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俺と! くろの! 我思う故に底辺生活  作者: ぽっち先生/監修俺
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俺と! くろの! 書き方講座8コーナー

俺と! くろの! 我思う故に底辺生活のコーナーがはじまるよー。

さあ、今宵も懲りずに始まった俺くろよろずコーナーですが今回のテーマも人称です。


くろ様、前回は『一人称視点』の説明で終わったので、今回はもうひとつの書き方である『三人称視点』について語りましょう。


え~っ、また続けるのか?前回の説明で大体判るのではないのか?


まぁそうなんですけど一応『三人称視点』のメリットなんかも語っておかないと片手間落ちかなぁと思いまして。


『三人称視点』のメリットのぉ。そんなのあったか?


くろ様、面倒がらずに仕事して下さい。あるに決まっているじゃないですかっ!なけりゃ『三人称視点』なんて生き残っていませんよ。


そうか、まっ『三人称視点』は別名『神視点』とも言われておる。つまり作家本人の語り口で物語が進行してゆく形式じゃな。『一人称視点』も作家が書いているのじゃから『神視点』と言えなくもないが、あれは神が主人公に憑依しているようなものである。じゃが『神視点』は、神という物語には直接関与しない存在が物語の流れを語ってゆくのじゃ。そしてこれには亜流が沢山存在する。なんせ基本なんでもありな表現技法じゃからな。そこに絶対的なタブーは存在しない。結局は読み手が物語を理解できれば良いのじゃからな。


あーっ、結局どうゆうことなんです?


例えを挙げるとする。基本『三人称視点』というのはテレビでアニメを見ることじゃ。この場合、視聴者が読み手でアニメが書き手じゃな。因みに『一人称視点』で作成されているアニメはほぼないはずじゃ。じゃからアニメを例にとった。


あーっ、ぎりぎり『涼宮ハルヒの憂鬱』あたりが『一人称視点』ぽいですけど、確かにああいった技法を用いているアニメってあまり見ないですね。


じゃろ?一番視聴者と共感しやすいと思われるヒーローものでも基本は『三人称視点』である。それは何故か?アニメが『絵』で説明する情報媒体じゃからじゃ。文章で情報を伝える小説と違いアニメは『絵』と『音』で情報を伝える。つまり情報の濃度が段違いに濃いのじゃ。故に主人公視点で語る『一人称視点』では情報が飽和して零れ落ちてしまう。だから間口の広い『三人称視点』で作成するのじゃ。これがアニメを『三人称視点』の例として挙げた理由である。


『三人称視点』って間口が広いんですか?


先にも言ったが『三人称視点』は何でもありじゃからな。全てを書けるのじゃ。勿論そこにはルールが存在する。いや、ルールというより気配りか。なんせ何でもありじゃから読者を置いてきぼりにしてしまう事もままある。物語とは読者へ情報を提供する事なのに、その情報が読者に伝わらなくては本末転倒じゃ。


気配りですか・・、で具体的にはどのような?


『人称』の固定じゃな。先にも言ったが『三人称視点』は亜流が沢山存在する。『三人称単視点』『三人称多視点』『三人称ナレーター視点』『三人称神視点』などが有名処じゃがそれ以外にもある。それどころかこれらの視点の複合や亜流まである始末じゃ。そうなってくると読者は読み進めるのに非常に苦労する。なんせその読ませ方を読者が学習せねばならぬからな。


うわ~っ、面倒ですねぇ。まるで文法の違う色々な外国語の文章をそのまま直訳して日本語で読むみたいです。


そうじゃ、その文法に慣れ親しんだ者なら違和感なく読めるが、そうでない者には言葉の置き換えが必要となる。しかし、そんな苦労を読者に強要しては誰も読んではくれぬじゃろう。故に『人称』はひとつに固定し安定させねばならぬ。もっとも斬新さを狙った作品ならわざとやる場合もあるじゃろうが、一般に受け入られるかは疑問じゃ。前衛的な絵は時代が追いつくまでは酷評されるのが常じゃからな。


成程、で具体的な『三人称視点』がアニメというのは何故なんです?


