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俺の親知らずを抜いていけ  作者: ぱじゃまくんくん夫
スピッカートの章
27/58

03:レッドゾーン100マイル

 天進橋駐屯地にやって来て6日目ともなると、ブラッディレイ作戦隊員たちの顔つきはほんのわずかに変わってきた。疲労のピークを越えたというか、慣れというか、それでいて、教官たちの恐怖支配の中に何らかの光明を見つけたようにして、虚ろであった瞳には精気が研ぎ澄まされるようになったのだった。


 たとえば、ガラクタのサイボーグの目に明かりが灯ったような。


「そろそろいいだろう」


 と、峠大尉は副隊長の教官たちに言った。


 訓練を日没後の18時に終了とさせ、食事の監視も外し、消灯の20時までは隊員たちを初めて束縛から解放する。


 無論、カメラとマイクが彼らを終始追いかけている。学生たちは気づいていないが、食堂はともかくベッドルームにも設置されている。





 13名はここ5日間、仲間たちとほとんど口をきかないできていた。たまに消灯後のベッドルームで不満や嘆きを囁き合うが、身も心も擦り切れているので、睡眠がまさった。


 それに、されるがままの状況で、男どもと女どもはまったく会話を交わしていない。これまで、各々が自分1人だけを奮い立たせるのに精一杯であった。自分のことしか考えられない状況できていた。


 有島は違ったが。


 それはさておき、夕食時、鬼のラットローグや悪魔のブルースカーがいないとあって、彼らはぽつらぽつらと口を開き始める。


「おかしくないか」


 一部を除いて、皆が視線の先を菊田にそろりと向けていく。


 食堂には配膳カウンターつづきの厨房にパートタイマーがいるだけだ。厨房から彼らの座っている席はだいぶ離れている。いつ、ラットローグやブルースカーが飛び出してくるかと警戒しながら菊田は声をひそめる。


「俺たちは兵学生だっていうのに、どうしてここまでしごかれているんだよ」


 峠大尉を始め、ラットローグ、ブルースカーは、選りすぐりの鬼教官であると菊田は言う。彼ら以外に自分たちを取り囲むSGも精鋭揃いだ。SGのあぶれ者が配属されるという牛追坂や黄羽では、こんなことは考えられない。ほかの駐屯地に連行されていった同期生たちは間違いなくここまでされていないと。


 真奈が言った。


「私たちがそういうものに選抜されちゃったんじゃないの」


 言ってから彼女は小さな溜め息をついた。泣き崩れてリーダー的な要素のかけらも見当たらなかった彼女も、今では大きな瞳にわずかな生気を取り戻している。


「SG候補生の分隊を作ろうとしているんじゃないの。ウィアードが襲ってきたから」


 すると、片岡進之介が割って入った。


「きっとね、俺たちを鍛えてね、ドキュメンタリー番組を作るんだよ」


 菊田と真奈は唖然としてしまう。


 走れない、渡れない、と、泣きわめいていたくせに、片岡はいつのまにやら、ものすごい楽観的な思考に変わっていた。


「マッチョ、それほんと?」


 片岡の発言を真に受けたのはワイルドキャットである。目許をぱちりと開いて、切れ上がった瞼を広げ、睫毛をはばたかせる。


 浅黒肌が照り輝く筋肉馬鹿の片岡は、ワイルドキャットにマッチョなどとアダ名されたものだから、疲労を吹っ飛ばして目をいきいきとさせてしまう。


「そうだよ。俺たちがね、モノになったころにテレビカメラが来ると思うの。今はね、SGが着けているHMDで撮影しているんだ、きっと」


「えーっ! マジでっ! うわあ! どうしよ! 私、マスカラとかアイシャドウとかぜーんぶ取られちゃったよ! ねえ! ねえねえチヅちゃん、どうしよ!」


 声が大きいと言って菊田がワイルドキャットをたしなめるが、片岡がさらに奔放猫をあおる。


「ワイルドキャットは可愛いからオッケーだよ」


「ん? そお?」


「そうそう。うんうん。瞬発と動体視力のデュアルだからね、ワイルドキャットはSGのアイドルになっちゃうんじゃないかな」


「アイドル――。まっさかー!」


「俺ももうちょっと鍛えないとお。映画のSGみたいに、SG候補生チームの守護神的なあれになるだろうから――」


「ねえ、ユキちゃん。ブログとかやるべきだと思う?」


 ワイルドキャットの隣に着いていた由紀恵は、苦笑しながら首をかしげる。


「ユキちゃんも可愛いからいっぱいファンができるよ。あ、でも、ユキちゃんに顔は負けても、軍がゴリ押しするのは私だろうから。ただね、アリシア。あんたさ、でしゃばらないでよね」


