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俺の親知らずを抜いていけ  作者: ぱじゃまくんくん夫
リンフォルツァンドの章
46/58

05:非道

 千鶴子の負傷の度合いは藤中の死に嘆いている時間を与えなく、自分が行くと言って腰を上げた圭吾を留め置き、洋瑛はプレハブ小屋をあとにした。


 手榴弾の爆音を確認した洋瑛は方角を定めると、5回、高速運動化して森を駆け抜けてき、峠大尉たちと合流したのだった。


「圭吾とチヅが待っている」


 菊田はどういうことなのか詰め寄った。いつ、どのようにして、Dトランセンデンスを駆逐してしまったのか。


「あとで話す」


 洋瑛は肩で息をついていた。肉体的にも精神的にも疲弊してしまって、瞼は落ち窪んでいた。


「近田くん――」


 と、有島が眼差しを寄越してきても、


「悪い」


 としか言わなかった。


 真奈は死んでいた。彼らができることと言えば、瞼を閉ざしてやること、ただただ泣いてやることしかなかった。死体は打ち捨てていくしかなかった。


 彼女の15番のヘルメットを峠大尉のバックパックにぶら下げて。


「藤中も――」


 と、洋瑛は絞り出すようにして皆に伝えた。起こった出来事、千鶴子が負傷していることや、圭吾がたった1人で千鶴子を守っているのを話した。


 誰も洋瑛を責めなかった。


「行くぞ。貴様がどうやってここに来たか、それは着いてから聞く」


 洋瑛に投げかけられた言葉は峠大尉のそれきりで、隊員たちは暗視ゴーグル越しに睨みをきかせながら、再び森の中へと入っていった。


「泣くな」


 と、道中、田中中尉が有島や二本柳を叱責した。


「泣くのは天進橋に帰ってからだ。また、仲間を失いたいか」


 ときおり、洋瑛は立ち止まった。隊員たちは、夜目の洋瑛がまた何者かを発見したのかと思って緊張を走らせたが、洋瑛の足を止めさせたのは過度な疲労からであった。洋瑛は何度か深呼吸をし、再度歩き出す。


 1歩、1歩、足を運ぶのが洋瑛は意識的でさえあった。本当は彼は休みたかった。脂汗がひたいにびっしりと噴き出し、気を抜けば膝から崩れそうなのだった。


(どうして)


 洋瑛は激しい疲労に疑問を抱いた。


 思えば、高速運動が終わってしまうたびに体ががたついていたような気がする。ただ、仲間のもとへいち早く駆けつけたいばかりの気持ちが、疲労感を忘れさせていたらしい。目的を一つ達した途端、あらゆるツケが回ってきた具合である。


(チクショウ)


 己の疲労とのせめぎ合いによって、洋瑛はなんら感傷を起こさなかった。見知らぬ土地の冷たい土の中へと真奈を還してしまったことや、一目見ただけのDを、八つ裂きどころか文字通り粉砕してしまったこと、生きて仲間たちと再び会えたこと、特に有島の玉のような瞳に再度自分が映し出されたこと、あるいは藤中のこと、父のこと、片腕になってしまったこと、そのすべてに洋瑛は構っていられなかった。


 歩くのが精一杯だった。


 やがて不安になってくる。


(こんなので、レイを、ヨッシーを、殺せるのか)