アニメは情報の全てをテレビ画面に映し出す。勿論台詞や音声も同じじゃ。画面と連動しておるからな。そして主人公が敵と対峙している場面でも後ろでザコキャラと戦っているサブキャラが映るのじゃ。


あーっ、そんな場面もありますね。


主人公が父親の指導で猛訓練している後ろで、電柱の影で涙する姉の姿もちゃんと映し出される。この描写は主人公には知りえぬはずじやが、テレビを見ている視聴者は知る事ができるのじゃ。


くろ様、例えが古すぎます。私は再放送で見ているから判るけど、今時熱血野球アニメなんか見る若者はいませんよ。


えっ、そうなのか?○○○とか○○○とか結構あるじゃろう?


あれは青春部活動モノですよ。根性は描かれていますがど根性とは違います。


まっ、それは置いておくとして、この様に物語の流れをそれぞれの場面において書き表すのが『三人称視点』である。これはweb小説が流行る前は主流であった。なんせ先にも言ったが、みなこの書き方をお手本にしていたからな。参考にした書き方が『三人称視点』なのじゃからそうなるのも自然なことじゃ。


くろ様、微妙にまたテーマから脱線しています。『三人称視点』の説明はもういいですから具体的な書き方を教えて下さい。


だからアニメを見たまま書けばいいのじゃ。どんなところで誰が何をどうしたとな。そしてその後はこうなって、でもこれがこうしてああなったからこっちがこうなったと。


くろ様、全然具体的じゃありません。


じゃから視聴者がアニメの感想文を書くように書けばいいのじゃ。できれば小学生が書くような方法がベストである。あれがああなった。それがそうなった。そしてこれがこうなった。と言った感じじゃな。つまりストーリーを書き出すだけ。そこに視聴者の感想はいらない。なっ、小学生の感想文じゃろう?


くろ様、小学生を舐めていますか?立派な感想文を書く小学生だって沢山いますよ。


そうじゃな、しかし、殆どは我が言ったような内容のはずじゃ。先生に聞いて見るがよい。ほぼ確実に肯定する声が返ってくるはずじゃ。


でも『三人称視点』が小学生の感想文っていうのはちょっと・・。


いや、大まかな書き方が似ていると言うだけでその通り書いたのでは本当に駄文になってしまう。我が感想文を例に出したのは、小学生たちは読んだ物語のあらすじをつらつらと書いて、その後にちょっと自分の思いを書き足す程度の技法を使うと言うところじゃ。感想文としては駄目じゃが内容を書き出すというところが肝なのじゃ。これをちゃんと書き出せばあら不思議、物語の筋が出来上がっておる。まぁ、他人が書いた小説でこれをやると丸パクリじゃがアニメでやれば勉強になる。もっともそれを投稿したら大笑いじゃがな。あくまで『三人称視点』の書き方を勉強する上でのひとつである。


つまりアニメの中で表現されている事を自分の言葉で書き表せばそれが『三人称視点』の表現となるのですね。


そうじゃ、但しそこに視聴者の気持ちが入ってはいけない。視聴者はあくまで情報の記録者である。気持ちを込められるのはアニメを作った側の作り手だけじゃ。


成程、見たままを自分の言葉で伝えはするが、そこに書き手の感想はいらないと。淡々と説明するのが『三人称視点』なんですね。


そうじゃ。勿論キャラクターの台詞などは変えてはいけないがな。しかし、それは練習として模写した時だけじゃ。自身のオリジナルならやり放題である。故にみな自身の言葉で自分だけの妄想世界を書くのじゃっ!うまくいけば印税ががっぽがっぽであるっ!


うまくいけばの話ですけどね。しかし、『一人称視点』とか『三人称視点』とか、何故こんな分け方が存在するんでですかねぇ。結局物語の情報を読み手に伝える方法の差だと思うんですけど。


それは文字媒体の情報伝達レベルが低いからじゃ。『絵』は誰が見てもそのままんまの情報が伝わるが、言葉でそれを伝えようとすると忽ちあやふやになる。受け手の語彙が未熟だとどんなに的確な言葉で伝えても相手には理解されぬ。文章とは読み手にも書き手と同じ程度の教養を強要するのじゃ。おっと、韻を踏んでしまった。まいったのぉ、我の博識はちょっとしたところでこぼれ出てしまう。うむっ、構わぬっ!我が許すっ!我を称えよっ!


-お後がよろしいようで。-

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