十五話 必要なモノ
クレイとレアフレアは再び深い森を歩む。
そんな中クレイは、時にレアフレアの手を取り、時に足元の蔓や草を払い、レアフレアが移動しやすいように極力配慮する。
そんな中、大きめの池が広がりその付近は藻がまとわりついた岩の道が続く地形出る。
「レア、ここも慎重に行こう。水に落ちたら大変だ」
「は、はい!」
クレイはまたもレアフレアの手を取り、その滑りやすい道を慎重に歩いた。
──そのとき、岩の間、藻に隠れクレイ達からはわからない土の部分が盛り上がる。
そこに土があると思っていなかったクレイは反応が遅れる。
そこから勢いよく飛び出してくるのはやはり影突殺土竜! その狙いはレアフレア!
「はぁッ!」
一瞬反応が遅れたクレイではあったが、レアフレアを軽く突飛ばしながら、飛び掛かるモグラを空中で見事斬り捨てた。
────が、その焦った勢いの代償として、滑める藻に足を滑らせ、
「うおぉ?!」
クレイは水しぶきをあげながら池に落ちた。
「クっ君!」
反射的に叫んだレアフレアではあったが、内心そこまでは焦っていなかった。
池はそこまでは深い訳ではなく、流れがある訳でもない。つまりそのまま手の届かない所まで沈んでしまうことは無いであろう。
そもそもクレイならば自身の身体能力を活かしてきっとすぐにあがって来る可能性が高い。むしろここで自分が下手に手を差し伸べる事は視覚を奪われた中這い上がってくるクレイの邪魔になるかも知れない。
「……」
しかし、それはすぐに間違いだと気がついた。
本来ならばイレギュラーに対し即座に対応するクレイが、池に落ちある程度水泡も収まってきた今尚、全く音沙汰が無いのである。
「クっ君!」
レアフレアはクレイが沈んだ場所に両手を突っ込む。
予想通り池は深くはなく、すぐにクレイの腕らしきものが手に当たった。
「ええぇいぃっ!」
レアフレアは両手でしっかりそれを握り、引っ張り出す。
出てきたのは当然クレイの上半身。
しかし、意識が無いのか目を閉じたまま全く動かない。
「やあああぁっ!!」
そのまま力を振り絞り、クレイの全身を池から引っ張りあげる。
クレイは力なく滑る地面に崩れ落ちた。
「クっ君! しっかりして!」
「ぅ……」
動かないクレイを仰向けにして揺らす。するとクレイの口から僅かに声が漏れた。
それを聞き、レアフレアは少し安堵する。
「クっ君!」
再びクレイの身体を揺らすレアフレアであったが、クレイの口からはそれ以上の反応はない。
レアフレアは今度はクレイの胸に耳を当てる。
確かに心臓の鼓動が聞こえた。
先程の声は意識を取り戻したものではなく、無意識で発せられたものであったか。
しかしそれでわかった事は、クレイは死んでしまった訳でもなく、多量の水を飲んでしまった訳でもないという事。
急に冷たい池に落ちた際、そのショックで気を失なってしまったのだろう。あのまま放置していたらそのまま溺れてしまっていたかも知れない。
そういう意味では比較的すぐにクレイを引っ張りあげた事は英断だったとレアフレアは胸中で自画自賛した。
(でも、アレで池に落ちちゃう事も、それで気を失なっちゃう事も、なんだかクっ君らしくないな……)
そう、高い崖から落ちても、狂暴な野生生物と対面しても、クレイの咄嗟の判断力と行動力は何度もレアフレアの考えの上をいった。
それにより今日1日でレアフレアはどこか安心していたのだ。
大変な事になってしまったが、クレイと一緒であれば乗りきれる、と。
(…… ……!)
そこでレアフレアは気がついてしまった。
連続するクレイの活躍により、何度も危機を乗り越えてはきたが、当然クレイも人間である。
体力にも集中力にも限りがある一個人に過ぎない。
──上から降ってくる岩石大蠍に対し、決死の覚悟で自分を庇ったのも、
──崖からの落下の際、自分を抱えながら刹那のタイミングを見切り、魔法を駆使する事により落下死を逃れたのも、
──岩石大蠍相手に自分を守りながら戦ったのも、
──複雑な地形を自分が歩き安いようにリードしたのも、
──影突殺土竜がいつ襲ってくるかわからない空間で、常に神経を張り巡らせていたのも、
──ザガロスと相対した際、言動一つまで気を使い、最善の形でその場を収めたのも、
その全てが確実にクレイの体力と集中力をすり減らしていた事に。
その全てが自分を守るために行われていた事だった事に。
「クっ君……」
そう呟いた時、レアフレアは自分に冷たいものが当たるのを感じた。
反射的に空を見上げる。
「雨……いけない!」
自分はともかく、これ以上クレイの体力を冷たい雨に奪わせる訳にはいかない。
レアフレアはすぐに周囲を見渡す。
すると運よく近くに、ちょうど雨宿りが出来そうな小さな洞穴が目に入る。
(まずはあそこまで行ければ……!)
思い立ったレアフレアは、すぐにクレイを背中に担ぎ上げた。
そもそもレアフレア以上の体重があるクレイであったが、軽鎧を纏っている事と水を吸っている事でより重くなっている。
また通常、人は背負われる際に無意識にでもバランスを保とうとするため、ある程度は運びやすい。そのため意識の無いクレイの体重は通常以上にレアフレアに重くのし掛かる。
重いものを背負う習慣もないレアフレアではあったが、それでもこの場は極めて真剣な目付きで、足を震わせながらも一歩ずつクレイを洞穴のほうへ運んだ。
そして何とかその穴までたどり着き、雨の当たらない所にクレイを寝かせる事に成功する。
(……ふぅ、ここまではいいけど、雨に当たらなくても、クっ君すでに池の水で濡れていますよね……)
濡れた衣服は周囲の気温に合わさり、そのまま身体に張り付き体温を奪う。
レアフレアは軋む手足を尚も動かし、クレイの軽鎧を脱がしにかかった。
(コレはこうして……ええっとこの金具はどうやって外すんだろう……)
鎧に触る事など、ましてや他人が着こんでいるものを外す事など経験がないレアフレアは、初となるその作業を手探りで一つずつ行う。
クレイを助けたい一心で、多少時間はかかったものの見事軽鎧の取り外しに成功した。
(ふぅ……一番厄介な鎧は外せたけど、やっぱりその下の服も濡れていますよね、どうしましょう、衣服を脱がしても代わりになるものがないとクっ君の身体が冷えてしまいます……いや、そもそも既に相当冷えているのだから火か何かで温めないと……)
そこでレアフレアは洞穴の中を見渡した。
何か火をつけれそうな物、身体を拭けそうな物がないかと。
しかし、この狭い洞穴で都合よくそんなものは見当たらない。
(少しどこかに探しにいきましょうか? ……でも、布はともかく身体を温められそうな物なんてこの辺りには……)
思考しながらレアフレアは自分の額を拭い、胸元に風を通すべく自身の服をパタパタと振る。
(私自身も汗と雨で結構濡れちゃいましたね……まぁこれくらいは気にしている場合でも……)
自分の身体を見下ろしながら、レアフレアはそこで手の動きをピタリと止めた。
(身体を拭けるモノと温められるモノ……)
少しだけ思考し、横たわるクレイの方を見やる。
レアフレアは自分の顔が確実に熱くなっているのをしっかりと感じた。
(この翼、と……人肌……)