 ワイルドキャットが急に睨みつけ、誰に突っかかっているのかと思えば有島である。


「背も高いし可愛いし美人だしデュアルだし、ほんとあんたってイヤなの。アリシアがいると私がぜんぜん目立たなくなるじゃん。そこんとこわかる? ま、仕方ないからテレビに映ってあげてもいいですケド? でもさ、お願いだからでしゃばりだけはノーサンキュー」


 有島だけならず、皆がぽかんと口を開けてしまう。彼らの目に映るワイルドキャットは、兄の洋瑛と顔はさほどだがそっくりでいた。突如として舌を車輪のように回すあたりなどはとくに似ている。


「てかさ、みんなさ、ガムクチャとかシミオバサンに殴られてもコロコロ転がらないようにしてねー。HMDで撮影されているんだから。うちらが弱いって思われるでしょ? わかった? チビ圭、わかった?」


「久留美」


 と、唸ったのは千鶴子である。


「テレビなんか来るわけねえだろ」


「なんで?」


「来るわけねえだろ」


「来るに決まってんじゃん。テレビが天進橋を取材するからニューヒーローのうちらが紹介されるんでしょ? 私が1人だけ天進橋に来たのもそのためでしょ?」


 千鶴子は辟易として、ワイルドキャットから視線を外し、食事を進める。


「ということでさ! みんな一緒にがんばろうネ! あ。笹原のババアに化粧水を借りよっと」


 そう言ってカレーライスをキャットフードみたいにガツガツとかき込んでいったワイルドキャットは、そうそうに席を立ち、


「オバさん! ごちそうさま!」


 パートタイマーに声をかけながら食器を配膳カウンターの返却口に置いていき、食堂を去っていこうとする。


「ちょっと、ワイルドキャット」


 真奈が呼び止める。


「どこ行くの。勝手に動くと教官たちにやられるじゃん。あんただけじゃなくて、私たちもやられるかもしれないじゃん」


「いないんだからいいじゃん。てか、私は教官のとこに行くんだし」


「ちょっと!」


 ワイルドキャットは鼻歌を口ずさみながら食堂を出て行ってしまった。


「俺もプロテイン欲しいなあ……。田中教官、持ってないかなあ……。こんなに筋トレやってんだから勿体ないなあ……」


「片岡。黙れよ。テレビなんか来るわけないだろ」


 菊田に言われて片岡は口をつぐませたが、ぶつぶつと呟きながらスプーンの手を動かしていく。


「近田さ! どうにかしてよ!」


 真奈の金切り声に、それまで殺意の世界に黙々と閉じこもっていただけの洋瑛は、ちらりと目を向ける。


「何がだよ」


「ワイルドキャットはあんたの妹でしょ! めちゃくちゃなことばっかり言っているし、私たちの悪口ばっかり言うし、どうにかしてよ!」


「あんなバカなんかどうでもいい。俺がぶち殺してえのはガムクチャとシミ女とダルマ大尉だ。あいつらに生き地獄を味合わせるってんなら俺も協力してやる」


 あまりの物々しさに誰もが閉口してしまうが、千鶴子だけが鼻で笑っていた。


 何もかもがとっ散らかっている。菊田と真奈は荒砂山のころのようにリーダー格として振る舞ったのだが、ただでさえ際どかった個性が12人になって凝縮されてしまったし、さらにワイルドキャットという強烈な自由人が混入したのだった。


 ここ数日で培われた各々の殺気も、彼ら13人を一つに取りまとめるのを阻害した。千鶴子や洋瑛のようなもともと殺気めいている者たちはともかく、圭吾や二本柳は普段通りのおとなしい振る舞いでいたが、真奈がわめいたとき2人はひそかに眉をしかめていたのだった。


