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俺の親知らずを抜いていけ  作者: ぱじゃまくんくん夫
スピッカートの章
33/58

09:アフェクションフォーム

 よもや、ワイルドキャットに喝を注入されてしまい、学生隊員たちは食堂からぽつらぽつらとベッドルームに帰ってくる。


「ねえ、カピバラさん。私さ、今日はベッド、上がいいな。代わってよ」


 暴れ回ったワイルドキャットはあっけらかんとしており、背負わされた重荷に押しつぶされそうな杏奈の泣き顔をいとわずに、手を引っ張って下ろす。


 その最中、地べたに座って小銃の手入れをしていた千鶴子が


「カピコウ」


 と言って杏奈を振り向かせた。おそらく「カピ公」と言っているものと思われる。由紀恵としか馴れ合わない女狼は「くん」付け「ちゃん」付けするような物柔らかさは皆無であり、かといって「穂積」だの「杏奈」だのと呼ぶのも堅苦しかったのだろう。


 千鶴子が杏奈に何を訊ねようとしているのか、ほかの女どもも察しがつく。寝床に寝転がったワイルドキャットが二段ベッドをぎしぎしと鳴らして遊んでいるのはともかく、真奈や有島、二本柳も、杏奈と千鶴子に注視した。


「教官に何を言われたんだよ」


 千鶴子のかたわらでは、由紀恵は腕を組んで壁によりかかっている。ベッドの一段目でうつむく杏奈を、不良が締め上げているようにしてじっと見つめている。


 しばし、沈黙した。


 ワイルドキャットも二段ベッドの上から首を垂らして杏奈を覗きこむ。


「ごめん。言えない」


「カピコウ」


 と、呼んだのは千鶴子ではなく、由紀恵である。滅多に口を開かない彼女が聞き慣れない声を発したものだから、カツアゲの場のようにして、いよいよ緊迫してしまう。


「副隊長だかなんだか知らないけど、まず、仲間なんじゃないの」


 杏奈は由紀恵に視線を持ち上げた。潤みに溢れ出そうな杏奈の瞳を、由紀恵はじっとして真っ直ぐに見つめている。


「あんたって抱え込めるような人じゃないでしょ」


 杏奈は顔を覆って嗚咽した。


 千鶴子と由紀恵は涙に暮れる杏奈をじっとして見つめるままで、ワイルドキャットはハアなどとあからさまな溜め息をついて、またベッドをぎしぎしと鳴らし始める。


 有島が杏奈の座るベッドの前に膝を下ろした。


「カピちゃん。いいんだよ。つらかったら言ってもいいし、言えなかったら言わなくてもいいし。でも、由紀恵ちゃんが言っているみたいに、私たちはカピちゃんの仲間だよ」


「そうだよ」


 と、真奈が絞り出すようにつぶやく。


 二本柳はただただ眺めている。


「私は――、私は――」


 嫌われ者を自覚していた杏奈にしてみれば思いがけぬ出来事である。途方も無い目的からくる重圧もさることながら、真摯に寄り添われている事態からくる感動もこみ上げてきてしまう。


 有島はともかく、真奈まで手を差し伸べたのは、ワイルドキャットに大喝されたせいかもしれなかった。当の彼女はバックパックから取り出したメリケンサックに油をさし始めたが。


「実は」


 と、嗚咽のおさまった杏奈は言った。「情」をすすった杏奈は、手折れてしまって、学生部隊がG地区にいる反体制組織を破壊するための特殊作戦部隊であることを暴露した。


 洋瑛が高速運動トランセンデンスであるのを言わなかったのは、杏奈が洋瑛をひそかに思っているからだろう。洋瑛自身が隠しているため、杏奈も隠す。すなわち、教官たちを裏切っても、洋瑛だけは裏切らない。


 ともかく、


 G地区解放作戦。


 と聞いて、女どもは言葉を失った。「嘘だろ」「嘘でしょ」ぐらいしか口をつけなかった。


 しかし、1人だけ違った。鉄の爪の刃物を磨いていたワイルドキャットはベッドの上段から再び頭を垂らして下段を覗き込み、


「マジで?」


 と、目を輝かせた。


「そしたら私たち、ヒーローじゃん――」


「久留美。そういう問題じゃないだろ」


 と、千鶴子が言ったが、ワイルドキャットは聞かない。


「そっか! だからテレビも来るんだ! よーし! みんなっ! 頑張ろうネ! エイエイオー! エイエイオー!」


 というワイルドキャットの騒ぎ声が、男どものベッドルームにかすかに聞こえてきている。


 片岡と向い合ってブーツを磨いている圭吾が言う。


「クルちゃん、何騒いでいるんだろ」


「でもさ、圭ちゃん。やっぱりさ、ワイルドキャットってエースの器だよね」


「そうかな……」


「ワイルドキャットの言っていることはひとつも間違ってないよ。ああ見えてさ、ワイルドキャットでいい子じゃない? 勝手気ままだけどさ、時にはさ、ああいうふうにガツンってさ。やっぱり付いていくんならワイルドキャットだよ」


