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俺の親知らずを抜いていけ  作者: ぱじゃまくんくん夫
リンフォルツァンドの章
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06:陰謀

 車窓から眺める町並みは、冬差しの硬い陽光を照り返していた。


 座席はすべて埋まっていて、つり革を握る人もわりといる。しかし、皆が無言だった。敷板を踏む音だけが沈黙のしらべ、都会に住む人たちが皆、その他大勢を演じている孤独の人のように、相馬悠の目には映った。


 悠の向かう先は国防陸軍第一駐屯地。


 標的は特殊保安群群長川島徹大佐。


 依頼者は参謀本部山本憲一郎少将。


 東原双葉との交渉のためG地区にやって来ていた山本少将に悠はひそかに接触した。


「双葉さんを殺せば無駄な殺し合いをしなくて済むんですか」


 高速運動によって応接間に侵入した悠がたずねると、山本少将は殺気さえ感ぜられる目つきで悠を見つめてきた。


「キミは何者だ」


「吉沢琥太郎です」


 山本少将の目つきは急に険しさを失った。何かを悟ったかのようにソファーに背中を預け、隣の上司、おそらく参謀総長と顔を見合わせた。


「僕は確かにスパイとして兵学生にさせられましたが、双葉さんが兵学校の襲撃を企んでいたなんて知りませんでした」


「キミたちのボスも指示を与えていないと言っている。ウィアードを手懐けている者が勝手に行ったことだと。その真偽はわからんがな」


「双葉さんの指示なしに僕たちが動くはずがありません」


「国防軍にも事情がある。東原を殺してもらうわけにはいかん」


「意味がわかりません。矛盾しているじゃないですか。近田君を――、双葉さんの暗殺をSGに命令しているのはあなたたちじゃないですか」


「違う。我々ではない。国防軍の方針はG地区との共存だ」


「めちゃくちゃだ」


 山本少将は沈黙した。応接間には悠の無言の怒りだけが漂う。


 しかし、ややもすると山本少将は目を上げてきた。


「キミは私の甥と仲が良かったと聞くが」


「ええ。率直に言って僕のたった一人の親友です。僕は彼と殺し合いたくない。彼を殺すぐらいなら双葉さんを殺す」


「それなら、SGの投入を防ぎたいのなら、すべてがうまくおさまる方法が一つだけある」


 たった一つの方法、それが川島徹大佐の暗殺であった。


 悠はプラットホームに降りた。人の流れに紛れ込んで改札口を抜けていく。


「今、特殊保安群の本部がある第一駐屯地の周りには川島の指示で一般人になりすましたSGがはびこっている」


 と、山本少将からあらましを聞いている。


「キミは顔が割れている。SGはすぐにキミを捕らえにかかるはずだ。キミは高速運動で切り抜けられるかもしれんが、またもやキミが侵入した事実を作ってはならん。そうなっては今度こそDと軍の全面戦争になってしまう」


 なので、山本少将は第一駐屯地から10km程度離れた駅のロータリーに車を用意しているとのことであった。第一駐屯地近くには車検場がある。赤枠の仮ナンバーを取り付けた車で、車検場に向かう自動車整備士に扮せよと。