 藤中の死体を、ブラッディレイ作戦隊員たち皆が確認した。


 知っていたからか、真奈のときのように、涙を流す者はなかった。ここまでのわずかな間に作戦隊員たちは現実を受け止められる冷酷さを得ていたのかもしれない。


 藤中が永眠するプレハブ小屋の前で、彼らは輪になって座る。それぞれが水筒の水を口につける。


 緊張がほぐれたらしく、嗚咽が漏れた。誰かと思って洋瑛が目を向けてみたら、片岡であった。


 田中中尉が声を尖らせた。


「泣くな。皆、我慢しているんだ」


「すいません」


 それをよそに峠大尉がタバコに火をつける。溜め息のような長い息とともに煙を吹き出す。煙はすぐに冷たい闇の中へと消えていく。


 ガムを噛む音がくちゃくちゃと立っていた。


「近田」


 峠大尉が切れ細の瞼の中から瞳だけを向けてくる。


「貴様が何をしたか、話せ」


 洋瑛は視線を自分の手前に落としつつも、一点を見つめる視線でじいっと言葉を整理し、肩で息をついては呼吸を整えていく。


「それとも、貴様、やりすぎて体力の限界か?」


 思わず峠大尉を見やると、彼は洋瑛に視線を注ぎ込み続けている。


「知ってたんスか」


 峠大尉は興味がないような装いを繕って目をそむけ、煙草の先を赤くともらせた。


 田中中尉がかわりにうなずいた。


「ああ。荒砂山にいるころからだ。お前が高速運動トランセンデンスなのは3ヶ月前から把握している」


「こ、高速って――」


 菊田がコップを手にしたまま、目を丸めて絶句した。まだ、知らないでいたのは、有島と二本柳、由紀恵、ワイルドキャットに片岡だった。彼らはあぐらをかいてうつむきがちでいる洋瑛を呆然として眺め、片岡も嗚咽を止め、ワイルドキャットも千鶴子にしがみつきながら、恨むような眼差しを兄の洋瑛に注いでいる。


