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俺の親知らずを抜いていけ  作者: ぱじゃまくんくん夫
メッザ・ボーチェの章
36/58

00:赤い爪の作戦

 そのとき、西空は夏の日々が燃え尽きてしまったかのような淡い紫染めであった。


 旧玄福市役所に放り込まれた多数の手榴弾は、かまびすしく鳴いていたひぐらしを黙らせ、3階建ての鉄筋コンクリート造りの古びた建物を大きく揺らしては、窓ガラスのことごとくを吹き飛ばした。


 それと同時に21人のSGによる赤い爪の作戦部隊は二手に別れて旧玄福市役所に突入した。


 隊長の近田洋次郎大尉率いる1班10人が正面玄関からなだれ込む。


 副隊長の有島暎一中尉が率いる2班11人は、隊員が下ろしたロープで2階のベランダへとよじ登っていく。


 有島中尉はトランシーバーのピンマイクを口許に寄せた。


「11人、2Fに無事侵入」


 すると、イヤホンからは、近田大尉の声が打ち鳴らされる銃声を背後にしつつ飛んでくる。


<ロビーではDが3人、抵抗してきている! お前らは一気呵成に突入しろ!>


「了解」


 イヤホンは隊員のすべてが装着している。有島中尉の指令を待たずして2班隊員は窓ガラスの下に身を伏せながら屈み腰で駆けていき、2階ベランダにそれぞれ距離を置きながら横一列にひそんだ。


 一般常人も混ざっているであろうDたちの怒号が、ガラス越しに聞こえてくる。


「恵。目を配っておけ。仲間が負傷したらすぐに駆けつけろ」


 有島中尉がピンマイク越しに伝えると、数m離れた隣で屈んでいる有島恵曹長は親指を立てて見せてきた。


「3つ数える。数え終わったら爆破。女だろうが年寄りだろうが容赦するな。相手はDだ。気を緩ませたら終わりだ」


 玄福放水路を越えてきてから今日まで4日間、赤い爪の作戦部隊は3人の仲間を失った。有島中尉も被弾し、また、Dトランセンデンスに絶体絶命のところまで追い詰められた。そのつど、近田大尉に助けられ、恵曹長の治癒能力で回復したが、肝心かなめの近田大尉は度重なる高速運動化によりすでに体力は限界であった。


 近田大尉の回復を待つかどうかで作戦隊員たちは揉めたが、東原双葉の所在を突き止めたことによって隊長の近田大尉は突入を決断する。


「3、2、1」


 この4日間、有島中尉には終始迷いがあった。その原因は義母に預けた1人娘の愛だった。もしも、作戦部隊がここで全滅してしまったら、愛に両親を同時に失わせてしまう。もしかしたら、その迷いが有島中尉の格闘を鈍らせたのかもしれなかった。


 だが、赤い爪の作戦部隊には、アタッカーの有島中尉と治癒トランセンデンスの恵曹長は必須だった。お前だけでも生きて帰れとは、妻に言いたくても言えない。


 しかし、ここまで来た。標的の東原双葉は目と鼻の先にいる。ここですべてが終わる。近田大尉の体力が限界点を越えている今、東原双葉を抹殺するのは自分しかいない。


「0」


 彼がピンマイクへ発したと同時に、11人の2班隊員は一挙に腰を上げた。手榴弾を放り入れると、すぐさま頭を覆って身を伏せた。轟音が打ち響き、噴煙が窓から吐き出される。衝撃が壁を揺らした。


 粉塵が有島中尉の背中に注ぎ落ちてくるとともに、断末魔の叫びも届いてくる。


「ファイヤーっ!」


 有島中尉の咆哮により、再び隊員たちは起き上がった。たちどころに小銃を構えた。もうもうと立ち込める爆煙の中へ銃弾を立て続けに掃射していく。


「突入!」


 ヘルメットに覆面と、両目だけをおもてにしている作戦隊員たちが次から次へと内部に侵入していく。


 すると、突如、迷彩色の仲間が吹っ飛ばされてきた。有島中尉の脇を飛んでいった彼は壁に叩きつけられ、呻き声を上げながら倒れ伏せる。有島中尉は彼に駆け寄りながらも、ピンマイクを唇に寄せた。


「恵!」


 視界をかすめる粉塵の向こうから、クソ野郎、という怒声とともに銃声が起こった。有島中尉の呼びかけに応じた恵曹長が駆け寄ってくる。


「早く治してやれっ!」


 さらに有島中尉はピンマイクを口元に寄せる。


「全員物陰に身を伏せろっ! Dの場所を叫べっ!」


「Jっ!」


「Bっ!」


「Kっ!」


「撃ち方やめっ! 俺が倒すっ!」


 有島中尉は小銃を投げ捨てると、机の並びを飛び越えた。隊員たちがそれぞれ叫んだ方角の合点へと向かっていくと、粉塵のもやに影が見えた。左足で机の上に飛び乗った有島中尉は、その足を支点にして跳躍する。宙で腰をひねり回していき、影の頭部目掛けて右足を旋回し振り抜いた。踵を打ち込んだ。


 手応えはなかった。与えた衝撃は吸収されていってしまい、逆に有島中尉が弾き返った。


 バランスを整えて着地した有島中尉の目の前には、常人の何倍も太った男が立っていた。有島中尉は間髪入れずに男の顔面へと左拳を打ち込む。しかし、何の手応えもなく拳は肉のうちへと飲み込まれてしまい、その手首を男が掴み取ってきた。有島中尉は手を掴まれながらも相手の太腿に右蹴りを浴びせる。それも飲み込まれてしまう。


