二十四話 戦いの幕開け
機動力に優れる筋翼人の先行部隊が一早く東門へ向かいラムフェス軍を食い止め、ユニバール軍の歩兵部隊を残りの筋翼人達で誘導し、やはり東門へ向かう。
その後続部隊に入っているブレイバス達が東門に到着する。
「な……!」
ユニバール軍を率いるジークアッドが驚愕の声を漏らす。
先ほどまで自分たちがいた南門、巨大な鉄の扉が立ちふさがりその周囲は鉱山で覆われた天然の要塞。
ここでもまたあの雄々しい門が侵入者に対し鉄壁の守りを誇り、今度はこちら側を守る砦となる、はずだった。
が、そこにあったものは、ブレイバスが破壊しまわった南門よりも更に無残に粉砕された残骸が転がる絶望の荒地。
そしてそれら鉄の残骸に混ざるように地に伏せるは、血を流した幾つもの翼。
奥に見えるは、ユニバール軍とはまた違う甲冑を纏った百人を超えそうな数の兵士達。それらの兵士の内何人かは王冠を被った竜の紋章の戦旗を掲げ、それらの中心には焦茶髪で頬に大きな古傷をつけている筋肉粒々な大男が大きめの瓦礫に腰を下ろしている。
その男が纏う甲冑のヘソの辺りにも、やはり戦旗と同じ紋章が象られていた。
「バド!」
筋翼人の女戦士、ウィングルがその中の一人に近づく。
それは紛れもなく、先ほどまで行動を共にしていた南門を指揮する筋翼人バドであった。
「う……ウィン……グル……」
近づいたウィングルに、血まみれのバドが返事を返す。
震えるその手をつかみ、ウィングルは更に声をかけた。
「バド! バド!! しっかりして!! こんな……アンタでさえも……!」
「よーお、ようやく本隊のお出ましか」
ウィングルの言葉など意にも留めていないように、その大男が声を上げた。
「遠目から人間とこの鳥人間共が仲良しこよしでこっち近づいて来てんのはなんかの間違いかと思ったが、そうでもなかったようだな? ……なぜユニバール軍がここにいる?」
大男がユニバール軍へ鋭い目を向け問いかける。
それに対し、ジークアッドが一歩前に出て口を開いた。
「我らは王の命を受け、大空勇翼鉱山の住人達と同盟を結びに来た。私はユニバール【四天将軍】次席、【忠真騎士】ジークアッド・フリージアル! ラムフェスよ! 一体どんな大義があってこの山に戦争を仕掛けた?」
「は? ……はは、ははははははははははははッ!!」
ジークアッドの言葉に、大男は自身の額に手を当て、突然大笑いをし始める。
それを見てジークアッドは歯ぎしりをし、声を荒げた。
「何が可笑しいッ!」
「いや! わりいな! 俺もお前と殆ど同じだったんだよ!! 俺らラムフェスも人手を集めててな!! この鳥人間共を勧誘しに来たってわけだ!!」
大男の言葉に、ウィングルと同じくユニバール歩兵部隊を誘導していた大柄な筋翼人トーリィが割って入る。
「何が勧誘だ!! 我らが領域に侵入しておいて一言二言のみ話し、こちらが帰還を願った途端に戦いを始めたのは貴様らのほうだろうッ!!」
「お? お前は……戦いになったと思ったらさっさと逃げってた鳥か。そうかお前がこの本隊を連れてきてくれたんだな? 嬉しいね~。……だが、人聞きの悪い事言うなよ。『お前らがラムフェスの交渉を拒むから仕方なく蹂躙に移行した』んだ。弱ぇヤツが強ぇヤツに逆らっていい理由なんかねえからなあ~!」
「貴様……!」
トーリィ達筋翼人の目に殺意が籠り今にも飛び出さん勢いになった時、大男は突如瓦礫から立ち上がった。
「ってな建前は別にいらねえよなあッ!? 正直に言うぜ!! 俺は強え奴らと戦いてぇッ!! そのためにラムフェスの軍隊に入ったッ!! 敵をぶっ潰している内に将軍にまでなっちまったッ!!」
聞いてもない事を大声で喋りだす大男。腰を上げてみればその大きさがよりよくわかる。
身長は2メートルをゆうに超える超巨漢。起立と同時に背中から抜いた武器もまた2メートルほどありそうな超大剣。
「ユニバール【四天将軍】っつったな!? つまりはテメェがユニバール最強の男だってわけだッ!! 俺も名乗るぜよく聞けよッ!! ラムフェス【竜聖十将軍】No,6【剛竜】ザガロス・ガイザードッ!!! テメェら!! 雑魚共はくれてやる! ジークアッドとやらには手を出すなッ!!」
ザガロスの叫びと共に周囲のラムフェス兵たちもまた雄たけびをあげ、『ラムフェス軍VSユニバール、筋翼人連合軍』の戦いが始まった。
◇◇◇◇◇
ブレイバスは、戦いになると同時に他の兵士と同様に前方に駆けた。
(ザガロス将軍……やっぱり戦闘狂か、ジークアッド将軍とのタイマンをしたがってるみてえだ、が!)
