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俺の親知らずを抜いていけ  作者: ぱじゃまくんくん夫
スピッカートの章
29/58

05:滑稽なやつら

 学生部隊の訓練は実戦演習に移行した。初めて各々のトランセンデンスの能力を駆使するようになったが、中には冗談みたいな方法もあった。


 たとえば、走行中の敵車両を襲撃する演習では、演習場の走路の両側に二手にわかれ、伏せて待つ。


 時速70km前後で車が近づいて来たら、骨が異常に硬い骨強靭トランセンデンスである片岡が突如飛び出し、体当たりして車を止めてしまう。片岡が受けた衝撃は一緒に飛び出した穂積杏奈が押さえて支える。


 車は電信柱に突っ込んだようにして停止する、あるいはひっくり返ると、道路の両側に伏せていたアタッカーたちが飛び出し、また、小銃手が車を四方から取り囲む。もしくは手榴弾を車内に放り込む。


「いちばんいい車両制圧の仕方だろ?」


 ラットローグ曹長は当然のように言う。


 片岡と杏奈を使わないとなると、走行中の車を止める場合はこちら側も車を体当たりさせるしかない。その車両があることで敵に襲撃を悟られてしまう。ロケットランチャーで爆破させてしまったら、人もろともである。敵兵を無傷で捕えなければならない場合もあるのだと。


 たまったものじゃないのは片岡であった。


 いくら骨強靭であろうと、走行してくる車にぶつかっていくなど正気の沙汰じゃない。それに肉は一般的である。防護服に身を固めていようと、とてつもない激痛である。手榴弾が放りこまれたら、必ず爆炎爆風で吹っ飛ばされる。


 挙げ句には、骨強靭トランセンデンスに興味を示したワイルドキャットが、訓練後、急に瞬発力でもって背後から頭部へ回し蹴りをぶち込んできた。


いったーい!」


 片岡の硬さにワイルドキャットはわめいていたが、吹っ飛んだ片岡は首が脱臼して口から泡を噴き、死の瀬戸際を見る。


「めんごめんご、マッチョ」


 ワイルドキャットのしたことなので、藤中に治療してもらったあと、片岡はふてくされながらも許してやる。


 しかし、夕飯どき、愚痴った。


「SGなのにこんなことをするなんてさ……。こんなの、テレビの取材でカッコ悪いところばっかだよ……」


 ワイルドキャットがコメをくちゃくちゃと咀嚼するままに言った。


「仕方ないじゃん。マッチョは岩男なんだから」


 口をつけばテレビテレビと浮世離れな片岡の相手をするのは、いつもワイルドキャットだけである。かつてのリーダー格の菊田もまったく無視している。


「岩男なんてやめてよ。カッコ悪い。そりゃね、ワイルドキャットはいいよ。瞬発力と動体視力だなんて。卑怯だもん」


「夜目なんていう役立たずよりはマシっしょ?」


「まあ」


 片岡がうなずいた瞬間、にわかに語気も荒くして雪村が割って入ってきた。


「役立たずのトランセンデンスなんているはずないだろ」


 学生隊長の生真面目さによって、わずかながらの緊張が走ってしまう。


 ワイルドキャットが片岡に顔を合わせてくる。おどけ半分で瞼を見開き、嘲り半分で下唇を突き出した。


 片岡も片岡で肩をすくめて調子に乗ったが、食事に向き直ると、すぐにまた溜め息をついた。


(こんなのカッコ悪い……)


 片岡進之介はSG愛好者である。世の人々がSGを英雄視するように、いや、それ以上にSGを嗜好してきた。映画「SG」は昔で言うところのテープが擦り切れるほどに鑑賞し、登場人物のセリフまで覚えている。


 さらに自分はトランセンデンスときたものだった。姉たちの影響で小さい頃から格闘技を習ってもきた。ましてや殴られても大して痛くない。小中学校とクラスの腕白どもは女口調の片岡を何度か茶化したが、赤子の手をひねるように制圧した。


 そのとき決まって鼻高々と言うのは、


「俺はSGのエースなんだからね」


 だった。


 その鼻っ柱は荒砂山にやってきて見事にへし折られる。入学まもなくの教練、おそらくそうした自信過剰な者に現実を見せるためであろう、なんの指導も受けていないうちに格闘演習とあいなったのだが、片岡の相手は有島だった。


