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番外編 これでもデートは初めてです

フィル×セレストの後日談、本編エピローグ手前の時系列です。

後書きにて嬉しいご告知があります!!!!


 戴冠に向けての準備が、慌ただしく進められている。


 二体の星獣を従え、先王アーヴァインの息子でもあるフィルの王位継承について、表立って反対する者はいない。

 けれど、廃王に重用されていた者たちは、隙あらば新国王フィルの足下を掬おうとしてくる。


 フィルは、これまで支えてくれたシュリンガム公爵家やクロフト伯爵家、そしていつの間にか新国王派となっているバートランド侯爵家に報いる方法を模索しつつ、あからさまな贔屓とならないように、いろいろと気を使っているようだ。


 旧王家に近しい家の者にも機会を与え、貴族のバランスを取ることによって、味方を増やそうとしていた。


 軍人だったフィルにとって、突然国を統べる立場になり、(まつりごと)を取り仕切ることになった現状には、苦労が多いはずだ。

 セレストも実質的には王妃だから、彼を支えなければならない。

 けれど模範的な貴族として暮らしてこなかったセレストは、すぐに自分の生き方を変えられずにいる。


(王妃の教養? しきたり……? 社交界での立ち居振る舞い……? さっぱりだわ……)


 軍人として求められてきた生き方と、なにもかもが違っている。

 そしてフィルと同じように、人間関係で苦労していた。

 そばにいる全員が味方とは限らない状況は、軍に所属していた頃にも経験している。

 それでもまだ、剣を振るい術を使って、実力で相手を黙らせることができたから、マシだったのだと思い知らされる。


 精神的に限界を迎えつつあるセレストだが、不満は口にできなかった。


 セレストよりもフィルのほうがより多くの重責を担っているからだ。


 死に戻りの人生が始まった当初は、セレストが生き延びるために一方的にフィルを巻き込んだという認識でいた。

 けれどジョザイアの動機を知って以降、その認識が逆だったと判明し、フィルはそのことをかなり気にしているみたいだった。


 一度目の世界のセレストの死因は、王家の争いに巻き込まれたこと。つまり、フィルが血筋を隠していたことが根本的な原因……と、彼は考えてしまうのだ。


(でも、シリウスの存在が王太子殿下にバレてしまったのは、私を守るためだったわけだし……)


 一度目の世界で、護衛としてシリウスがついていなければ、セレストは死んでいたかもしれない。

 フィルとセレストの人生は「誰のせいか」なんて考えても答えが出ないくらい、複雑に絡み合っていた。


 そんなふうに考えながら、慌ただしい日々を過ごしていたある日……。


 朝食のあと、すぐ近くまでやってきたフィルが、セレストの耳元でささやいた。


「セレスト、今日はちょっと出かけないか?」


「視察ですか?」


「いや、デートだ」


「……デ……デート!?」


「息抜きをしないと俺たちは死ぬ。さすがに限界だ……。昔よく着ていたワンピースに着替えて、城を抜け出すぞ」


 コソコソとした態度から、これがおしのびなのだとわかる。


「だ、大丈夫ですか?」


「ドウェインとクロフトには言った。……仕事もそれなりに終わらせてある」


 なんとなく「言った」だけであって「許可を取った」という状態ではない気がした。


 けれど、重責を担っているからこそ、休息は必要でもある。

 正直、限界を感じているのはセレストも一緒だった。

 だからフィルの提案に頷き、こっそり着替えをして、置き手紙を残し城から抜け出す。


 術者にとって、城壁を飛び越えることくらい容易だ。


 じつは物理的な壁のほかに、術で作った見えない壁もあるのだが、それは許可のない者の侵入を弾くものだから、フィルとセレストには発動しない。

 術で跳躍して壁を越えると、一気に自由になった気分だ。

 もちろんこれは束の間の休息だとわかっている。


 外にでると、フィルがセレストの手を引いて歩き出す。

 城から一番近い商業地区までは徒歩での移動となった。


「ほら、帽子は深くかぶっていろ。俺と違って、君は目立つんだから」


「はい……」


 右目を眼帯で隠していた頃は、むしろフィルのほうがどこへ行っても「エインズワース将軍」だとバレていた。

 眼帯の印象が強いせいで、はずした状態だと変装なんてせずとも、フィルは街を出歩ける。

 なんだかずるい気がした。


(でも……二人でこんなふうに出かけるのは、事件が解決してから初めてだから嬉しい……)


