01:宿命
国防省大臣鈴木富明は、特殊保安群峠優大尉以下16名へ、ここに機密作戦事項第十四号を発令する。
本作戦の目的は、一にG地区解放のためにある。
国家建立より三千年、この国土の一部が反抗勢力の支配域と化しているは、先人たちのたゆまなき努力と血によって築かれた平和を脅かし、あるまじき事態であり、一億二千万のかけがえなき国民の生命と、祖国の不変の栄光のためにも、我々は一日も早くこれを解決せねばならない。
よって、第十四号作戦部隊に命ず。
某日23時30分、旧矢尻村に上陸すべし。
上陸のち、国家騒乱の徒、東原双葉を撃滅すべし。
のち、旧玄福市玄福1001番地、国防軍旧第五研究所を破壊活動すべし。
以上、勇敢な17名に天佑が開けることを祈る
天進橋駐屯地にて、作戦本部長刈谷少佐による作戦通達文の代弁を聞いた2時間後、ブラッディレイ作戦部隊16名を乗せたトラックは、放水路沿いを1時間かけてひた走り、やがてトラックは漆黒の暗闇のうちにエンジンを止めた。
洋瑛が荷台からまず初めに降りる。
辺りには街灯の明かり1つとてなく、川面を撫でる冷えた風だけがこの夜の調べであった。
マスクとヘルメットで頭部を覆った洋瑛は小銃の銃把を握りつつも周囲に夜目を凝らし、草はらのなびかせているのがただの風であるのを認めると、荷台に向けて右手をかかげた。
峠大尉を始めとして、作戦隊員たちが荷台から続々と降りてくる。
最後に田中中尉が下車すると、エンジンが再び唸り始めたトラックは、彼らに排気音だけを残し、テールランプを闇の彼方に消していった。
峠大尉は洋瑛の隣にある。しかし、その声は右耳にはめているイヤホンから入ってきた。
<土手沿いを約500m、道なりに進めば渡川用のボートが用意されている。近田が先頭を行け。ヤナギ、貴様は耳を研ぎ澄ませておけ。向こう岸に気配があったらすぐに田中に報せろ>
二本柳が親指を立てたのが洋瑛には見えた。
<行くぞ>
16名は2列になってゆっくりと土手を進む。
月明かりもなく、静かな宵だった。
星のまたたきだけが夜空にある。
皆、無言でいる。境界線に沈みゆく己の足音だけを聞いている。
この静かな川向こうに何が待ち受けているのか、16人の誰もが存じていない。
しばらく行くと、洋瑛は生い茂る葦草の向こうに船体らしきものを見つけ、右手を掲げて隊列を止めた。ハーネスの胸のホルスターからスコープを取り出してくる。
「キャプテン、川岸に人影があります」
「SGだ。確認する」
峠大尉がピンマイクをマスクに寄せた。
<こちら作戦部隊。上陸行動地点に到着。河岸警備隊、手を挙げてくれ>
スコープの視界に手を挙げる人影があった。
「キャプテン、オッケー」
<ヤナギ。異常あるか>
二本柳の異常無しのサインが入ると、隊列は再び足を進めた。
やがて、ゴムボートが2隻停まっている地点に到達する。洋瑛は先にコンクリートブロックの土手坂の中腹まで下りていった。小銃を斜に構えて対岸に睨みをきかせる。
隊員たちがあとに続いて下ってくる。1人1人を葦の茂みへと送り届ける。皆が皆、ヘルメットとマスク、バックパックと小銃、各種弾薬をハーネスのホルスターに詰め込んでおり、誰が誰なのかわからない。
しかしながら、ヘルメットには数字が白抜きで刻印されている。
01番は峠大尉。背後に巨漢を並べている12番はコラボレーターの片岡。
隣で片岡の半分ぐらいしかない小さな体の07番は、ラッキーセブンだと言ってはしゃいでいたエースアタッカーのワイルドキャット。