 ロータリーに立つと、目当ての車はすぐに知れた。古びられた黒いハッチバックだった。


 悠がそれとなく歩み寄っていくと、運転席に座っていたツナギ作業服の青年が、目の動きだけで助手席に乗り込むよう伝えてきた。


 乗車すると、すぐに車は走りだす。運転手は無言でおり、悠も視線をフロントガラスの先に向けたままでいた。


 ほどなく赤信号に捕まると、ふいに運転手は口を開いた。


「後ろに着替えがある。ジャケットを脱いで、上にそのまま着ろ」


 悠は運転手の横顔を見つめた。


「SGですか」


 運転手は何も答えない。悠は後部座席に手を伸ばし、紙袋の中から薄汚れたツナギ作業服を取り出した。





 特殊保安群本部棟二階の群長室に一人、川島徹大佐は窓辺に流れる国道の車の往来を、眼鏡の枠縁の中におさめていた。


 彼は、12年前の「赤い爪の作戦」にて作戦を立案した将校の一人であった。


 当時の国防軍参謀本部から、作戦計画を立案する極秘命令が特殊保安群へと下りてき、作戦将校たちは近田洋次郎少佐を中心とする精鋭21名にG地区解放の任務を託した。


 だが、誰一人として天進橋には帰ってこなかった。


 近田少佐たちが玄福放水路を越えてから1年が経ち、2年が経ち、それでも川島は近田少佐たちがいつかは帰還するはずだと信じ続けていた。


 殉職扱いとなって少佐に昇進してもなお、「なんだい、いつの間にか少佐にしてくれたのかい」と言って、近田少佐がいつか減らず口を叩いてくるものだと待ちわびていた。


 彼らが負けるはずがない、川島は妄信に近い希望を持っていたのだ。


(私が、近田や瑛一たちを殺してしまったのか――)


 川島大佐は懊悩した。


 有島瑛一大尉は同郷の後輩である。川島の父親が有島大尉の父親と仲が良く、その縁で有島大尉を赤ん坊のころから知っていた。


 士官学校を経て、国防陸軍に入隊、特別防衛隊の将校に配属されたときも、有島大尉がゆくゆく天進橋駐屯地にやって来る日を待ちわびていた。


 ただ、特別防衛隊将校となったと同時に、川島はG地区における驚愕の事実も知ることとなった。


(この国は腐っている。愚かな為政者たちと、国防軍の利益亡者たちによって腐りきった)


 ゆえに川島は有島大尉に期待した。この国の構造改革に繋がる「G地区解放」を兵学校で優秀な成績をおさめていた彼に期待した。


 さらに人智を越えたトランセンデンスが現れた。史上初めて、近田洋次郎という高速運動トランセンデンスがSGに入隊してきたのだ。


(近田と瑛一ならやれる。G地区を軍の束縛から解放できる。そう思った。そう思ったが――)


 帰ってこなかった。


 なぜに帰還を果たせなかったのか、不明である。ただ、まことしやかに噂されたのは、G地区を統括している東原双葉が驚異的な異常能力を持つトランセンデンスだということであった。


(近田や瑛一でさえ達成できなかったのなら、国防軍の総力を上げなければG地区は解放できない)


 全国防軍を動かす。それは現在のこの国家の性質上、無謀かつ、愚劣な野心であった。しかし、川島大佐は企み続けた。近田少佐、有島大尉たちへの償いと腹に決めて、国防軍の出世街道を歩き続けた。


 そうして特殊保安群の群長を務めて2年、統合参謀部作戦科室長への栄転がほぼ内定となったのだった。


(特殊保安群だけではどうにもならん。国防軍の中枢に入り込めれば)


 ところが、思わぬ好機が巡ってきた。


 Dが兵学校を襲撃したのである。


 川島大佐はすぐさま描いた。


 もしも、ここで川島大佐が動かなければ、宣戦布告に近いDの威嚇行動に内閣は怯え、参謀本部が内閣とDの間を取り持って穏便に事をおさめたであろう。


(それこそ、国家腐敗の源泉だ)


 川島大佐はすぐさま、天進橋駐屯地作戦科にG地区解放作戦立案の指令を下した。さらに、陸海空の高級将校や、タカ派の青年議員など、憂国の同志たちと連携を取り、国防大臣から特殊保安群への作戦発令が可能となるよう根回しに動いた。


 そうして、ブラッディレイ作戦は動き始めた――。


(瑛一。近田。お前たちは今頃私を恨んでいるだろう。私とてお前たちの子供をG地区に向かわせたのは本望じゃない。ただな、やらなければならん。わかってくれ。G地区解放がかなえば、お前たちや、お前の子供たちのように、生きることに苦しむトランセンデンスはいなくなるんだ。すべては国家のためと思い、許してくれ)