「ふざけんじゃねえ、この鬼畜どもお。みんなを殺しやがってえ」


 男は細目の尻を吊り上げており、そこから涙を流しながら唸った。唸りながら有島中尉の頬を手の甲で打ってきた。肉厚の衝撃を受けた有島中尉は吹っ飛んだ。


「副長っ!」


「撃てっ! 撃て撃てっ!」


「恵さんっ! 副長がやられた! 助けてやってくれ!」


 事務机の上を滑り飛ばされていった有島中尉は衝撃にもうろうとしながらもピンマイクを手に取り、かすれた声を放った。


「大丈夫だ。大したあれじゃない」


<有島っ! 今どこだっ!>


 イヤホンから近田大尉の声が届いてくる。


「今、2FでDの抵抗を受けています」


<お前らそこで踏ん張っていろ! 俺が東原を殺してやる! それで全部終わりだ!>


「今の隊長じゃ無理だ! 誰か援護しに行けっ!」


 近田大尉の声をイヤホンで聞いていた隊員が引き金を引いたまま叫び、有島中尉は痛みをこらえながら起き上がった。


「いい。俺が行く。お前らはなんとかこらえてくれ」


「副長っ! でもっ!」


 有島中尉はヘルメットのベルトを外し、よろける足取りで事務室から廊下へと出た。すると、階段を駆け上がっていく近田大尉の姿がちょうど目に入ってきた。


「副長っ!」


 壁で体を支えていた有島中尉を恵曹長が追いかけてきた。ベルトで吊っていた小銃を背中に翻した彼女は、有島中尉の肩を抱きかかえ頬に掌を当ててくる。


 痛みが溶けていった。もうろうとしていた意識も晴れ渡るようにはっきりと冴えた。


「悪い。でも、これで帰れる」


 恵曹長はうなずいた。彼女にここに残るよう伝えた有島中尉は近田大尉のあとを追って階段を駆け上がっていく。駆け上がっていきながらマイクを口元に寄せて話しかける。


「みんな、こらえろ。俺と隊長がやる。双葉をやる。あと少しだからこらえてくれ」


 3階の廊下に躍り出ると、今まさに近田大尉はDトランセンデンスと向かい合っていた。大きななたを手にしている大男のかたわらへと近田大尉は一瞬で移動し、彼のこめかみに拳銃を突きつけた。


 近田大尉の顎ひげからは汗が玉のようにしたたっている。肩で息を切り、瞳のみなぎりだけが体を支えているかのようであった。


「東原の居場所はどこだ」


 しかし、大男は口端を歪めて笑う。


「お前らに双葉は殺れねえよ」


 拳銃が火を噴いた。鮮血が近田大尉の顔に斑点を作った。そして、有島中尉は息が尽きたかどうか怪しい大男へと飛び込んでいき、駆け込みざまの右拳を放って大男を吹っ飛ばした。


「隊長っ! 俺が行きますから、隊長は援護してくださいっ!」


 汗だくの近田大尉は薄ら笑みを浮かべながら拳銃をスライドさせ、空薬莢を弾き出した。


「手柄を渡すわけにはいかねえよ」


「もう隊長は限界ですっ!」


 しかし、近田大尉は有島中尉を押し退けてきて、目の前のドアをブーツの裏で蹴り破った。そのまま近田大尉は拳銃を構えながら部屋へと突入していってしまう。


「国防軍だっ! 観念しろっ!」


 有島中尉も近田大尉のあとを追って部屋の中に入った。


 そこに若い女性が1人、いた。


 赤い絨毯が敷き詰められた広々とした部屋であった。


 ソファーが向かい合わせに2脚、大きな木製の机が1席、観葉植物がかたわらに置かれてあり、壁には老人の正面写真を飾った額縁が並んでいた。歴代の旧玄福市市長のようである。


 そんな歴代市長たちとは印象もまったく異なった女性が1人、ソファーに腰掛けている。長い黒髪を胸元に流していて、デニムジーンズに白い半袖のTシャツと、装いは実にあっさりとしている狐目の女だった。近田大尉に銃口を向けられていても泰然と笑みを浮かべてき、降伏するのか、それとも余裕の笑みなのか、有島中尉には判別できない。


「東原双葉、お前だな」


 近田大尉が声をかけるも、女は笑みを浮かべるままガラステーブルの上の何かを手に取った。刀だった。


「動くんじゃねえ。撃つぞ」


「どうぞ」


 近田大尉は引き金を引いた。女は腰掛けたまま素早く鞘から刀を抜いた。なびき翻る黒髪とともに一瞬で振り抜かれた刀が銃弾を弾き返した。いや、彼女が広げた掌に真っ二つになって落ちた。


「くそったれが。こいつ、デュアルどころの話じゃねえ」


「隊長。俺が行きます。その隙に隊長が」


 有島中尉が近田大尉と声をひそめ合っているあいだにも、女はゆらりと腰を上げてくる。磨き抜かれた刀の刃先を有島中尉たちに向けてきて、睫毛に覆われた狐目を憂いしげに細めてきた。


「あなたたちはすべてをわかってここに来ているの? あなたたち国防軍がどれだけわがままなのか、あなたたちはわかっているの?」


「お前が国家転覆を企んでいることはわかっているんだ!」


 有島中尉がそう叫びながら飛び込んでいくと、女は刀を振りかぶって構えながら溜め息をついた。


「さよなら。あなたたちは暴れすぎた」


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