その後ろ、09番がアタッカーの由紀恵、11番がコラボレーターの千鶴子、隊列でも仲良く風神雷神である。
15番のサポータの真奈は洋瑛に親指を立てて見せてき、16番は同じくサポーターの二本柳。荒砂山の影薄が今ではすっかり最重要の聴覚トランセンデンスとして、瞳を夜暗のうちにひたりと据えている。
ほかの隊員たちより荷物が余計に多いのは、火器を背負った13番の圭吾、衛星アンテナ受信機を背負う06番の杏奈はちらと洋瑛を見やってきた。
ここでは化粧を落としている03番はリカバリーの笹原少尉、14番の藤中は大きく息をついていた。
洋瑛の天敵の10番、アタッカーの菊田は物言いたげに洋瑛をじっと見据えつつコンクリートブロックを下りていき、同じくアタッカーの有島は08番。睫毛をかぶった切れ長の瞼の中には、洋瑛に訴える悲愴がある。
05番はカバーアタッカーにして狙撃手の雪村。HMDをヘルメットに装着し、左目だけをレンズモニター越しにしている04番は、体力無限トランセンデンスのラットローグ曹長。
最後に02番の田中中尉。
洋瑛は隊列のなくなった土手を見上げ、周囲をさいど確認すると、田中中尉の隣について川岸に降りていく。
ぬかるみにブーツの底を濡らしながら葦草をかきわけていく。と、2隻のゴムボートにはすでに河岸警備隊のSGが乗っていた。
<上陸開始まであと10分。1班と2班に分かれてボートに乗り込む。念のため安全装置は解除、単発にしろ>
峠大尉の指示通り、隊員たちはレバーを切り換え、ボートに乗り込んでいく。
ボートは波の上に揺れ動いていたが、皆が腰を落ち着けてややもすると、揺れは静けさとともにおさまっていく。
小さな波が川岸に打ちつけ、ちゃぷちゃぷと音をたてている。
「曹長。ガムは噛まないのかよ」
と、洋瑛は隣に座っているラットローグに訊ねた。
「聴覚がいるかもしれねえからやめろってお達しだ」
洋瑛は鼻息だけで笑う。
「お前、ずいぶん余裕じゃねえか。あん?」
「今からビビってたってしょうがないでしょ」
「そういうのは開き直りって言うんだ」
<こちら作戦指令本部>
と、衛星通信側からの交信が全隊員に入ってきた。天進橋駐屯地作戦本部の刈谷少佐の声が皆に届き渡る。
<ブラッディレイ作戦開始5分前。GPS信号により、作戦部隊の到達を確認した。峠隊長、準備はいいか>
<首尾よく万端>
<了解。河岸警備隊に告ぐ。3分前よりボートにエンジン点火。作戦時刻とともに渡河。河岸警備隊は作戦隊員たちの上陸を見届けたのち、すみやかに帰還>
<了解>
<ウィスダムトゥース、トゥーマイマザー。天進橋の英雄たちに天運があることを祈る>
衛星通信の切断音が聞こえると、また再び静けさを取り戻した。
ややもすると、2隻のボートがエンジン音を唸らせる。モーターは低音の唸りを大きく響かせたあと、やがてトルクの回転音だけを残して落ち着いていく。
1人だけボートに乗車していなかった杏奈がそれぞれの船尾をゆっくりと押した。
<いいか、川岸にこぎつけたら、すぐにボートから下りて上陸だからな。射撃態勢を怠るな。間違っても川に落ちるんじゃねえぞ>
洋瑛は船首に体を向けて夜目をこらし、小銃をすぐさま構えられるよう被筒を握る左手に力を込める。
杏奈が圭吾の手を借りてボートに乗り込んできた。
<行くぞ>
ゴムボートはエンジン音を響かせながらゆっくりと川岸から離れていく。闇夜に染まる川向こうへと忍び入るようにして、ゆっくり、ゆっくりと、川波を削っていく。ボートに切り裂かれた冷気が洋瑛のジャケットをなびかせる。
