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俺の親知らずを抜いていけ  作者: ぱじゃまくんくん夫
メッザ・ボーチェの章
37/58

01:別れのときのための時間

 その日も、太陽は西空に光をなみなみと拡散させて、大河の流れくるかなたへと沈みゆく。


 頭上の空も、また遠く高くに深みゆく。


 星が只中に灯り、夜のとばりがひそやかにして降りてくれば、天進橋主塔の赤色灯は小さな鼓動のようにして点滅する。


 冷たい風が乾いた闇を運んでくる。


 作戦隊員たち13人は訓練の最後に隊長たちに敬礼の挙手を掲げた。


 防弾服に膨らんだ体を並べ、小銃を抱えたままに兵舎へぞろぞろと向かう。


 重いバックパックを背中から下ろし、おのおのに一息を入れて背筋を伸ばせば、ヘルメットを外し、装備品を片付けていき、兵舎をあとにしてまたぞろぞろと浴場へ向かう。


 一日の汗とフェイスペイントを洗い落としていき、束の間、浴槽で冷えた体を温め、またぞろぞろと食堂へ向かう。


「やっ。今日は豚カツに豚汁だべさっ」


 パートタイマーだけしかいない広い食堂の片隅、いつもの席に13人は落ち着く。


「マッチョ。ソースかけすぎなんじゃない?」


「クズセン。それ。そこ。それそれ。醤油。醤油取ってくれよ」


「は? 醤油? 何にかけるんだよ」


「豚カツだよ」


「雪村は醤油派だべさ」


「お前、バカなんじゃねえの。ほら」


「醤油かける人っているよね。私の叔父さんも醤油派だった」


「じゃあ、そういう人ってソースはいらないよな」


「私、これ辛いのいらない! アリシアにあげる。はい」


「でも、私もこんなに使わない」


「なんかよ、ユキのほうが豚肉多く入ってねえか。俺のと交換しろよ」


「ねえ、ワイルドキャット。俺さ、ご飯、山盛りって言ったよね? これ山盛りじゃないよね?」


「おい、ユキ。交換しろよ」


「あっ! ヤナギのほうが一切れ多いべさ!」


「おい、ユキ、聞いてんのかよ。代えろっつってんだろ、おい」


「藤中のほうがヤナギのやつより大きいだろ。計ってるだろ、ちゃんと」


「計ってなんかいるわけねえだろ。雪村って、たまに間抜けなこと言うよな」


「ユキ。お前、シカトか?」


「ワイルドキャットって食べ方汚いんじゃないの。もうちょっと女の子らしく食べれば。アイドルになれないよ」


「近田くん、私のと交換してあげるよ」


「なにそれ嫉妬ですか真奈オバさん。私はわざと早く食べてんの。早寝早飯早風呂で。いつでも戦えるようにね」


「カピちゃんのって俺のより少ねえじゃん」


「早寝じゃないじゃん。昨日も消灯したあとも歌っててうるさかったし」


「なに、歌ってたって。最悪じゃんそれ。ワイルドキャットの声ってたまにこっちまで聞こえてくるぜ」


「私のほうが具がいっぱい入っているよ」


「最悪だよ。きっとクズセンがいなかったらずっと歌ってるんだから。私の言うことなんか全然聞かないの」


「なあに? うるさいなあ。更年期障害なんじゃないの……」


「カピちゃんの芋ばっかじゃん。おい、ユキ」


「久留美ちゃん、袖。ご飯ついてる」


「近田、あきらめろよ。おかわりすればいいだろ」


「だからアリシアさ。言っているでしょ。私は来間山のワイルドキャットだって。久留美ちゃんなんて気安く呼ばないでくれる?」


「おかわりとか言ってただの食いしん坊みてえじゃねえか」


「愛ちゃんにだけ突っかかるの嫉妬ですか? てか、ワイルドキャットって、誰がそんなアダ名で言い出したの」


「食いしん坊じゃん、お前」


「来間山にいるころからそう呼ばれてた」


「違う。キャプテンだよ、名付け親」


「俺が食いしん坊だったら放水路に浮かんでられるほどぶくぶく太っているわ。で、このユキはガリガリのくせに豚肉をせしめているってわけだ。え? ユキ、おい、聞いてんのか」


