十三話 進展と対面
崖から落下し、その先で岩石大蠍を撃退してから多少時間がたった頃、クレイはレアフレアの案内を受け筋翼人が住む拠点に向かって歩き始めていた。
落ちる前までいたどこまでも続く様な荒地とは違い、こちらは木々が密集する深い森。
現地人であるレアフレアの案内がなければ右も左もわからず遭難してしまっていた事だろう。
そんな道なき道を歩く中、大木の根や植物のつるが蔓延る場所を移動する際、クレイは翼が曲ってしまった事でいつもの低空浮遊が出来ないレアフレアに手を差し出す。
「レア、この辺足場悪いし段差も激しいから足元には気をつけて」
レアフレアもその手を取り、クレイのリードを受けながら歩き慣れていないその道を確実に進む。
「クっ君ありがと~です~」
本人の要望通り『レア』と呼ぶことにすると相手からの呼び名も『クレイさん』から『クッ君』に変わった。
最初は少し抵抗を感じたクレイだったがそれも相手からの友好表現なのだと思い、特に訂正はせずにそのままにしていた。
真剣に足元を見下ろし一歩一歩進むレアフレアと手を繋ぎながら、クレイは相手の白く美しい翼を見やり口を開く。
「レア、その曲った翼は治りそうなのかい?」
「ん~、自然完治となると少なくとも数日は無理ですねえ。折れてはないですけど、骨の所がちょっとやられちゃってるみたいです」
「……痛くないの? それ」
「ちょっと痛いですよ~、でも私小さいころからしょっちゅうこう言う事ありますから、なんだかもう慣れちゃいました」
クレイはそこで、レアフレアが人里まで降りてきた時も翼が折れるほどのケガをしていたらしいことを思い出す。
通常人間が骨が折れる、あるいは曲るとなれば大の大人でも激痛で叫び回るほどであるはずなのだが、筋翼人の痛覚は、少なくとも翼に関しては人間のソレよりは随分鈍くできているのだろう。
また、他の筋翼人をみた事はないクレイではあったが、おそらくレアフレアは同種族の中でも注意力に欠けているのだろうと言う事はここ数日行動を共にする事でなんとなくはわかる。
彼女にとって『翼のケガ』は、クレイが野生動物との戦いでケガをするくらい比較的日常的な物であるのだろう。
「じゃあそれまでは飛ぶことは出来なさそうなんだね。リール達と合流出来れば多分治してくれるだろうけど」
「そうですねー、リールさんの『キズナ☆オレ』また飲みたいです!」
ともあれ翼が曲ってしまった事がレアフレア本人もあまり気にしていない事実にクレイも安堵する。
そして複雑な地形をもう一歩踏み進もうとした時、何かに気がついたレアフレアが突如声を上げた。
「クっ君! 下!」
その時クレイの足元が盛り上がり、土を爆発させながら何かが飛び出してきた。
「はあッ!」
クレイはその何かに対して反射的に剣を振るう。その剣閃は見事に標的を切り裂き相手を地に落とした。
そして自分を襲ったソレがなんなのか確認をする。
「キュ、キュー……」
「コイツは……影突殺土竜! こんな危険生物もいるのか!」
それは土の中に身を隠しながら獲物を待ち伏せし、素早い動きと大きく尖った爪で相手を襲う3-40cm程の黒い毛並みのモグラ。
レアフレアがいち早く気づきクレイに声をかけなかったら今の一撃には対応しきれなかったかも知れない。
「クっ君! 大丈夫ですか!?」
「ああ、助かったよレア。 ……ッ! 危ない!」
レアフレアに礼を言うため振り向いた時、レアフレアの背後からも二か所土が盛り上がる。
それを目視したクレイは握っているレアフレアの腕をひっぱり抱き寄せた。
「きゃっ」
更に同じタイミングで空いた手を前面にかざす。
その一瞬後に飛び出してくるは先ほどと変わらない大きさの影突殺土竜が二体。
「【結界障壁】ッ!」
先ほどとは違い完全に攻撃が来ることがわかっているクレイは、かざした手から魔法の障壁を瞬時に生み出す。
結果、土中からの体当たりを仕掛けてきた影突殺土竜は障壁に当たると地面に落ちた。
二匹は慌てて土の中に逃げようと素早く地面を掘り始めるが、それよりも早く【結界障壁】を解除したクレイが素早く近づきその二匹を斬り捨てる。
「……ふう、ここはコイツらの狩り場か、危険だな……レア、コイツらはまだいそうだ。ここの地形は急いで抜けよう」
影突殺土竜を倒したクレイはレアフレアのほうへ向きなおり、声をかける。
レアフレアからは元気よく「はい!」という返事を期待していたのであったが、いざ向き直ったレアフレアは少し呆けるようにしてこちらを見つめていた。
「……レア?」
「え? あ、は、はい! そうですね、いち早く抜けましょう!」
レアフレアはそういうと今度は手を繋ぐのではなくクレイの腕をしがみつくように両手で持つ。
必然的に先ほどよりも近くなった顔に、瞳を輝かせやや身長の高いクレイを見上げた。
「ありがとうございますです! クっ君に抱き寄せられて助けられるの、今日だけで二回目ですね!」
危険地帯だというのに動きにくくなるようにまとわりつくレアフレアにクレイは指摘しそうになったが、非常に嬉しそうにそう言う様子に、つい口をつさんでしまい、目を逸らして頭を掻いた。
そしてその時、前方から今度は四足歩行の動物が猛スピードでこちらへ駆けてくる。
「今度はなんだ? ……多角鋭鹿?」
四本の角をもつその鹿は、普段おとなしい生き物であり外敵からは身軽な動きを利用して逃げる事が基本。
事実今回もクレイ達を襲うようにこちらにかけてきている訳ではなく、クレイ達の間合いに入らない様に遠巻きにすぐに走り去ってしまった。
(と、言う事は何かに追われていた、か)
そう結論付けたクレイは多角鋭鹿がやって来た方角に再び視線を戻した。
そちらからは蔓が犇めく悪い足場を、力任せに強引に突き進む人影が目に入る。
「あーくそ! 逃しちまったか。旨そうな鹿だったのに」
姿を現したその男は、デカかった。
遠目で見ても身長はゆうに2メートルは超え、その肉体はまさに筋肉隆々。
焦げ茶色の髪を適当に固めたような髪型に、顔面にはこめかみから顎骨まで続く大きな切り傷をつけており、山賊のような肩の開いたトゲ付きの厚手の甲冑を身につけている。
自身の大きさもさることながら両手に持っている二本の武器も異常にデカい。
右手に大剣を、左手に戦斧を一つずつ握っており、その一つをとってもブレイバスの大剣の2倍近い長さと太さである。
おそらく常人では抱える事も困難なソレらを、ごく普通に握り締めなんでもないかのようにこちらに向かって歩いてきた。
「あん? 筋翼人の女に……人間、か? おいお前ら、こんな所で何をしている?」
相手もこちらに気がつき、ゆっくり歩きながら話しかけてくる。
クレイはその大男を見て冷汗を垂らしながら警戒を最大限に強める。ただし相手に無駄な敵意を示さない様に武器は構えずに、だ。
相手の着込む甲冑の中央、ヘソの上辺りにデカデカと王冠を被った竜の紋章が象られていた。