2隻は並走して玄福放水路の闇にもぐり込んでいく。見知った夜は徐々に背後へと遠ざかっていき、見知らぬ夜が徐々に前方へと広がっていく。
栄光――。
そんなものは、この境界線にはかけらほども見受けられない。
暗闇は飲み込まれていくようにして深く、静けさは孤独を味合わせるかのようにして広い。光も、声も、道標は何もない。
むしろ、意志すらもない。
ボートを動かしているのは誰の意志でもない。作戦隊員たち17名はただただ乗っている。ただただ警戒している。ただただ殺戮者であろうとしている。
見えない意志が彼らの背中を押し、感じられない意義がモーターを低く響かせている。
宿命とは得てしてそういうものだ。数々の不透明な原因が集合し、なみなみ流れてきた果てが、この現在進行形だ。
だが、意志もなく生き、ここにかしこに意義を見いだせない者に、輝かしい未来はやってこないであろう。
意志を証明し、意義を創造することは宿命への反逆だ。
宿命に呑まれるか、宿命を跳ね返すか。
ゴムボートはやがて対岸の浅瀬に漕ぎ着けた。
<行くぞ>
洋瑛はすでにボートから降りていた。川の水にブーツの脛までを浸し、いきり立った瞳孔で視線の先を夜闇に眺め回していきながら、1歩1歩、踏みしめるように進んでいき、葦の生い茂る川岸に上がった。
<近田、何をあわてている>
田中中尉の声がイヤホンから入ってきたが、洋瑛は足を止めずに葦をかきわけていく。
<近田、戻れ>
<放っとけ>
田中中尉と峠大尉のやり取りを聞きながら、洋瑛はコンクリートブロックの土手坂を登っていく。頂上までやって来ると、すすきに荒れた田畑が夜闇のうちに視界に広がった。
スコープを取り出し、ゆっくりと見渡していく。
(これがG地区――)
見た分、住み着いていた向こうの世界と何も変わらない。ひらけた荒れ野が遠くの森までひたすら広がっており、人影どころか、ウィアードの姿すらも見かけられなかった。
洋瑛はスコープを覗いたままマスクを下ろし、土手下に向かってきている連中へと小声でささやく。
「D及びウィアードの姿は視認できず。特に異常はない模様」
彼の言葉を拾った二本柳のサインを受けて、作戦隊員たちは隊列を形成しながらぞくぞくと土手坂を登ってくる。
洋瑛の隣を大きな図体で覆った峠大尉が、左手首のスマートデバイスをいじくり初め、進む方角を確認した。向かう先を洋瑛に指差しして教えてきつつも、マスクを下ろし、直に訊ねてくる。
「方角Cだ。どうだ。途中途中で隠れられそうな場所はあるか」
「草がぼうぼうなんで隠れようと思えば隠れられそうですけど、多分、あそこの雑木林までは2kmぐらいありますね」
「民家はあるか」
「見当たりません。ボロい建物が4、500m置きで並んでますけど、多分あれは用水路を管理する建物だと思います」
「今でも使っていそうか」
「窓がぶち抜きだし、パトライトも壊れているっぽいんで、使ってないんじゃないんですかね」
「よし。先導しろ」
峠大尉はマスクを鼻まで上げて、洋瑛も上げた。
<今から約2キロ先の林に小走りで進む。視界の渡る地帯だが、民家やそれといった建物もない。ただ、ヤナギ、注意しておけ。田中もヤナギのサインを見逃すな>
<了解>
<行くぞ>
洋瑛は峠大尉と並んで草が生い茂る土手を下りていく。重心を整えながら土手と並行するアスファルトの道に着地し、洋瑛は隊列を率いて道を進んでいく。土手沿いの道はやがて森へと一直線に伸びていく道とT字になり、そこを折れた。
重さ10kg強のバックパックを揺らしながら、隊員たちは足並み揃えて直線通りをひた走っていく。