 あらかじめ知り得ていた雪村と杏奈だけは視線を落とした。


「近田は夜目と高速運動のデュアルトランセンデンスなの」


 と、笹原少尉が言った。沈黙が冷たい夜風とともに流れる。


「高速運動って何――」


 由紀恵が呆気に取られるままにつぶやく。


 笹原少尉は高速運動トランセンデンスのあらましを説明した。


 千鶴子も自分が見たものを説明した。ブラックスクロファが単体で現れたときや、襲撃してきたウィアードを全滅させたのは洋瑛だとも付け加えた。


 そして圭吾は、


「あそこにぶっ倒れているあいつ――」


 と、殺戮者の冷たい目で死骸を指差しながら、言う。


「10年ぐらい前にヒロくんのお父さんがG地区に来たっていうことを言ってた。ヒロくんのお父さんの名前を知ってた」


「それって、え――?」


 片岡が峠大尉や田中中尉を見やる。


 峠大尉はどこかしら遠くのほうを見つめていた。田中中尉は腕を組んで目をつむっていた。


 ラットローグがくちゃくちゃとガムを噛んでいる。どこかしら苛立たしげに。


「近田のお父さんの近田洋次郎少佐は――」


 切り通せないシラを切ろうとしている男たちに引き換え、気丈だったのは笹原少尉だった。


「12年前、あなたたちと同じようにG地区に侵入し、レイの暗殺作戦部隊の隊長だった――」


「もういいです」


 と、洋瑛はつぶやいた。


「親父と俺は関係ない」


「パパは――」


 ワイルドキャットだった。


「G地区の奴に殺されたの?」


「そうだ」


 峠大尉が洋瑛にちらりと視線を向けてくる。


「出発は夜明けだ。夜間活動は分が悪い。それまではここで休む」


 すると、二本柳がうつむきながら震える声音を吐き出した。


「だったらさ、最初から近田くんがやれば良かったんじゃん。近田くんが全部倒してくれれば良かったんじゃん。そうしたら藤中くんも真奈先輩も死ななかったんじゃん」


「そういうことじゃないと思う」


 と、杏奈がきつい視線を送る。


「そういうことじゃんっ」


 二本柳は杏奈を睨み返す。二本柳の瞼からは衝動の涙が一挙に溢れ出た。


「死ななかったんだから! 誰も死ななかったんだから! でしょっ! そうでしょうよっ!」


「やめろよ! ヤナギ!」


 雪村が立ち上がって吼える。


 しかし、洋瑛は途切れ途切れに言った。


「そうだ。そういうことだよ」


 顔面に汗をびっしりと噴き出している彼は、力なく笑う。


「俺がやれば藤中も真奈先輩も死ななかった。だからよ、だから、あとは俺が全部やってやる。やってやんよ」


 すると、急に菊田が怒気をあらわにした。


「お前、ナメてんのか、この野郎」


「あ?」


「ナメてんのかって聞いてんだよ、おい」


 洋瑛はただただ笑う。菊田はおもむろに立ち上がる。雪村が菊田を抱えて制する。


「やめろよ、菊田。近田は腕が一本ねえんだぞ」


「腕がなかろうとなんだろうとこいつは高速運動なんだろう! なんでもいいだろうが!」


「落ち着けよ! 言っていることがめちゃくちゃじゃんか!」


 片岡のよもやの大声に、菊田は破綻した怒気をおさめた。


「カスどもが。揉めている場合か」


 ぷっ、と、ラットローグがガムを吹き飛ばし、そのガムは菊田のジャケットにくっついた。


「浮かばれねえだろうな。真奈も、藤中も」


 皆、押し黙った。


 ラットローグは小銃を抱えて腰を上げる。


「俺が番をしといてやるから、お前らは休んでおけ」


 闇夜に小銃の先を構えて、西乗院曹長は輪から離れていく。


「奴は体力無限のトランセンデンスだ。甘えておけ」


 それとな、と、峠大尉は続けた。


「ヤナギ。一つ教えてやる。高速運動のトランセンデンスは無限じゃない。そのあたり、近田に聞いておくんだな」


 隊員たちの腑に落ちない点を笹原少尉が話した。


 高速運動トランセンデンスは、高速運動時間が制約されているとともに、体力を激しく消耗する。


「近田は言ってみれば最後の切り札なの。近田に頼りっぱなしだと絶対にレイのところまで辿りつけない。でも、近田がいなければ任務を遂行できない。そこのところ、皆も、近田、あなたもわかりなさい。むやみやたらに高速運動してもらったら犬死になのよ」


 隊員たちは納得した。


 だが、洋瑛だけには納得できない点があった。


(じゃあ、どうして指パッチンのときは時間は無限だったんだよ……)


 とにかくも、洋瑛はバックパックを枕にして、熟睡した。


 夜間、叩き起こされることは一度もなくて、隊員たちは何事もなく夜明けを迎えた。


 東の空が白む。


 木々の端々の枝々までが墨絵のような細かい影となって、風は冷たさを増して吹いてきて、世界は一途な沈黙のうちに太陽の光を待つ。


 沈黙の中、隊員たちは動き出す。


 仲間たちが装備品を担いでいくのをよそに、洋瑛は一人突っ立って、西空に降りていく星座を見つめた。


「ヒロ」


 ヘルメットにフェイスマスクの千鶴子が歩み寄ってくる。洋瑛の右肩に革手袋の左手を置いてくる。


「またここに来ればいいだろ」


 洋瑛は、夜明けの白みへと消えていこうとする星を見つめながら、「ああ」とうなずいた。





 ブラッディレイ作戦部隊は朝日の差し込む森の中を行った。峠大尉がこまめにスマートデバイスで方角を確かめ、二本柳が聴覚を研ぎ澄まし、隊員たちは引き金に指をかけて銃口に緊張を走らせながら、北東に北東に、柔らかい腐葉土に一歩一歩ブーツを踏みしめていった。


 隻腕の洋瑛は小銃を携えていない。昨夜は先頭を切って歩いていたが、今は隊列の中央、前後も左右も仲間たちに守られている。


 ときどき、左隣りで小銃を構えている有島の横顔を見やった。


 彼女は覆面から覗かせる目許を神経質なまでに尖らせていた。天進橋駐屯地でラットローグやブルースカーにしごかれていたころの若干の甘さはもうなくなっていた。両親たちの写真を差し出してきたときの、憧れを抱いた眼差しは消え失せていた。


 洋瑛とて、この期に及んで有島への甘酸っぱい思いなど毛ほどもない。己の失態で藤中を死なせてしまい、やかましい真奈の金切り声もなくなった今、有島との近しい将来への期待など湧くはずもない。


 ただ、Dを粉砕するという獰猛な殺戮者と化した洋瑛であったが、理性めいたものはまだ残っている。


(有島の両親は、俺の親父と一緒に死んだんじゃ)


 もしも有島がすでに気づいており、それでもなお気丈なまでに目許を尖らせているとしたら、洋瑛は胸のつまる思いであった。


(誰が有島をこんな目に合わせたんだ。誰が俺たちをこんな目に合わせてやがるんだ)


 昨晩とは打って変わって、森の中を進む隊員たちを阻む者は現れなかった。


<待ち伏せているかもしれん。気を緩めるなよ>


 やがて行く手が開けた。


 旧市道らしき色あせたアスファルトが東西に伸びていて、その周りを種々の畑が囲んでいる。北東を目指していた隊員たちはその一角の芝畑に出、峠大尉の命令によって一端、霜に濡れた芝生の上に銃口を構えて伏せた。


 玄福放水路を越えてきたばかりの景色とは装いが違う。ただただ荒野ばかりだった川沿いとは違い、森を抜けてきた場所には人の息吹きが匂っている。芝畑は綺麗に背丈が揃えられており、ビニールハウスも点在している。麦を蒔くのだろうか、とある畑の一面では褐色に鮮やかな土が掘り返されていて、トラクターが走ったあとの轍も旧市道には残っている。


(どういうことだよ)


 うつ伏せの洋瑛は、目の前に広がるうららかな冬の朝の光景に瞼をしかめる。色とりどりの畑の向こうには瓦屋根の家屋が立ち並んでいる。


(これじゃあ、Dは普通に暮らしている奴らじゃねえか)