「片岡くんはクルちゃんのことあんまり知らないから……」


 会話を交わしているのは圭吾と片岡だけである。それ以外は皆、ふてったようにして各々のベッドに寝転がっている。雪村はうつ伏せになっているし、藤中は掛け布団で全身を覆っている。菊田はすべてに背を向けるようにして顔を壁に向けている。洋瑛は仰向けになって、眉間に皺を寄せながら瞼を閉じている。


(クソったれ……)


 妹のワイルドキャットにいっさい反論できなかった。洋瑛が知る限り、まさか、ああいう考えの持ち主ではなかった。あちこちをちょろちょろ走り回っては駄々をこね、口を開けば悪口ばかり、他人が喧嘩しているものなら茶化すか強引に参戦してくるか、自分の思い通りにならなければ暴れ回る、それが洋瑛の知るワイルドキャット――久留美だった。


 溜め込んでいた殺意の針も妙な力でへし折られてしまっている。久留美が矢継ぎ早に投入してきたひとつひとつの言葉は、洋瑛が心に縛り付けていたがんじがらめの鎖を次々に引き剥いでいき、とうとう丸裸にされてしまったような感覚だった。


 無力なのだった。かつて、久留美の兄として懸命になっても無力であった。今はその久留美に口撃されて無力である。


(オヤジがいねえ、おふくろがいねえってピイピイ泣いていたくせに)


 もしかしたら、久留美も洋瑛と同じようにして、どうしようもないものを心に抱えているのかもしれない。テレビが来るだのと言っているのはただ単に道化をやっているだけなのかもしれない。しかし、本気で考えていそうでもあるからわからない。


 洋瑛が奇行をするのと同じようにして、久留美もそうしているのかもしれない。


 ただ、もしそうだとしても、洋瑛は陰で、久留美は陽だった。もし、そうだったとしたら、久留美のそれは洋瑛がホワイトシチューを作ったときのあれだった。


 だからこそ、今の洋瑛は久留美に呑み込まれてしまったのかもしれず、まことにちっぽけである。


(久留美にすらやられちまって。俺はどうしたらいいってんだ)


「ねえ、お兄ちゃん!」


 と、ドアを叩き開けながら大声を上げてき、洋瑛を蹴飛ばしたことなどどこ吹く風でやって来た。


「カピバラさんが言ってたんだけどねっ、私らってG地区のテロリストをぶっ殺すために天進橋に集められたんだって!」


 えっ――?


 と、洋瑛ならず皆が起き上がった。雪村は青ざめた。


 ワイルドキャットは壁にもたれかかりながら小生意気に腕を組み、鼻歌のリズムでも取るようにしてそこでブーツの爪先を鳴らしている。


「ということで、私の足を引っ張んないでよね。マッチョとチビ圭もわかった? 菊ちゃんもピイピイ泣いてないでちゃんとやってよね。それとマエガミくん。キャプテンやるのが大変だったらいつでも交代してあげるから!」


 片岡が立ち上がる。


「そ、それってどういうことっ?」


「だから、テロリスト」


「G地区のテロリストって何? ウィアード?」


「ウィアードはわんちゃんとかお猿さんでしょ。テロリストはテロリストに決まってるじゃん」


「だって、G地区って人がいないんじゃ」


「みんな嘘ついてたんじゃない? でも、そんなことはどうだっていいの。結局ぶっ殺すんだから。私らはG地区解放のヒーロー。ね? オッケー? ということで明日からはちゃんとやってよね! それじゃおやすみ!」


