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俺の親知らずを抜いていけ  作者: ぱじゃまくんくん夫
スピッカートの章
25/58

01:等活地獄

 G地区解放作戦の論調が世を騒がせている中、G地区の反体制組織は牽制の意も含めて、SG兵学校をウィアードに襲撃させた。

 国防軍統合参謀本部は12年前のG地区解放作戦の失敗でG地区解放は不可能と判断しており、G地区との共存共栄策に転じた。その関係性が泥沼化することによって、国家及び国防軍の過去の失態が暴露されるのを恐れ、G地区解放作戦を企図するような政権与党に釘を差してきた。


 しかし、川島大佐は暴走する。統合参謀本部は彼の動きを察知するものの、SGの暗殺部隊がすでに網の目を張り巡らせており、川島大佐は裏切り者を抹殺することで統合参謀本部を牽制した。


 SG部隊は性質的には特殊であるが、軍事体系からすると特殊部隊ではない。


 精鋭とされているごく少数のSGはこの次元に達している。


 ただ、防衛においては、綿密にシステム化された戦術方式の中で、トランセンデンスという超越能力者たちを活用しているにすぎない。


 攻撃においてはただの暗殺集団である。


 SGは各軍隊や各治安部隊における選抜された屈強な戦士たちではない。


 あくまでもトランセンデンスというだけである。トランセンデンスという点を除いてしまえば、なんら、一般兵士と変わらない。さらにその候補生ともなると、いたって普遍的な精神性の持ち主の少年少女たちにすぎない。


 たしかに訓練は施されている。一般的な15~18歳の少年少女たちがしごかれているような部活動よりも、はるかに厳しい教練を受けている。体力に充実し、肉体は引き締まっており、武器も扱える。


 しかし、これは単なる兵士レベルである。彼らは、ここにSGという思想と、トランセンデンスという超越能力だけが付け足されているだけである。


 精神までが兵器と化しているような特殊作戦部隊の戦闘心にははるかに及ばない。


 ところが、天進橋兵学生という偽装のもとでかき集められた洋瑛たちは、G地区解放作戦という特殊作戦を遂行しなければならなくなっている。


 Dというトランセンデンスを相手にするにはトランセンデンスでなければならず、潜入、破壊活動を実行するためには特殊作戦部隊でなければならない。


 よって、天進橋兵学生というただの兵士の少年少女たちには激烈な訓練が課せられた。


 まず、洋瑛たち元荒砂山22期生に妹の久留美を加えた13名は、朝から晩まで体力訓練であった。ラットローグの銃口が顔を覗きこんでくる中、演習場の片隅で地味な筋トレを繰り返される。


 腕立て伏せ、腹筋、スクワット。


 SGが異質であるのは、動きが乱れるような者に対しては、ラットローグが発砲してくる点である。実弾である。無論、致命傷になるような射撃ではないが、二本柳葵が早速、太腿を撃たれており、流血したまま筋トレをさせられるという有り様であった。


 流血してもなお、動きが乱れるようならラットローグに蹴飛ばされる。銃床を頭に打ち落とされる。息も絶え絶えになってきたところで、笹原少尉が治癒する。再び筋トレさせられる。射撃の的になる。殴られる。しかし筋トレもさせられる。それの繰り返しであった。


 この筋トレで全員がラットローグに撃たれている。


(ふざけんな……)


 と、洋瑛はさすがに反逆心を抱いたが、少しでもおかしな行動を取ると、天進橋の主塔の監視台にいるなんらかのトランセンデンスであるSG狙撃手によって、突如、体を撃ち抜かれるのだった。


 洋瑛は2度、腕と肩をそれぞれ狙撃されている。おかしな行動というよりも、ラットローグを睨みつけただけで、それだった。


(やばい……)


 ラットローグの目はすべての隊員たちに注がれていないが、見えない目がすべての隊員たちに注がれていた。四方八方からSGたちが彼らを取り囲んでいた。これはまったくもって恐怖であった。腕や肩だけならまだしも(まだしもと言えるものでもないが)、SG狙撃手は間違いなく頭部を一撃ちにできるほどの手だれである。


(殺される……)


 隙を見て高速運動化――というような心の余裕はまるでない。


 そもそも、高速運動化して、脱走なり、SGを皆殺するなりしたとしても、洋瑛にはその先に到達できる場所がないのだった。


 また、洋瑛は徹底的にマークされている。峠大尉の指示により、作戦隊員たちを監視するSGたちは(彼が高速運動トランセンデンスだと知らずに)、一挙手一投足に視線を注いでいる。


 洋瑛と同じくマークされていたのは、妹のワイルドキャットであった。ワイルドキャットは洋瑛と違い、すぐには従わなかった。ラットローグに撃たれ、殴られると、治癒された途端にすぐに暴れ始めた。