<あれは多分、水門の管理場だ。一旦、あそこで一休みだ>
細い用水路に建てられた小さな水門管理施設は洋瑛の見立て通り使用している様子がまったくなかった。雑草が建物の壁際にこびりつくように生い茂っていて、水門も塗装が剥げて錆び付いている。ちょろちょろと流れる用水路を前にして、隊員たちは建物の陰に腰を下ろしていく。
皆、マスクを下ろし、白い吐息を吐く。
肩から呼吸し、息を整える。
あるいはバックパックの袖袋から水筒を取り出してくる。重い荷物を背負っているとはいえ、彼らからすれば大した距離ではない。それでも、敵地に入った緊張が息を切らせていた。
「お兄ちゃん、ちょっと速いんじゃないの、走るのさあ」
ワイルドキャットは腰に両手を当て、大して疲れているのでもなく、ただ単に洋瑛に引き連れられているのが気に入らないだけだった。
施設のコンクリート壁に背中を預けている洋瑛に向けて、眉根を絞ってきている。
洋瑛は視線も合わせず無視していたが、菊田がワイルドキャットの肩を小突いた。
「あんまりでかい声出すんじゃねえよ」
「なあに? 菊ちゃんはビビってんの?」
「だから、でかい声出すんじゃねえって言ってんだろ」
「ヤナギが何も言ってこないんだから大丈夫でしょ。あんたちょっとビビリすぎじゃない?」
「キャプテン。なんとか言ってください」
そう言う菊田の隣では、ラットローグがガムをくちゃくちゃと噛み始めた。
峠大尉はタバコに火をつけて煙を吹かし、舌打ちした菊田の肩を田中中尉が軽やかに叩く。
「まあ、肩の力を抜け」
菊田はどっかりとあぐらを組んで座った。革手袋の右手で雑草をむしりながら「俺は知りませんよ」とごちた。
「ビスケット、皆でわけなよ」
笹原少尉が有島に菓子袋を差し出していた。ワイルドキャットがさっそく彼女に歩み寄り、袋の中に手を突っ込んでいく。
タバコの煙が闇のかなたへゆらゆらと吸い込まれていく。
片岡が大きな図体で小さなビスケットをかじりながら言う。
「このままDだかウィアードと出くわさなかったらいいんだけどなあ」
「んだ」
と、藤中は水筒のキャップをしめている。
「でも、ウィアードって何種類いるんだろうね」
藤中の隣で圭吾がそう言った。藤中は首をかしげながらも峠大尉に視線を向ける。峠大尉は遠くのほうを見つめながらタバコを吹かしているだけである。
「ヒロくん。ビスケット」
と、菓子袋を圭吾から差し出されてきて、洋瑛は今しがた目覚めたかのように顔を上げた。
「あ、ああ、サンキュ」
「おい、近田」
雪村は洋瑛のかたわらに立っていた。菓子袋に手を伸ばす洋瑛を怪訝そうに眺めてくる。
「お前、様子がおかしいぞ」
「あ? んなことねえだろ」
洋瑛は小さなビスケットを口の中に放り込む。水筒を取り出してきて水も含むと、びっ、と口から噴水にして吹き飛ばす。
菊田が眉をしかめた。
「やってんじゃねえよ。引っかかるだろうが」
「引っかからねえようにやっただろうが」
「あんまり変わんねえべさ」
藤中がそう言うと、男どもはくすくすと笑った。雪村だけは笑わなかった。彼は杏奈のところに歩み寄っていって、荷物が重くないか訊ねた。
「全然、大丈夫だよ」
由紀恵が頭を覆うバンダナを巻き直している。千鶴子はその横で寝そべっている。
「あーっ、もうっ! レモンティー飲みたい! あったかいの!」
ワイルドキャットが用水路に向かってわめいた。
「私はミルクティー」
真奈が言っていると、峠大尉が使い捨て灰皿にタバコを押しこめながら腰を上げた。
「そろそろ行くぞ。用意しろ」
ラットローグはガムを吹き飛ばし、笹原少尉は菓子袋をバックパックにしまう。