 そこでセレストはふと思いついた。


「これって初デートかもしれません!」


「そんなわけがあるか……。これまでだって、二週間に一度はどこかに出かけていたはずだ」


 セレストは首を横に振る。


「これがデートだと……宣言して、お出かけするのは初めてなんです」


 一度目の世界では師弟関係で、二度目の世界ではずっと保護者と被保護者という関係だった。

 フィルはよく「差し障りがある」と言って、努めてセレストを保護対象として扱うようにしていた。

 だから街へ出かけても、必需品の買い出しだったり、保護者の付き添いだったりして、デートとは呼ばなかった。

 セレストが未成年のうちは、そういう対応が必要だったのだ。


「なるほど、そうかもしれないな。……だったら今日は……君を妻ではなく恋人として扱おう」


 その言葉がくすぐったくて、セレストはうつむきたくなってしまった。

 けれど貴重な時間を無駄にしないために、フィルの腕をそっと掴んで、素直にエスコートを受ける。

 それからしばらく、賑やかな街を歩きながら、いろいろな店を見て回った。


 デートの記念にちょっとしたアクセサリーを買って、カフェにも立ち寄る。

 軽い食事が終わってから、フィルが細長い紙を取り出した。


「よくわからんが、ドウェインが劇のチケットをくれた。もうすぐ入場時間だから、行ってみないか?」


 ただ街をふらふらしていたわけではなく、フィルのなかにはしっかりとしたデートプランがあったらしい。


「ぜひ! ええっと……『聖なる剣の継承者』? 格好いい題名の劇ですね」


 タイトルからなんとなく、冒険譚のような内容を想像する。

 貴族向けの歌劇ではなく、大衆演劇のようだった。

 セレストはチケットを眺めながら、フィルと一緒に劇場の前までやってきた。

 チケットにはタイトルと日時しか書かれていなかったのだが、劇場には主役二人が描かれた大きな看板があった。

 聖なる剣を持つ茶色の髪の青年と、寄り添う淡い髪色の女性――冒険譚でありながら、恋愛要素もあるのだとなんとなく察せられた。


 セレストは既婚者だが、心は年頃の令嬢のつもりだ。

 当然、十代後半の令嬢が好む恋愛物語はときどき読むし、そういう内容には興味津々だった。

 だから、期待しながら劇場の中へと進む。

 席についてしばらくすると、劇場内の明かりが落とされ、開演の時間となった。

 大衆向けだけれど、舞台装置も衣装も凝っていて、すぐに夢中になっていったのだが……。


(なに? ……なんなの、この劇……?)


 だんだんとストーリーに違和感を覚えはじめる。


 身分は低いけれど確かな実力を持つ騎士が、国王に疎まれて、薄幸の少女と結婚する。

 子供を妻にするなんて、騎士にとっては屈辱だっただろう。

 けれど騎士は、兄代わりとしてその少女を慈しんだ。


 やがて、邪竜が現れ騎士は王命により討伐へ向かうことになる。

 今生の別れになるかもしれない二人……。

 騎士は少女に指輪を渡す。


 この指輪が君の指にぴったりになるまでには必ず帰る……そう言い残して……。


(ひ、ひゃぁぁぁっ!)