 ぶりっ子として嫌われている杏奈は、影に徹している。というよりも、ぶりっ子と忌み嫌われたような彼女の餅のような表情は、肉体の疲労と精神の摩耗でびている。瞳だけがただ動いて、あとの感情は顔から失われている。


 有島だけは気を揉み、彼らの声が刺々しいたびに眉をすぼませていたが、彼女にはこの連中をなだめられるような勇気も器量もない。


 愚痴や不満を分かち合うのをきっかけに、これらの距離は縮められそうなものだが、菊田や真奈がそうしようとしたところ、片岡が突飛な発言をし、ワイルドキャットがかき乱す。挙げ句の果てには洋瑛が空気をよどませてしまう。


 それに――。


 ここにあって藤中翔太は気にかけていた。その内容がどうあれ、洋瑛がようやく口を開いたので、藤中はこれを糸口にしようとした。


「そんなことより、俺らってよ、エンジェルワッペンつけてるべよ。てことはSGだっぺよ。てことは金は兵学校にいたときより貰えているんだべか」


「お前よお」


 と、呆れて笑ったのは雪村であった。藤中が狙った通りの反応である。


「金のことは大事な問題だっぺよ」


「一等兵だから変わらないだろ」


「嘘だべえ。こんだけやられて手当ての1つも付かねえんじゃやってられねえべさ。だいたいよ、こんだけ撃たれて怪我もしてるんだから、普通は労災事故だべよ。それを治癒ですぐ治すんじゃ反則だべ。撃たれ損だべ」


 洋瑛が手を止めて藤中を見つめてくる。雪村は笑っている。


 ウィアード襲撃の日、荒砂山の食堂で口論して以来、洋瑛と雪村は口を一切きかないできている。目も合わせない。藤中はそれが痛くてたまらなかった。なので、機会を待っていた。


「教官たちは血税血税って言うけどよ、俺らはボランティアで軍隊をやっているんじゃねえべ」


「じゃあ、お前それをガムクチャかシミ女に言えよ」


 と、洋瑛が乗ってきた。洋瑛がこの手の冗談を好むのを藤中はよく知っている。


「言えるわけねえべさ。近田が訊いてくれよ。給料はどうなってんだって」


「これから殺す相手に俺たちの給料はどうなってんですかって訊けってのか?」


「殺す殺すって。殺せるわけねえべさ。現実をしっかりと見ろ」


「なら、俺があいつらが命乞いしたついでに訊いておいてやる」


「お前じゃ話になんね。雪村、お前から訊いてくれな?」


「自分で訊けよ」


「俺が訊けるわけねえべさ。近田か雪村だったら訊けるべ?」


 ところが、間の悪いことに、


「おーい。バカ兄貴ー」


 と、ワイルドキャットの声が廊下から響いてきた。


「厚化粧ババアに言われたんだけど、消灯の20時まで自由時間だってさー。みんなに報せておいてねー」


 報せておいてねと言いつつ聞こえているのだから、全員が思わず笑ってしまった。しかし、藤中にしてみればその和やかさはいらなかった。皆に兄妹の間柄を見せるのを嫌っている洋瑛が、食事を終えていたのもあって席を立ってしまったのである。


 藤中がベッドルームに戻れば、洋瑛の姿はない。探してみれば洗濯機室でジャケットに黙々とアイロンをかけている。


「どうなってんだべな、カネは」


 と、藤中が再度こころみても、洋瑛は自分の世界に入り始めてしまっていた。食事を終えれば人と接触を断つのは、荒砂山のころからそうだ。邪魔するなと言わんばかりに、洋瑛は藤中にぎらついた視線を向けるだけであった。


 気まずさになった。その後しばらく、藤中は洋瑛に声をかけられなくなった。




(姓)藤中/Fujinaka(名)翔太/Shota

 現年齢:17

 性別:M

 血液型:A

 所属:特殊保安群

 階級:一等兵学生

 配属:荒砂山専門兵学校

 兵種:衛生兵 リカバリー

 トランセンデンス:治癒

 トランセンデンスクラス:B

 反乱危険レベル:1

 身長167cm 体重70kg


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