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俺の親知らずを抜いていけ  作者: ぱじゃまくんくん夫
リンフォルツァンドの章
48/58

07:疑惑

 ブラッディレイ作戦部隊は集落一個をこの世から葬った。


 二手に別れて東西から挟み込んでいき、家屋の塀を乗り越え、あるいは庭先に堂々と侵入し、たいていは田舎の風景になじんだ庭先の広い家屋で、長屋の軒先で腰をかがめていた老婆を銃殺、そのまま母屋に上がり込み朝の食卓を囲んでいた一家族6人を小銃連射の餌食にし、隣の家では逃げ惑う女や子供たちの背中に銃弾を浴びせ、抵抗を見せて掴みかかってきた男の頭部を上段回し蹴りが破壊、異変に気づいて道に飛び出してきた老人の胸を戦闘用刀子が貫き、すでに電柱の電話線はすべて断絶しており、追い込まれた住人たちは赤子を抱き、あるいは老人を抱えて脱出を計ろうとするも、ヘルメットとフェイスマスクに顔を覆った冷酷な侵略者たちから弾丸を浴びて息絶えた。


 1人だけ、若者のトランセンデンスがいた。


 ただ、昨晩に出くわしたような異形の者ではなくて、おそらく怪力のみであった。茶の間の箪笥やテレビなどを放り投げてきたが、精一杯の抵抗はそれだけであり、小銃を構えた千鶴子とラットローグに詰め寄られ、最後には背後に回っていた杏奈に羽交い締めにされ、彼女の腕力で首をへし折られた。


 作戦部隊が殺害したのはおよそ60人。


 根絶やしにすると、1班2班は合流し、旧矢尻村鍋島地区から忽然と姿を消した。


 洋瑛は何もしていない。最悪のときにだけ高速運動化を許すと峠大尉から命じられており、小銃すら扱えない彼は仲間たちの殺戮をただ眺めていた。


(意味がねえ。トランセンデンスは1人しかいなかった。意味のねえ殺しだ)


 歯止めの利かない因果がつくり上げられていると洋瑛は感じ始めている。


(父さん。あんたも同じ真似をしたのか)


 作戦部隊は逃げるようにして再び北東を目指し、やがては「ようこそ玄福市へ」というペンキの剥げた、立て看板の脇を抜けた。


 隊員たちは旧玄福市をG地区としてしか知らない。G地区として括られる前の玄福市がどのようにして成立していたのか、おそらく国内を見渡しても、年配の人間でしか知らぬ事柄であろう。


 人目のつかない雑木林の中ばかりを歩んでいるので、旧玄福市の景色は判然としなかったが、それでも梢の間から垣間見える装いが、洋瑛に過去の時代の背景を思わせた。


 開けた田畑を県道らしき道路が一筋に伸びていくばかりの光景である。


 ただ、進むたびに気づく。大きな工場らしき建物が田舎の風景にぽつらぽつらと現れ、たまにそれらがひとかたまりになっている地区もあった。


 玄福市は農産業と平行したゆるやかな工業地帯だった。国防軍第五研究所なる機関があったことからも、田舎の安い土地を売り込んでの工場誘致政策が行われていた。


 もっとも、この工業地帯、死んでいる。建ち並ぶ工場は稼働している様子がまったくなく、実際、作戦隊員たちが休息に選んだ三階立ての建物も「株式会社○○ 玄福社員寮」という札が門柱に掲げられながら、人っ子一人いない廃墟、食堂と思わしき広間はすっからかんの空っぽで、テーブルも椅子もない、歳月だけを重ねた床はひび割れていて、壁掛けの時計の針もいつの日からか止まっていた。


 隊員たちはがらんどうの食堂の中央に輪になって座る。1人1人がバックパックから携行食を取り出して、簡素な昼食を取る。


 無言である。


 誰も、誰の目も見ようとはしない。


 殺戮者たちの沈黙であった。


 己に正当性を暗示しようとしても、好まない殺人を犯した者だけが得る呪いの罪悪が、自己存在の意義さえも怪しくさせる。


 峠大尉さえ何も語らない。何かを押し隠すようにして語らない。隊員たちの教官であった田中中尉や笹原少尉も、沈黙だけでやり過ごそうとしている。


 ただ、洋瑛の思考は冴え冴えとしていた。その感性の鋭さは荒砂山にいたときとは比べ物にならない。いや、洋瑛は元はこういう少年なのかもしれなかった。現実を受け流してばかりだったゆえ、一つの物事に思考を張り巡らせることはなかったが、様々な事が起こりすぎたこの局面で、現実を現実として受け止めなくてはならなくなったこの状況で、洋瑛は冷静であった。


(おかしい)


 隊員たちが忍び込んだこの廃墟、元来はとある会社の社員寮であったのが門柱の札から知れる。ただ、この会社名は洋瑛にも聞き覚えがある。間違いなければ今現在でも健在である。


 化学薬品製造の大企業だ。


(俺たちが殺した田舎者たちは普通に暮らしていたっぽいのに、ここの社員寮はすっからかん。てことは、この会社は社員を玄福から引き上げたってわけだ。でも、どうして引き上げた)