「ふざけんじゃねえっ!」


 と、金切り声を上げながらラットローグに飛びかかっていこうとするも、発狂した瞬間に消音器で銃声をかき消された弾が久留美の体を吹き飛ばす。ラットローグに殴り蹴飛ばされる。死ぬ間際になって笹原少尉に治癒される。と、また、飛びかかろうとする。また、撃たれる。殴られ蹴飛ばされる。治癒されると、とうとう泣き出した。ようやく従うようになる。


 筋トレのあとは、切り立った崖のロープ登り、崖から崖へのロープ渡り。手の皮はめくれ、膝には痣が出来る。それしきのことでは治癒されない。もたついているとラットローグの掃射で追い立てられる。


 握力腕力に長けたトランセンデンスの穂積杏奈や、筋持久に優れた軽部圭吾などは問題なかったが、ほかの者たちには地獄だった。


 まず、涙を流しながらである。葛原千鶴子は持ち前の負けず嫌いから苦境を憎しみに変えてこらえていたが、葛原由紀恵さえ涙をこぼした。有島愛でさえ汗とともに頬を濡らした。山田真奈は泣き崩れて膝を付いてしまい、ラットローグにブーツで背後から蹴飛ばされた。二本柳葵は顔が真っ青でいて生気がなかった。


「お前らそれでもSGかあっ!」


 とてつもない不条理である。彼らは自分たちが作戦隊員であることを知らない。ただの兵学生のつもりでここにいる。ところが、教室の椅子に座るような時間は、体と心を痛めつけられる時間となってしまっている。


 笹原京香少尉は見ていられなかった。残酷すぎた。大人でも精神に異常をきたすような訓練を、教え子たちは何も知らずに受けさせられているのである。


「あいつらを死なせたくなかったら、心を鬼にするしかないんだ」


 と、田中中尉は笹原少尉に言っている。作戦部隊副隊長の田中良太郎中尉は、作戦将校たちや峠大尉と作戦を練り上げており、訓練現場には姿を見せていない。


(一部のSGぐらいしか受けていない訓練を受けさせて。この子たちには拷問でしかない)


 しかし、笹原少尉自身も作戦部隊の一員なのであった。己の甘さは教え子たちの死であって、教え子たちの死は自分自身の死であった。


(近田がもしも知ったら――、自分のせいでみんなを巻き込んだと知ったら、近田は怒るよね……)


 怒るどころの話では済まされないだろう。神か悪魔の領域に入ってしまい、すべてを壊すだろう。


 まだ、その領域には入っていない。蛇に睨まれた蛙のような領域である。


 ロープのあとは、小銃を抱えての約16kmの長距離走である。広大な天進橋駐屯地を延々と走り続ける。すでにぼろぼろの体で隊列を組んでランニングをし、笹原少尉が笛を鳴らすとダッシュする。当てもなく走る。ランニングする。ダッシュする。それが繰り返される。もはや小銃は重りでしかなくなり、太腿も脹脛ふくらはぎも背中も腕も鉛である。


 上がらない足を上げていき、上がらない顎を上げていき、掛け声まで復唱させられる。


「我らはSG! 無法者!」


 と、ラットローグが叫べば、少年少女の隊員たちも同じ言葉を絞りだす。


――我らはSG! 無法者!


「死を恐れぬ不孝者!」


――死を恐れぬ不孝者!


「おい参謀! 総司令!」


――おい参謀! 総司令!


「俺たちゃ覚悟ができている!」


――俺たちゃ覚悟ができている!


「俺の親知らずを抜いていけ」


――俺の親知らずを抜いていけ!


 何度も何度も唱和させられ、唱和させられながら走らされ、笛を吹かれれば全速力で駆け出していく。脱落する者は当然現れる。


「立てっ! お前はSGだろうっ!」


 と、ラットローグに無理やり肩を抱き起こされる。SGでもない片岡進之介は吐息を小刻みにしながら、涙をぼろぼろと流している。


「泣くなっ! 走れっ!」


 うわっ、と、わめき散らしながら片岡は再び走る。隊列に追いすがっていく。洋瑛もすっ転ぶ。菊田もすっ転ぶ。雪村も、圭吾も、藤中も。女どもも。


 そのつど、そのつど、ラットローグが吠える。


「お前らはSGだろうっ!」


 すり減った精神のみでわずかながらに支えられているだけの彼らの頭の中は真っ白であり、「お前らはSGだろう」という言葉だけが叩き込まれていく。彼らは自分でもなんでもなくなっていく。わけのわからぬ「SG」という亡霊みたいなものに取り憑かれていく。


