴り響きだけであった。


 さらに狐目の女はゆっくりとラットローグに歩み寄ってくる。ラットローグは射撃しつつも、恐怖のあまりに後退していく。


 やがて、弾が切れた。脂汗をひたいに浮かべながら、ラットローグはリリースボタンを押して弾倉を外す。


 刹那、狐目の女はトレンチコートの裾を翻しながら飛び込んできた。黒い残像は目に見える速度であって、瞬発力トランセンデンスの代物ではなかったが、それでも間合いを一気に詰めてきた跳躍の軌道からして、何らかのトランセンデンスであった。


 そして気がつけば、血のしたたる刀の切っ先がラットローグの喉元に突きつけられている。


 狐目の瞼の中で、黒い瞳をうっすらと睨ませてくる。


 女は、なぜか、若かった。レンズモニターには30歳と表示されているが、20代前半のような若さであった。


 吐息のようなかすれ声を放つ。


「降伏しろ」


 ラットローグは顎を仰け反らせながらも、笑った。


「ふざけんな。仲間を殺されて誰が降伏するか。この蛆虫野郎。頭ん中に湧いてやがんのか?」


 小銃を離した革手袋で刀を握った。蹴りがみぞおちに繰り出されてラットローグは吹き飛んだ。壁に叩きつけられて尻をついたところ、朦朧とした意識で視線を持ち上げてみれば、狐目の女は刀を振り上げていた。


「望み通りに死ね」






 田中中尉がどうにかなってしまったという杏奈の悲痛な叫びが、階下の凄惨な状況を思わせる。


 千鶴子は終始、小銃の乱射に努めていたが、誰一人とて銃弾を浴びせておらず、終わりがまったく見えない。


 皆で1階に降りていき、反攻に転じるべきではないか。天進橋の訓練ではあれだけ正確性を求めてきていたというのに、冷静さを失っているのか、千鶴子は峠大尉の指揮に疑念を抱き始めた。


 引き金を引いているうち、弾が切れた。弾倉を捨てる。弾もさすがに無限じゃない。新たな弾倉をホルスターから取り出してきたものの、それを装填するのに躊躇する。


(ユキは大丈夫なのかよ。ヒロは大丈夫なのかよ)


 それに――。


 千鶴子は弾倉を嵌めつつ、ただむすくれて突っ立っているだけのワイルドキャットを見やった。

「久留美! お前、いつまでそうしているつもりなんだよ!」


 ワイルドキャットの視線は小銃を打ち鳴らしている峠大尉たちの背中にあって、千鶴子のほうへはぴくりとも反応を示さない。


「久留美!」


 ワイルドキャットはむすくれているだけ。単なる駄々っ子になってしまっている。


 と。間口から黒い影がゆらりと現れた。


 凄惨を極めるこの戦場において、場違いなまでに自然的な侵入者に対して千鶴子は瞼を大きく広げた。


 右手から下ろす刀は真っ赤に染まっており、血がしたたり落ちている。


 千鶴子は咄嗟に射撃する。薬莢を弾き出す。歯を食いしばって引き金を引き続ける。


 すべての銃弾は弾かれた。


 思わず射撃の手を止めてしまった。狐目の女の視線の先は千鶴子に向けられ、そして峠大尉や笹原少尉、片岡、圭吾、ワイルドキャットへとゆっくり回っていく。


 千鶴子はかつてない危機を覚えた。


「うおおっ!」


 彼女は吼え、声圧を放った。舞い上がる埃から転がり落ちていた薬莢もろとも圧が吹き飛ばした。


 が、狐目の女はトレンチコートの裾をなびかせながら、刀を斜に振り抜いた。


 吹き飛ばされた埃や薬莢の渦が刀が振りぬかれたと同時に真っ二つに割れ、天井へ床へと軌道が変わっていってしまった。


 女の足元へ、薬莢がからからと落ちていく。


(な、なんだこいつ――)


 驚愕して足をすくませたのは千鶴子だけではない。圭吾も、片岡も、女に気づいて射撃を止めており、立ちすくんでいた。


「れ、レイ――」


 と、笹原少尉が呟く。


 峠大尉だけが小銃を握りしめていた。


「き、貴様、東原双葉か」


 狐目の女は何をするのでもなく刀を下ろしたままでおり、峠大尉をじっと見つめながら、かすれた声を放った。


「近田洋瑛を差し出せ。そうしたらあなたたちは天進橋に返してやる」


 峠大尉は鼻で笑った。


「何を言ってんだ、クソ野郎! 近田一人で事を済ませてくれるだなんて、何を考えてやがる!」


「あなたたちSGはただ翻弄されているだけ。高速運動の力に」


「ふざけるなっ!」


「だったらあなたたちも殺すだけ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