 進化した化け物、ウィアードが跋扈し始め、危険を回避するためとも洋瑛は考える。だが、この仮定は成立しない。ウィアードが人に危険な生物であれば、作戦部隊が壊滅させた集落の人々も玄福市に残らないはずだ。


 それどころか、あのブラックスクロファを飼い慣らしていたのである。


(DがG地区を占領し始めたからか。国防軍が隔離しているのはウィアードじゃなくてDなのか。でも、Dってなんなんだ。ただのテロリストなのか)


「キャプテン」


 洋瑛は沈鬱な無言の時間を破った。


「どうして俺たちはあそこの田舎者たちを殺さなくちゃならなかったんです。トランセンデンスなんて一人しかいなかったじゃねえか。なんのためにあいつらを殺さなくちゃならなかったんです」


 皆、顔を上げた。誰もが疑問になっていたことだった。口を割った洋瑛を見やれば、洋瑛と同じようにして険しい目つきを峠大尉に集める。


 峠大尉はタバコを吹かしている。


 洋瑛は向ける眼差しを睨みに変えていく。


「キャプテン。レイを殺すことがなんのためになるんだ。本当にDは国家転覆なんて考えてやがんのか。レイはどうだか知らねえけどよ、あの田舎者たちは畑を耕して、その日のメシを食っているような奴らばっかりだったぞ。そんな連中が国家転覆なんて考えてやがんのか」


「近田。誰に対して物を言っているんだ」


 田中中尉が眼光を鋭くしてたしなめてきたが、洋瑛は顎を突き上げ、鼻先を突き上げる。


「誰に対してだと? 教官、俺はあんたに恨みはねえけどよ、事と場合によっちゃ全員お陀仏にするぞ」


 洋瑛の獰猛な息が、たちまち田中中尉の瞳に戸惑いを走らせた。洋瑛が向けた絶対的な自信が、昨日までの教官の威厳を田中中尉から失わせた。


 当の洋瑛は知らないが、これこそ田中中尉たちが恐れていた事態だった。


 残虐かつ好戦的な性格――。教官たちに刃を向けかねなく、さらにはその矛先が国家に向きかねなくもない。


「よしなさい、近田。今はそんなことを言っている状況じゃないでしょ」


 笹原少尉の声音も心なしか震えている。


 しかし洋瑛の眼差しには怒りさえ宿ってくる。


「曖昧な理由で俺たちに人殺しをさせておいて、そんでもってあんたらの教え子たちを殺しておいて、何がそんなことを言う状況じゃねえだ。脳味噌膿んでんのか、あ?」


「やめろっ! 近田っ!」


 田中中尉は吠え立てながら立ち上がる。が、洋瑛も瞳孔を広げながら立ち上がる。


「やめるかやめねえかははっきりとした理由を聞いてからだ! キャプテン! どういうことなんだよ! あいつらを虐殺させた理由はなんなんだ! Dってのはなんなんだ! あんた、知ってんだろ! 答えろ!」


「川島群長の指令だ」


 と、田中中尉がタバコを吹かすだけの峠大尉に変わって答える。


「旧矢尻村鍋島地区を壊滅させろという群長からの極秘命令だ。近田、わかってくれ。俺も隊長も好きでやったわけじゃないんだ。好きでお前たちに殺しをさせているわけじゃないんだ!」


 瞼の中から光る物を見せた田中中尉に、洋瑛はじっと顔を向けている。


「近田。俺だってこんな真似はしたくない。教え子が目の前で殺されるなんてもう見たくはない。でもな、でもな、軍隊ってのはそういうものなんだよ」


 すると、田中中尉は急に嗚咽した。大きな掌で自身の瞼を覆った。こらえていたものが一挙に噴き出したかのように、涙を流し、呼吸をつまらせた。


 洋瑛は戸惑う。荒砂山ではあれだけの権威であり続けた田中中尉の素顔を目の当たりにして、ただただ戸惑う。


 人はこんなにも弱いのか――。


 無論、洋瑛は人の弱さを知っているのである。昨晩、自分自身の愚かしいほどの弱さを痛感したのだ。


 だが、自分自身以外、ましてや田中中尉が崩れ落ちているのであった。


 自分の中にあったものが、自分の外にもあったものだと思うと、洋瑛は怒りも冷めて、ひどく悲しくなってきてしまった。


「近田」


 峠大尉がタバコを灰皿に詰め込みながら言う。


「俺をお陀仏にしたければすればいい。だがな、そのときお前はSGどころか国防軍を敵に回すことになるぞ。お前はそれでもやれるか。たった1人で国を敵に回せるか。いや、たった1人じゃない。お前の仲間たちも道連れになる」


「そうかい。俺たちもキャプテンも国の犬コロってわけか」


「そうだ」


「何が天進橋に凱旋するだ。クソ野郎」


「キャプテン、近田」


 と、窓辺に張り付いていたラットローグがふいに言った。


「仲間割れしている場合じゃねえぜ。クソッタレのテロリストに嗅ぎつけられたぞ」


 その言葉に隊員たちは一斉に立ち上がる。


 窓ガラスの向こう、社員寮の塀沿いの道路には、型落ちの古めかしい自動車が10数台こぎつけてきていた。




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