 そして、掛け声だけが駆け巡る。


 皮肉なことに、この掛け声を作ったのは近田洋次郎少佐である。ふざけ半分で作ったものなのである。ところが、SGのモットーはこの掛け声から引用された。


 絶望的な疲労によって、恐怖の感情すらも無くなってしまった洋瑛の頭の中は、父が作った死への行進歌に埋め尽くされていく。






 日没になっても訓練が続き、19時半になってようやく終了したかと思えば、すぐさま浴場に叩きこまれ、


「5分ですべて終えろ!」


 と、ここにもラットローグは小銃を抱えてくっついてき、この点、女どもを監視しているのは笹原少尉なので、少しばかりの猶予があったが、ぼろきれのような体を洗い流して食堂に連れてこられても、シゴキはいぜんとして続いている。


 食欲がまったく湧かないままに目の前の夕食に手をつけないでいると、ラットローグがすぐに駆けつけてきて殴り蹴飛ばしてくる。無理やり口の中に押しこむしかない。


「国民の血税を吐くんじゃねえぞ。ゲロ吐いたら射的にしてやるかんな」


 食事をするにしても泣きながらであった。


 自由時間というものは無いに等しい。荒砂山のときのように食堂は憩いの場ではなくなっており、すぐに兵舎へと叩き出される。しかも、1人1部屋ではない。男と女が分かれ、パイプ製の二段ベッドが並ぶというプライベートもへったくれもない寝床に押し込まれた。


 20時前、峠大尉がやって来る。ベッドルームに1列に並べさせられ、挙手敬礼する。


「なんだ、その顔は」


 と、意味もわからず、全員が巨漢の峠大尉に殴られた。これは隣のベッドルームの女どもも同じだった。


「死んだような顔をしているんじゃねえ」


 ベッドに入っていないのに、消灯させられた。


 そして、峠大尉もラットローグも去っていき、ようやく、あらゆる監視の目から解放されたのだが、途端にすすり泣く声が響く。声を上げて泣いているのは片岡進之介と軽部圭吾だった。涙を流しながら仲間たちの頬を治癒させていくのは藤中だった。雪村は前髪を垂らしてうなだれたままでいた。菊田は涙目で何かを睨みつけていた。


「どうして。どうしてこんな目に」


 という女々しい声を発している片岡を洋瑛は夜目でもって睨みつけていた。


 すべてを引き剥がされたようにしてぼろぼろの心と体にあったが、最後に峠大尉に殴られ、そしてようやっと束縛から解放されたとき、洋瑛は気づいたようにして峠大尉やラットローグに憎悪が湧いた。いよいよその領域に入ろうとした。


 しかし、片岡と圭吾が泣き出したので、憎悪が一転、仲間たちへの軽蔑となった。


 洋瑛は目玉を剥き出しながら唸る。


「これがお前の憧れていたSGなんだろうが」


「全然違うよおっ! こんなのレンジャー部隊じゃないのっ!」


「お前バカか?」


 洋瑛は吐き捨てると、寝床の場所の取り決めもしていないというのに、勝手に二段ベッドの梯子を登っていき、上段の硬い布団の上に寝転がる。


「だったら、お前の憧れていたSGってのはレンジャー以下だってことか? あ?」


 洋瑛は薄っぺらい掛け布団で体を包み込み、寝返りを打つ。


 菊田がつぶやく。


「ほかの奴らは牛追坂と黄羽に行ったって言うけど、あいつらも同じ目に合っているのかよ。合ってないだろ、絶対に」


「そうだろうな……」


 と、雪村が言葉を漏らす。


 圭吾がぐずぐずと泣きながらも言う。


「これからもずっとこんなのだったら、もう――」


「どういうことなのか聞いてみるしかねえべさ」


「誰に訊くんだよ。田中教官も笹原教官もあっち側じゃないかよ」


 藤中に菊田が返していると、洋瑛は我慢ならずに体を起こした。


「ごちゃごちゃうるせえんだよ。こちとら疲れてんだ。寝かせろ」


「お前よ」


 と、菊田が歩み寄ってきたのが、夜目の洋瑛にははっきりとわかる。


「荒砂山ではあれだけ暴れ回っていたお前が、ここじゃおとなしく優等生になるっていうのか?」


「そうだよ。俺は黙って従うわ。そうしてな、あいつらの思い通りの兵隊になってな、あのガムクチャ野郎と筋肉ダルマの全部の歯を抜いてな、生爪の全部を剥がして、指の骨から1本ずつ折っていって、最後には命乞いさせてぶち殺してやる」


 洋瑛は布団をかぶって、再び横になる。


「あいつらの期待通りの兵隊になって、あいつらがご満悦になったとき、あいつらの頭を蜂の巣にして脳味噌ぶちまけてやるからよ、そのときはお前らもよく見とけ」


 本気でそう考えていた。洋瑛にしてみれば、今すぐにでもそうしてやれるが、己の矜持がそれを許さなかった。今、ここでそうしてしまえば、負けたことになるのだった。いっときはそうしようとしたが、仲間たちの情けない姿を見て、考えを変えたのだった。


「絶対に殺してやる。天進橋の真ん中で公開処刑にしてやる」



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