「おいヒロ。黙ってろよ。さっきからうるせえんだよ。全然手を付けてねえじゃねえかよ。お前ほんと黙ってろよ」


「違うよ。キャプテンだよ。キャプテンがクルちゃんにワイルドキャットって付けたんだよ」


「嘘じゃん。ワイルドキャット。聞いてんの?」


「有島は駄目で、圭吾だとワイルドキャットじゃなくてもいいのかよ」


「チビ圭とチヅちゃんとユキちゃんはいいの。だって、昔から知っている人にニックネームで呼ばれたら気持ち悪いじゃん。でも、あんたたち菊ちゃんとか知らない人だから、名前で呼ぶの禁止。わかった?」


「じゃあ、お兄さんはどうなの。近田はワイルドキャットだなんて呼んでないじゃん」


「当たり前じゃんそんなの。気持ち悪い」


「何がだよ」


「いいからヒロは黙ってろよ。お前はうるせえんだよ。ほんとに」


「近田って兄貴も妹もクズセンの言うことだけは聞くんだな」


「おい。何笑ってんだよマエガミ。前髪さっさと切れ」


 彼らは押し流されるようにして押し流されていた。


 機密作戦という目的があれど、それを明確な目標としているわけでもなかった。


 たとえば、時計の針が目的を示すまでは気を紛らわせているようなものだった。不安や恐怖を「情」を共有することで耐え忍んでいた。それを一言で表すならば悲愴という言葉以外には何も見当たらない。


 うつむいているだけだった二本柳は必死になって笑ってみせていたし、殺すとわめいていた千鶴子すら会話に取り組んでいた。


 彼らはそれぞれ個性であったが、個性ではなかった。ぎこちなくでありながらも、「情」をたった一個の器で満たそうとし、今を生きようとしていた。


 あの洋瑛でさえ、そうした。彼はまことに無理をしていたし、お喋りが開かせている唇から彼の中身を覗きこめば、空っぽに空虚であった。どうにかして、人形の自分を働かせているようなものだった。


 なぜなら、彼の方向性はまったく崩壊してしまっていたのだった。


 雪村や藤中、杏奈が流した情念の涙を忘れられるほど、彼は完全無欠ではなかったし、怒りも殺意も、不条理の構造が複雑すぎるあまり、矛先を見つけ出すには困難であった。


 峠大尉やラットローグの理不尽の背景には一体何があるのか。


 自分たちは何者に押し流されているのか、急き立てられているのか、彼にはわからなくなってしまった。


 そして、吉沢の笑顔の喪失が、彼には整理できなかった。裏切られたと思えなかった。洋瑛にはあの日あのときの吉沢の目が裏切り者のものにどうしても見えなかった。彼にとって吉沢は雪村や藤中たちと同じ存在だったのだから。


 洋瑛はこれまでのように現実から逃避せずにいた。逃避すらできなかったのかもしれない。いよいよ、追い詰められたのかもしれない。


 彼は無理をしてまでも仲間の1人であろうとした。


 彼らとともに「情」を飲み、必死で今を生きようとした。時計の針が目的を示してしまったとき、何が待ち受けているのかわからない。向かうG地区に高速運動トランセンデンスの吉沢がいるとなると――、高速運動の自分自身や吉沢もしのぐようなトランセンデンスが存在するとなれば、死んでしまうかもしれない。今、ここにいる仲間を失ってしまうかもしれない。しかし、生きていられるかもしれない。全員がまた天進橋駐屯地に戻ってこられるかもしれない。


 何が待ち受けているのかわからない。だから、必死だった。今だけを生きるのに文字通りに一生懸命だった。




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