 バタン、と、ドアを閉めていってしまい、男どもはただただ唖然とする。


「雪村」


 と、洋瑛は言った。


「そういうことかよ、雪村」




 食堂での口論の様子もベッドルームの様子も峠大尉は田中中尉や笹原少尉とともに眺めている。杏奈の様子がまずくなったとき、笹原少尉が腰を上げたが、峠大尉は止めた。


「奴らは人形じゃない。結局、俺たちは人間を操れない。どのみち、選ぶのはあいつらだ」


「しかし、このままじゃ近田が」


 峠大尉は椅子の背もたれに腰を沈めると、モニターから目を背けるようにして天井を仰ぎ、そのまま瞼を閉じて沈黙した。肉厚の眉間に皺を集めて無言でいた。田中中尉が唇を噛み締めながらモニターと峠大尉を交互に見やり、笹原少尉はそこに立ち尽くしてモニターをただただ睨むように見つめる。


 集音マイクに拾われた学生隊員たちの声が、スピーカーから聞こえてくる。杏奈がすすり泣きながらG地区のあらましを暴露してしまったことも、ワイルドキャットの騒ぎ声も、バカ兄貴たちにも教えてこよっと、と言ってワイルドキャットがベッドルームを飛び出していったのも。


 田中中尉が椅子に腰掛けたまま峠大尉ににじり寄り、瞑想と無言を貫いている作戦隊長に切迫した眼差しを投げつける。


「いいんですか。近田が邪推したら、矛先は我々どころか軍に向きますよ。取り返しがつかないことになりますよ。いいんですか」


「いい」


 と、峠大尉は唇だけを動かしてつぶやいた。


 放り投げてしまったかのような峠大尉に対し、「隊長」と声を震わせながら呼びかけ、田中中尉は峠大尉にさらに詰め寄る。しかし、峠大尉は瞑したまま、ひとりごとのようにして言う。


「どちらにしろ、近田がいなければ作戦は成り立たない。俺たちは結局は近田に委ねるしかない。近田がノーと言えば、俺や愚か者たちは奴に殺されるだけだ。神に鉄槌を下されるようにして」


「近田は神じゃありません。SGです」


「責任は取る」


「どうやってですか」


 田中中尉の肩に笹原少尉が手を置く。


「田中。もう手遅れ」


 スピーカーが雪村の声に響く。


「そうだよ。俺たちは特殊作戦をやらされるために天進橋に連れてこられたんだよ」


 教官たちは息を呑んでいた。笹原少尉は両手を組んで握り締めていた。


 田中中尉はつぶやく。


「近田、頼む」


「正規のSGだけじゃ人手不足だから、俺たちはテロ組織を打倒するために選ばれたんだ」


「なんで、ダルマは隠してんだ」


「機密作戦だからだろ。そこまでは知らない。けどよ、近田、菊田。俺は荒砂山に来る前、友達と約束したんだ。エンジェルワッペンを見せたるって。お前たちが教官をぶっ殺すのは勝手だ。けど、俺はG地区に行く。SG全員がお前たちに殺されても、俺は行く。俺がいなくちゃ、俺の友達みんながテロに巻き込まれるかもしれないんだから」


「よく言った雪村――」


 と、田中中尉も拳を握りしめていた。


 ディスプレイに映る洋瑛と菊田は雪村を黙って見つめている。片岡と圭吾は手を止めてうつむいている。


「お前たちが何をしようが勝手だ。勝手だけど、俺一人じゃどうせG地区のテロリストには歯が立たない。だから、頼む。一緒に来てくれよ――」


 雪村は肩を震わせ、両の目頭を掌で覆った。


「雪村が言っていることはよくわかんねけど」


 藤中だった。


「俺からも頼むよ、近田、菊田。俺と雪村だけじゃどうにもなんねえべさ」


 菊田は大きな溜め息をついた。


「頼むも何もやらなきゃならないんだろ」


 言ったあと、もう一度溜め息をつくと、菊田はベッドの梯子を登り、


「何がなんだかわからねえよ。整理がつかねえ」


 と、横になって顔を壁に向けた。


 洋瑛はまだ突っ立っている。雪村をじっと見据えている。そんな洋瑛の次の言葉を圭吾と片岡は見守っている。田中中尉も笹原少尉も手に汗を握って、なんらかの感情を瞳に渦巻かせている洋瑛に凝視する。


 洋瑛は口を開いた。


「前髪長くしてるくせにピーピー泣いてんじゃねえ。んなことでテロリスト殺せんのか」


 洋瑛は梯子を登っていくと、ベッドの上段に自らの体を投げ捨て、ベッドをきしませた。


「公開処刑を延期するかどうかはダルマの話を聞いてからだ。もしも、ダルマがくだらねえことでもほざいたらその場で射殺だ。テロリスト退治はそのあとだ」






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