 生まれながらの殺戮兵器である有島のスピードに面食らう。そして強烈な打撃を食らう。下段蹴り一発で片岡はもんどり打ち、プライドが粉々になるようにして足の骨も折れていた。


(あんな可愛い女の子にやられちゃうなんて――)


 自分がSGのエースだなんておこがましい、と、片岡は思ってしまう。同期生たちに畏敬されるのは有島や由紀恵のようなかぼそい女だったのであり、片岡など「ただの硬いやつ」だった。


 一挙、塞ぎこんだ。今までの自分が馬鹿馬鹿しくなった。誰よりもSGを知っているとしていた自負心は恥以外のなにものでもなくなった。


 塞ぎこんだものだから仲間も作れず、リーダー格の菊田が食卓に招いてきても、表情ひとつ変えないままに首を振る。俊敏力の菊田がエース級に扱われているのもまた嫌だった。


 そんなある日、砂漠の狐が片岡に近づいてきた。というよりも、入浴のさいの洗い場で片岡の隣にたまたま座ってきた。そして、洋瑛は片岡に権高けんだかに言った。


「おい。ぼさっとしてねえで背中洗えや」


 片岡は無言のままに洋瑛の背中にタオルを擦りつけていく。


「交換だ。背中、貸せ」


 片岡は無言のままに洋瑛に背中を見せる。洋瑛がタオルを擦りつけていく。


「気持ち悪い筋肉してんな、お前」


 なかなかどうして片岡には褒め言葉であった。洋瑛と初めて会話を交わした日はそれきりであったが、役立たずの夜目のトランセンデンスのくせに傲岸不遜に寮内を闊歩する洋瑛が、片岡には魅力的に見えたものだった。


 自然、片岡は所在を求める子分のようにして洋瑛との距離を縮めたがるようになった。よく洗い場で洋瑛の背中を洗うようになった。


「あれ? 今日もマッチョか」


 片岡は来る日も来る日も洋瑛の背中を磨いた。


「なんだよ、今日もテメーかよ」


 片岡は来る日も来る日も近田の背中を湯を流してやった。が、洋瑛には親分の度量なまったくなかったのである。


「おい……、テメー……、ホモなんじゃねえのか……」


「ち、ちがうよっ」


「昨日も一昨日も俺の隣に座ってきたじゃねえか……」


「ちがうってば! 近田と仲良くなりたかっただけだってば!」


「な、仲良くなりたいって……、ふざけんじゃねえっ! 気持ちわりいんだっ、このホモ野郎!」


 素っ裸の洋瑛に足の裏で飛ばされ、さらには洗面器で何度も叩かれた。挙げ句には骨強靭の片岡には歯ごたえがないと感じ、デッキブラシを持ち出してきた。雪村が止めに入ってきて、どうしてそんなことをしているのかと問われると、よく反響する大浴場でわめいたのだった。


「こいつはホモだっ!」


「違うってば! 近田が勘違いしてんだよ!」


「なあにが違うだ、この野郎。お前のしゃべり方だってホモくせえじゃねえか。あん? だったら、この野郎、荒砂山の女の中で誰が一等好きなのか言ってみろ。誰が好きなのか言って告ってこい! ホモじゃなかったら女に告るだろうが!」


 めちゃくちゃである。洋瑛がわざとそうして誘導しているのかとも片岡は思ったが、違う。洋瑛は瞳孔を広げて本気でいた。


 止めに入ってきた雪村も、傍観していた同期生たちもにやにやとし始めてしまう。四六時中顔を突き合わせていると、こういうことにやたらと盛り上がってしまうものであった。


「それともテメーはやっぱりホモなのか、ああっ? ホモがいると寝込みを教われかねねえから、テメーは男子棟から追い出すぞ」


 追い詰められた片岡は、荒砂山同期生の女どもの顔を脳裏に巡らせた。そんな感情を抱く女などいなかったが、ここで誰かの名をあげておかなければ、兵学校生活が惨憺たるものになるのは想像できた。