「ほら、行くぞ、久留美」
千鶴子にバックパックを押し渡されて、ワイルドキャットは溜め息をつきながらそれを背負う。由紀恵がバンダナの上に09番のヘルメットを被った。
作戦隊員たちは洋瑛を先頭にして再び縦列隊形を取り、田園地帯だったのだろう、荒れ野原の一本道を走っていく。
やがて、深い林にぶつかる。道は林を突き当たりにしてT字に分かれている。
<木陰を進む>
峠大尉の指示通り、落ち葉が一面に積もった林の中へと足を踏み入れた。
<近田、慎重に進め>
林の中は、ほぼ森であった。さまざまな種の木々が幹を太くして視界を狭めているが、草は比較的少ない。深い絨毯に足を取られる感覚ではあったが、それを除けば歩きやすい。
<停止。行進停止>
10分ほど歩いてきたであろうか、突如、田中中尉からの無線が入ってきて、洋瑛は足を止めた。
<キャプテン。足音がするようです>
<全員、腰をかがめろ。ヤナギ。方角を示せ>
二本柳からサインが送られ、田中中尉がしらせてくる。
<方角はBもしくはC。種別からして四足歩行。こちらに向かってゆっくりと近づいてきています>
<ブラックスクロファかもしれないな。各自、暗視スコープを装着しろ。マエガミ、貴様は狙撃の準備だ。近田は対象を探せ。敵に補足される前に制圧する>
峠大尉の指示を受けて隊員たちはあわただしくバックパックを下ろしていく。暗視スコープを装着し、雪村はカバンから狙撃銃を取り出してくる。洋瑛は進行方向から1時と2時の方向へスコープをすべらせる。
すると、隊員たちがやり取りしている低周波トランシーバーよりも音声のクリアな衛星無線が入ってきた。
<こちら作戦本部。どうした、峠隊長>
<ウィアードらしき物音に遭遇>
<プライドコータスの縄張りかもしれん。気をつけろ>
プライドコータス――。
その名を聞いて、小銃を構える隊員たちは固唾を飲み込んだ。
<最悪、サイレンサーを外せ。プライドは銃声には近づいてこない>
プライドコータス。ウィアードの王者と呼ばれており、危険レベルが最上級である。形状はイヌやオオカミなのだが、頭胴長が500cmを越えるという巨大種で、巨体でありながらそのスピードはブラックスクロファをはるかに凌ぐ。さらに少々の傷は舌で舐めてすぐに治癒してしまう。
<隊長。ワイルドキャットが敵を引き寄せてくれと>
<おとなしくしてろ、小娘が>
洋瑛はスコープを覗き込んで、懸命に対象を探し当てようとするが、木々が密集しているこの森の中では至難の業に思われた。距離がまだ離れているせいもあるだろう、暗視スコープを装着した他のサポーターたちからも、何のサインも送られてこない。
洋瑛は迷う。指を弾いて、自分だけが捜してくればいいのではないかと。ただ、ブラックスクロファぐらいであったら、この17人であれば大した相手ではない。
(あれをしょっちゅうやっていると疲れちまう。ヨッシーとかレイとか、やべえ奴と戦うときのために取っとかねえと)
<足音が増えた模様。おそらく3体>
<急に増えるはずがない。張っていたな>
<キャプテン。Gの方角から1体の足音が駆け込んできている模様です>
<クソ。なんなんだ。1班は後方、2班は前方だ>
隊員たちは急いで隊形を整えた。峠大尉や笹原少尉、由紀恵、ワイルドキャット、片岡、真奈、圭吾、二本柳の1班が進行方向から6時の方角に翻って並び、彼らと背中合わせに田中中尉、ラットローグ曹長、有島、千鶴子、杏奈、雪村、洋瑛、藤中の2班が進行方向より2時の方角に銃口を構える。