ブレイバスは他の敵兵士には目もくれず真っすぐにザガロスのほうへ向かう。
「【破壊魔剣】!」
そしてその途中、自身の魔法を展開する。
叫びと共にブレイバスが持つ大剣が黒い氣で真っ黒に染まった。
だが、そんなブレイバスの行く手を遮るように空中から何かが飛来する。
「フンッ!」
空中から迫るソレを、ブレイバスは大剣で受けた。重い衝撃と共に金属音が響き渡った。
ソレは空中で身を翻し、ブレイバスから少し離れて着地する。
「へえ、ワタシの一撃を簡単に止めるなんてね、やるじゃない」
ブレイバスは攻撃していた相手を改めて観察する。
相手は黒い髪に黒い肌、そして黒い鎧をまとった女。
身軽な動きで数メートル宙を飛び、その勢いのまま両手に持った手斧でブレイバスに斬りかかってきたのだ。
「ブレイバス・ブレイサー、多分この隊で一番強い男がこの俺だ。そんな俺の相手をしようってのかい姉ちゃん、あたりめえだが女だからって容赦しねえぜ?」
「へぇ、わざわざ了解をとってくれるなんて優しいね、口説きにしちゃ味気ないけどワタシも名乗っといてあげるわ、【剛竜】部隊副官ザギーネ、よろし────」
おそらく『よろしくね』と続く言葉なのだろう、しかしその全てを言い切らずにザギーネは口からふくみ針を吐き出しブレイバスのほうへ飛ばした。
相手のリズムを狂わせる動きではあるがブレイバスはそれを難なくかわし、瞬時に一歩踏み出すと大剣をザギーネに向かって振り下ろす。
ザギーネも身軽な動きでその大ぶりな一撃を難なくかわす。
────が、その降り下ろしが地面に当たるとそのまま荒地を爆発させ、散弾のような瓦礫と突風のような砂埃を撒き散らした。
「な! なんだいそのパワーは!? まるでザガロス隊長のような……」
ザギーネが言いかけたとき、砂埃の中から現れたブレイバスが眼前に迫る。
その時には既に【破壊魔剣】は解かれており、鈍く光る大剣でザギーネの腰を大きく薙ぎ払った!
「が……!」
薄手の鎧は容赦なく砕け、骨も砕ける音がブレイバスの耳に届く。
身軽な身体がバウンドしながら地を滑り、ザギーネの身体は動かなくなった。
「……容赦しねえと言ったばかりなのに、ちょっと甘かったかな、俺も。……しかしまあ、よっぽど当たり所良くなきゃどうせ死ぬか」
【破壊魔剣】を解いた判断をやや嫌悪気味に振り返り、ブレイバスは再びザガロスの方へ目を向ける。
「『ザガロス隊長のような』か、なるほどそうかもな、相手は俺の事なんざ知ったこっちゃねえだろうが……」
ブレイバスは少しだけ独りごちると、再び戦乱の渦中に身を投げていった。