 後腐れのなさそうな女が1人思い浮かぶ。


「葛原……」


「あん? ユキか? じゃあ、メシの時間にユキに告れよな」


「違うっ。く、クズセンのほう」


 浴場はどよめいた。もはや見世物と化していた。


「お前、嘘ぶっこいてんじゃねえ」


「ま、マジっ! マジマジマジ! 俺、ずっとクズセンのことが好きだったんだっ」


「ほう。なら、今からチヅに告れ。適当な告り方だったら追放だぞ。お前が俺の穴を狙ってねえってことをちゃんと証明しろ。わかったな? じゃねえと、俺は夜もおちおち寝れねえんだ!」


 脱衣場でジャージに着替えて食堂にやって来る。片岡は洋瑛にしっかりと脇を固められてしまっている。さらには同期生の男どもも野次馬として付きまとってきている。洋瑛と犬猿の仲である菊田でさえ、手を叩いて観客になっていた。


「メシ食ったら告白だからな」


 電話機の置いてある食堂棟の隅に千鶴子を連れ出すと洋瑛は言う。そして、怒り心頭であったくせに、食堂にやって来たころには洋瑛も主旨を変えてしまっており、


「頑張れよ、マッチョ。お前はマッチョだから、多分、チヅもOKって言うかもしんねえぞ。あいつは多分マッチョ好きだからな」


 にやつきながらはやし立ててくるようになった。


「ち、ちなみに近田は誰が好きなの?」


「は? 俺がお前に言う必要があんのか? お前はホモ疑惑がかかっているから証明すんだぞ? お前、自分の置かれている立場がわかってねえのか?」


 片岡は洋瑛が世界でいちばん大嫌いになった。


 やがて、風呂から上がってきた女どもがちらほらと食堂に入ってきた。男どもは常日頃を装って食事を進めているが、浮ついた気配があった。


 真奈が言っている。


「何? なんかおかしくない?」


 茶番である。が、当然ながら、片岡は緊張してしまう。さらに千鶴子がどんな反応を見せるものかと、気が気でなくなってきた。


(オッケーされたらどうしよ……)


 ありえない。けれども、万が一にもあるかもしれない。


(ヤンキーのカノジョも悪くないかな……)


 葛原コンビが食堂に入ってくると、片岡の緊張は極限に達した。千鶴子と由紀恵もやはり異様な気配を感じ取り、訝しげに食堂を見渡す。


「大丈夫だぞ、マッチョ」


 洋瑛がにやつきながら小声でささやいてくる。はやし立てられてますます震えがおさまらない。


 食事を終えた葛原コンビが食器を手にして腰を上げると、洋瑛も腰を上げた。食堂に色めきだったものが走った。


「おい、風神」


「あん? なんだよ」


「さっき釈迦堂のモエコに電話したんだけどよ、テメーらの声も聞きたいとか言ってたから電話しろ」


「なんで、ヒロがモエコの番号なんか知ってんだよ」


「別に知ってたっていいだろうが。軍が盗聴してっから、あんま変なこと喋んじゃねえぞ」


「わかってるよ、いちいちうっせえな」


 洋瑛のたくみな誘導により、葛原コンビは食堂をあとにしていく。すると、途端に藤中が片岡の肩に飛びついてくる。


「ほらっ、お前もいくべさっ」


「で、でも」


「片岡、行けよ」と、同期生たちがにわかに騒いだ。女どもも箸を止めた。だいぶ大げさな茶番劇になってしまっており、片岡はたじろぐ。洋瑛が詰め寄ってくる。


「早く行けよ。それともお前はホモなのか? やっぱり俺の穴が目的だったのか?」


 それを女どもの前でも言ってしまうのだから、片岡は立ち上がざるを得なかった。どういうことなのかと女どももささやきあう。好奇心旺盛な目を片岡に注ぎ、この日だけ彼はある種のエースになった。


 廊下まで洋瑛に引きずり出された片岡は、行ってこいと言われて押し飛ばされた。片岡は唇を噛んだ。好きでもなんでもないのに、なぜだか雰囲気だけはとてつもなく本気になってしまっている。