 第一駐屯地前の国道は、今日も車で埋めつくされている。


 晴れた空は、若干、排ガスに曇っているようでもある。


 群長室に人の気配がして、川島は何気なく振り返った。


 ひたいに銃口が突きつけられていた。


「動くな。声を出せばすぐさま殺す」


 拳銃を握りしめているのはツナギ作業服をまとった少年であった。坊主頭、澄んで伸びた目尻には見覚えがある。


 川島大佐は口許を緩めた。


「キミは吉沢琥太郎だったかな」


 言うなり、引き金にかかった相馬悠の人差し指に力が込められた。手にしている拳銃は国防陸軍支給の新式であり、G地区のDが持つような代物ではない。


「東原が差し向けてきた刺客ではないようだな」


「命が惜しければ今すぐに天進橋に作戦中止の命令を下せ。僕は貴方を殺すよう言われている。だが、できることなら殺しはしたくない」


「甘い」


 と、川島大佐は再度笑みを浮かべた。


「私はこの作戦を決めたその日から死を覚悟しているのだ。陸軍がトランセンデンスを使えば私を殺すことなど容易だ。初めから覚悟していたことだ」


「だったら殺すだけだ。お前を殺して作戦も中止させる」


「無駄だ」


 と、川島大佐は目玉を向きながら顔を前のめりにさせた。自ら銃口にひたいをつけ、眼鏡のレンズ越しは狂気的でさえあった。


「私を殺したところで作戦は止まらない。この作戦は私だけのものではなく、我が国家の現状に憂いを持った者たちが共有している作戦なのだ。私を殺したところで止まらないのだ」


「何を言っているんだ。お前は何もわかっていない。双葉さんはSGが束になってもかなわないんだ。こんな作戦はどうあがいたって成功しないんだ。双葉さんがいる限り、SGは玄福に入りこめないんだ。だから今すぐやめさせろ。何の罪もない兵学生たちを無駄に殺すつもりなのか。やめさせろ」


「そうか。キミは兵学生の仲間というスパイだったな。そうか。友情か」


「黙れ」


「残念ながら、G地区は解放される。作戦隊員たちは東原に殺されたとしても、G地区は解放される。なぜなら、私は東原殺害、第五研究所の破壊、その他に彼らに一つの指令を与えた」


 悠は眉尻をつり上げながら、銃口で川島のひたいを押し上げる。が、川島大佐の目はすでに死をいとわず、川島大佐の口はすでに常軌を逸していた。


「旧矢尻村鍋島地区を壊滅させろと指令した」


「なんだと――」


「さすれば、キミたちDは報復に出るだろう。報復のために天進橋を越えてくるだろう。すると、全軍が出動だ。確かにキミたちにはSGではかなわない。だが、キミたちがこの国家の人々にまで危害を与えるとなると、国防軍は空爆も辞さない」


「ふざけるな……。兵学生たちは囮なのか……」


「少年。新時代のためには、犠牲をかえりみてはいけないのだ」


 銃口は火を噴いた。







 川島徹大佐、自決。


 との一報は天進橋駐屯地に設置されているブラッディレイ作戦本部にも届いた。作戦将校たちは驚愕するも、何者かによって暗殺されたのをすぐに理解した。


「本部長」


 と、若い将校が、眼差しに脅えを見せながら刈谷少佐を呼ぶ。


「作戦を中止し、隊員たちに撤退を指令すべきでは」


 彼らには最初から本作戦が疑問であったろう。また、川島大佐の指示通り鍋島地区の壊滅に成功したものの、ひとたびDトランセンデンスと遭遇してしまうと作戦部隊は劣勢である。


 レイの暗殺は不可能――。 


 しかし、刈谷少佐は席を立つ。一言、将校たちに告げる。


「今、作戦部隊を戻して何になる。こちら側がDの報復を受けるだけだ。死傷者は2名のみ。引き返す理由はない」


 物言いたげな将校たちを睥睨していくと、金モールに縁取られた制帽を被り「用足しに行く」と言って作戦本部室をあとにした。


 廊下を行く。しかし、背後をうかがいながら便所を通り過ぎ、ひとけの薄い突き当たりまで来ると、携帯電話を取り出す。


 電話帳を検索していく。電話番号は羅列されているが、氏名は暗号に変わっている。目当ての人に辿り着くと携帯電話を耳に運んだ。


「刈谷です。今、お電話よろしいでしょうか。……はい。手筈通り、作戦部隊は鍋島地区の住人たちを殲滅しました。……はい。川島大佐が殺害されたのは承知しております。……いえ、こちらには参謀本部の幕僚は見えていません。……承知しました。予定通り、SGには緊急配備につかせます。……それはご安心ください。作戦部隊は東原一味に歯が立たない状況ですから。……ええ。1人とて戻ってこれないはずです。……はい。知り得ているのは作戦本部のみです。……はい、それでは」

 

 国防陸軍第十七師団参謀長との交信を切断すると、刈谷少佐は何食わぬ顔で携帯電話をしまった。


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