 セレストは、とんでもない既視感を覚え、卒倒しそうになった。上演中でなければ、悲鳴が声になっていたはずだ。

 以降のセレストは、左手の薬指にある指輪が気になって、終始右の手で触れていた。


 劇はまだ終わらない。


 邪竜が住まう山に向かい、凶悪な化物と対峙する騎士。

 国一番の剣技を持っていても、邪竜は倒せない。

 瀕死の状態となったとき、天から光が差し込み、聖なる剣が降ってくる。

 それを手にした騎士は、みごと邪竜を討ち滅ぼす。

 聖なる剣は、王族にしか扱えないもののはずだった。

 騎士は、国王によって追放された王族の生き残りだったのだ。

 そこから聖なる剣の所有者に従う者たちと、悪政を行う王との対立が始まる。

 騎士がその戦いに勝利した頃、少女も大人になっていた。

 二人は結ばれ、国に平和が訪れる。


(は……恥ずかしすぎる……!)


 終演を迎える頃、セレストは真っ赤になって、舞台を直視できなくなっていた。

 二人とも無言のまま席を立ち、ほかの観客の流れに合わせて退場する。

 放心状態で、人がまばらになるところまで歩いてから、ようやくフィルが口を開いた。


「俺たちは……なにを見せられたんだ?」


「た……たぶん、私たちを意識した劇です……」


 架空の国が舞台だったから、ノディスィア王国には存在しない呼称があった。

 けれど、邪竜は翼竜で、聖なる剣は星獣を表していたように思えた。


 おそらく、新国王が民から歓迎されることを願った何者かが、こんな芝居を作ったのだろう。


「おかしい……」


「お、お……おかしいというか、なんというか……恥ずかしい劇でした」


 まだ、冒険譚だけだったら、こんなにむず痒い気持ちにはならなかったはずだ。


「そうではなく、俺が十歳の君に指輪を贈ったことを知っているのは誰だ?」


「……あ!」


 指摘されて初めて、セレストは考えてみた。

 当時国を動かしていた廃王や高位貴族たちの策略により「平民の星獣使い、フィル・ヘーゼルダイン」と十歳の少女が結婚することになった経緯はともかく、指輪のことを知っている者は限られている。

 アンナやモーリスもなんとなく知っているはずだけれど、あの時立ち会ったのは星獣たちと……。


「ドウェイン。今回ばかりは許さん。……絶対にしばく……!」


 確かに、指輪の件以外にも、その場に立ち会った者でなければ知り得ないエピソードが含まれていた気がした。

 彼がどこまでこの劇に携わっているのかはわからないが、新国王夫妻のなれそめについて情報提供したのは間違いない。


(でも、今日のお出かけって、ドウェイン様が協力してくれているのよね?)


 フィルは詳しく話さなかったけれど、チケットを手配したのがドウェインならば、きっとそういうことなのだろう。

 悪気はなさそうだから、セレストはつい庇いたくなってしまった。


「で……でも、ドウェイン様のおかげで、楽しい一日になりましたよ。……ドキドキして、ハラハラして……十分に羽を伸ばせました」


 とにかく心臓に悪い劇だったが、恥ずかしい部分も含めて、ばっちり記憶には残った。

 これは劇を楽しんだと言っていいのだろう。


「セレストがそう言うのなら、まぁ……機密にあたる内容ではなさそうだし、目をつぶるか」


「ええ」


「では……そろそろ帰ろう」


 いつの間にか夕方になっていた。

 さすがに城へ戻らなければいけない時刻だ。


 こっそり抜け出したため、帰りも行きと同じ方法で城壁を越えた。

 そしてどうにかセレストの私室までたどり着く。


 名残惜しいけれど、これでデートは終わりだ。


「そうだ……初デートの記念に……」


 部屋に入る直前、フィルがセレストの腰をギュッと引き寄せた。


(……へ?)


 セレストが、彼に不意打ちでキスされたことを理解したのは、すべてが終わり、フィルが背を向けて廊下を歩きだしてからだった。

小説版1巻が発売してから3年以上お待たせいたしましたが

コミカライズの人気と読者様の熱いお声のおかげで2巻(電子書籍オンリー)の発売が決定いたしました。

詳細は活動報告にて!!!

これからもセレストと星獣たちの応援をよろしくお願いいたします。

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2025年12月10日

ノベル2巻は電子書籍で発売

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