 電話機のかたわらに葛原コンビがいる。受話器を取っているのは千鶴子で、由紀恵のほうは電話機の横で壁を背中にしてしゃがんでいる。片岡がおぼつかない足取りで歩み寄っていくと、


「なに?」


 と、由紀恵が三白眼を光らせた。片岡は一度、来た道を振り返る。洋瑛や雪村を始めとした同期生たちが数珠なりになって食堂の出入口から顔を覗かせてきている。


 由紀恵がそちらを睨みつけると、もぐらのようにして顔を引っ込める。


「どういうことだよ」


 と、由紀恵の口調に怒気がはらんだ。ある程度を察知していた由紀恵だったが、告白されるのは自分自身だと誤解していた。


「い、いや、ちょっと、クズセンと話がしたくて」


 千鶴子はやり取りを聞いていない。電話機に向かい合っており、国防省の交換手に携帯番号を伝えている。


 由紀恵は思わず笑った。


「まさか、そういうことなの? 嘘でしょ?」


「う、嘘じゃない」


 由紀恵は腰を上げ「チヅちゃん」と言って、彼女の幅のある肩を叩いた。クズセンは初めて振り向いてきた。片岡は目を伏せる。


「こういうことだったみたい。どうする? 誰をぶっとばす?」


「どういうことだよ」


「片岡が可哀想だから私はさよならするね」


 由紀恵はポニーテールを揺らして食堂のほうへと歩いていった。男どもは隠れていったが、首謀者がわかった由紀恵は洋瑛と揉めた。


 知らないと言ってとぼけている洋瑛の声を聞きながらも、片岡は千鶴子に睨みつけらている。


「なんだよ。お前。誰だよ。なんなんだよ」


 しかし、電話が目当ての人とつながって、千鶴子は顔を戻した。前にも進めず後ろにも引けない片岡は、ただそこに突っ立っていた。千鶴子の長話を聞いているしかなかった。


「は? ヒロと電話なんかしてない? あの野郎――」


 受話器を置いたクズセンは再び片岡に振り返ってき、瞳には女狼の暴力性がひそんでいる。


「なんなんだよお前は。さっきからよ。どけ、コラ」


 千鶴子が脇を通り抜けようとするので、片岡は呼び止める。


「なんなんだよっ! ああっ?」


「い、いやっ、ちょっとクズセンと話があって」


「あん? なんだよ」


「あ、あの、俺、前からクズセンのことが好きで」


 途端、千鶴子は呆然として固まった。


 片岡は鼓動が胸を激しく打つ中で、千鶴子のあっけに取られた表情をまじまじと見て取った。様子が違った。彼女がこんな顔をするとは予想に反していた。


「な、何を言ってんの、お前――」


 と、千鶴子の目は泳いで、唇は震えていた。片岡は彼女のそのありさまを前にして、うかつにも思った。もしかして、いけるんじゃないかと。


「いや、その、付き合ってください」


「付き合うわけねえだろっ!」


 その一声に吹き飛ばされた。渡り廊下へと繋がるガラス扉まで転げ飛ばされた。


 天進橋で新たに出来た親友の・・・ワイルドキャットは、食堂で片岡と2人きり、洋瑛の悪口を言っていたついでに、片岡からその話を聞き、頬杖をついてにたにたと笑っていた。


「ふーん。マッチョはチヅちゃんが好きなんだ」


「そういうのじゃないってば。ワイルドキャットの兄貴にハメられたんだってば」


「よし! じゃあ、来間山のワイルドキャットこと、恋のキューピッドのクルミンが一肌脱いじゃおっか!」


「えっ? ほんとにっ?」


 片岡はにわかに色めきだち、そういうわけであった。茶番が一転、口に出した法螺がいつしか真実となってしまっていたのだった。


 もっとも、ワイルドキャットのそれは口だけで、片岡の恋の行方になんの役にも立たなかったが。





(姓)片岡/Kataoka(名)進之介/Shinnosuke

 現年齢:17

 性別:M

 血液型:A

 所属:特殊保安群

 階級:一等兵

 配属:荒砂山専門兵学校

 兵種:小銃手 コラボレーター

 トランセンデンス:骨強靭

 トランセンデンスクラス:B

 反乱危険レベル:1

 身長181cm 体重88kg

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