<2班はマエガミの狙撃援助に徹しろ。ただし、対象が駆け込んできたらアタッカーだ。1班は暗視スコープで補足したら一挙に叩き潰せ。ワイルドキャット、存分に暴れろ>
ワイルドキャットはすでに腰からぶら下げていた革袋から改造メリケンサックを取り出している。
<近田。まだか>
田中中尉から無線が入ってくる。洋瑛はいぜんとして対象を探す。いぜんとして迷っている。挟撃してきているのがブラックスクロファなら問題はない。ただ、嫌な予感がする。ブラックスクロファが嗅覚に優れているのは確かだ。ただ、呼吸を合わせて挟み撃ちにできるほど、高度な知能を持っているのだろうか。
(犬コロを操っているDの罠じゃねえのか)
と、思った瞬間、洋瑛のスコープが対象の姿をほんのわずかだけ捉えた。それはすぐに木々の茂みに隠れてしまったが、はっきりと見えた。そして、焦った。対象はブラックスクロファじゃない。
サインを出すのが面倒になって、洋瑛はスコープを覗き込むままマスクを下ろした。
「キャプテンっ。対象はブラックスクロファじゃねえっ。白い奴だっ」
<なんだと>
「雪村っ。構えろっ」
そう言いつつ、洋瑛はスコープに弾き出された経緯度、距離を伝えた。足元で銃架を立ててうつ伏せている雪村が槓桿を引いて撃鉄を起こす。
「まだだっ。敵はそこらへんにいやがる。俺が撃てって言ったら撃てよっ」
<白い奴だと……>
<キャプテン。プライドです。縄張りに入ってしまったのかもしれません>
無線のやり取りが隊員たちの背筋をぞっとさせた。
洋瑛はこのとき指を弾こうと思った。ただ、峠大尉の息を切り刻むような言葉が入ってきた。
<作戦本部。作戦本部。こちら作戦部隊。ウィアードはプライドコータスの模様。サイレンサーの脱着を求む>
<致し方ない。了承する>
洋瑛の後ろで峠大尉が小銃から消音器を取り外し始めた。
<しかし、隊長。銃声を出してしまったら、Dに所在を掴まれてしまう恐れも>
<プライドの群れなんかとかち合うよりはマシだ>
「ちょっと! 私にやらせてよ!」
「黙れ! クソ猫!」
途端、小銃の轟きが闇を切り裂いた。峠大尉は空に向けてめったやたらに銃弾を放った。隊員たちは耳穴を革手袋の指で塞ぎ、スコープを覗いたままの洋瑛も打ち鳴らされる銃声の音圧に顔をしかめる。
やがて、銃声は止んだ。無数の空薬莢が峠大尉の足元に転がっている。
「どうだ、ヤナギっ」
峠大尉はマスクを下ろしていた。もはや銃声を鳴らしてしまったので関係なかった。二本柳も闇夜に目を見張らせながらマスクを下ろしていく。
「あ、足音はなくなりましたけど、でも、葉っぱがなびく音が。Bからの足音も風の音に」
「くそったれっ! その速さはプライドだ! どうして逃げん!」
「隊長! 二手に分かれて退避しましょうっ!」
しかし、笹原少尉が叫んだ。
「暗視スコープに映りました! でも、一瞬です! 追いつけません!」
「タクティクス変更! 撃ちまくれっ!」
皆、銃口を上げた。洋瑛もスコープを捨てる。右手の革手袋を左手で剥いでいく。
と、手袋を捨てて、洋瑛が親指と人差し指を擦り合わせたそのときだった。
一挙、落ち葉が嵐のようにして舞い上がったとともに、闇の深くから白い閃光が飛び出てきた。
それは、洋瑛の脇を一瞬にしてかすめていく。そのまま後ろにいた峠大尉、ワイルドキャット、片岡などを空高くに弾き飛ばしてしまうと、閃光は隊形を突き抜けていく。
そして――。
洋瑛の右腕がなくなっていた。
「あ――」
指を鳴らすはずなのに、血がとめどなく鮮やかに噴き出していた。
「腕が――」