 Dと国家には密約がある。DがG地区から出ない代わりに、電力、水道、その他すべてのインフラを止めないことを約束している。さらに食料、衣服、娯楽品を含めたその他すべての生活品もDに支給することとなっている。


 しかし、洋瑛たち学生上がりの隊員たちはそれを教えられていない。


 彼らが想像しているDというのは、G地区に潜伏しているゲリラ戦闘員のようなもの――。


 違った。


 ビニールハウスの中では野菜を栽培してもいる。ましてやビニールハウスの規模は大きい。さらに芝畑など保持する必要性がない。刈り取って、どこかに売る目的があってこそ、芝草の背丈を揃える。


 ただの営みが広がっている。放水路の内側と外側で何も変わらない景色がそこにある。


(G地区ってなんなんだよ――)


 ウィアードが跋扈する地域を隔離するためのG地区とするならば、あまりにも不自然であった。ウィアードがうごめいているのをかたわらにして呑気に耕作活動などできるはずがないのだった。


<マエガミ、聞こえるか>


 と、急に無線が入った。雪村が手を上げて応える。


<スコープを覗け。方角Bだ>


 遠視能力の峠大尉の指令に何事かと思い、洋瑛も左手だけでスコープを取り出す。他の連中も同じだった。覗きこめば、レンズが拡大させたのは、家屋が建ち並ぶ前、畑と集落の境目の野良道を歩く1人の幼女であった。


 4歳ぐらいの幼女はおさげ髪、リードを右手にしている。繋がれているのは黒い犬――、いや、ブラックスクロファ。


 洋瑛は瞼を広げて驚愕した。


<撃て>


 洋瑛は思わず顔を上げる。皆、驚きのあまり顔を上げて峠大尉を見やる。


「何を言っているんですか……、キャプテン……」


 菊田が皆の意見を代弁した。


 が。


<何を声に出してやがる。ブラックスクロファに気付かれただろうが。マエガミ、さっさとしろ>


 洋瑛は再度スコープを覗きこむ。幼女に引かれたブラックスクロファが精悍な四つ足で立ち止まっており、両耳を突き上げ、こちらのほうにじっと視線を向けてきている。


 雪村は戸惑う。


「で、でも、どうするんですか。女の子を殺すんですか。ブラックスクロファを殺すんですか」


<どっちもだ。早くしろ>


<隊長。何も女の子までやらなくても>


 田中中尉が制するが、


<あの子供がトランセンデンスだったらどうする。どちらにしろ殺すだろう。違うか>


<しかし――、隊長>


<早くしろ。化け物が吠え立てたら他の奴らが出てくるぞ。早くしろ、マエガミ>


「できません――。俺には――」


<殺れ。また仲間を見殺しにしたいか。マエガミ、殺れ>


「やめろっ、雪村っ」


 洋瑛は立ち上がった。


 立ち上がったと同時に雪村は引き金を引いた。消音器に包まれて点火した銃身は、銃口からたちまち鉛合金を弾き出し、一直線になって畑の地表すれすれを伸びていく。


 ブラックスクロファが血しぶきを上げて吹き飛んだ。


<娘もだ。殺れ>


 雪村の標的が幼女の頭部に移る。洋瑛は立ちすくむ。覆面から覗かせた雪村の目が泳いでいる。


 引き金が引かれた。


 幼女は弾け飛んだ。


 硝煙がゆらゆらと漂い、朝日が浮かび上がらせた畑の光景には絶望に近い余韻が流れている。


 峠大尉が小銃を翻してきながら立ち上がる。


「1班、2班に別れる。あそこの集落に住んでいる奴らを全員殺すぞ。1班はIの方角から、2班はBの方角からだ。田中、わかっているな。女子供容赦するなよ。わかったな! 田中っ!」


 洋瑛以下隊員たちには何がなんだかわからない。だが、峠大尉と田中中尉は見つめ合い、彼らだけの決め事があるようで、


「了解」


 田中中尉は濁った瞳でうなずいた。


 峠大尉は当惑するばかりの隊員たちを睥睨していき、


「お前ら、わかっているな。殺られる前に殺る。相手はDだ。昨日、Dの恐ろしさを存分に味わっただろう。先に殺さなければ、先に殺されるんだぞ。殺されたくなかったら、もう二度と仲間を失いたくなければ、俺と田中についてこい」


 隊員たちの胸中にせめぎ合う。この正当性とこの不条理が。


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