十一話 落下
大蠍に押されながらの崖から落下。
更にレアフレアを両手で抱きかかえている状態なのでいつも以上に自由も効かない。
「きゃあああああああああぁあぁぁぁああぁっ!!」
高所からの落下のため下から突き上げるような突風を全身で感じる中、なびく金髪が視界を塞ぎ、その金髪と繋がっている抱きかかえた頭から発せられる絶叫により聴力も制限されることとなった。
(これは……不味いッ!)
それでもクレイは効かない五感をフルに集中させ、自分の置かれている状況を把握しようと試みる。
崖からの落下。
すなわちこのままでは死ぬ。
足が上になっている。
すなわち【結界飛翔】での高度復帰は無理。
両手も塞がっている。
すなわち【結界障壁】も無理。
金髪の合間から見えるのは緑。
すなわち下は森。
木々。
それなら────
「【結界飛翔】ッ!!」
クレイは落下予想地点から数メートル上、木々の枝や葉が自分と重なる瞬間を見極め叫んだ。
その叫びと同時に足裏から生み出された小さな結界を真横に蹴ることで、落下の向きを真下から斜め下に無理矢理変更させた。それにより自身の身体を木々の中に突入させる。
「きゃわわわわわあああああぁぁああぁあぁぁぁぁぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁぁっ!!!!」
盛大な音を立てながら全身が木々にぶつかり、ソレと同時に抱きかかえる頭の絶叫も更に激しく波を打つように振動する。
その衝撃で複数の枝をへし折り数多の葉を弾き飛ばす事でそのまま落下するよりかは幾分かブレーキをかける事に成功した。
「わひゃほわああああぁあぁぁぁあぁぁぁあああぁぁぁあぁああぁぁぁぁぁぁぁ……きゃんっ!」
そしてその木々を掻い潜るアトラクションが終了したかと思うと、二人はそこそこの速度で地面に落ちた。
落ちた際の衝撃によりクレイの手からレアフレアが離れ、二人は別々に転がる。
(いったぁ! ……でも! なんとかなった、か)
落下による即死はなんとかまぬがれたものの、それでもその衝撃はクレイの全身を駆け巡る。
衝撃によりしばし動かない身体は仕方がないと諦め、クレイは倒れたまま思考する。
(レアフレアさんもあれだけ叫べているなら大丈夫だろう……荒地の多い鉱山だけど、ここはたまたま森で助かったな……しかし随分落ちたようだ、上にどうやって上がろう……)
「く、クレイさん~」
クレイの思考はそこで中断された。まだ言う事の効かない身体の力を振り絞って重い目を開ける。
視界に入ったのは、覗き込むようにして見ているレアフレアの涙目の顔。
クレイと共に弾き飛ばされたレアフレアだったが、クレイがずっと頭から抱きかかえていたため外部からの衝撃の多くは受けなかったようだ。そのためクレイよりも復活は早かったのだろう。
「無事、みたいですね……レアフレアさん……」
クレイが言葉を発したのをみて、レアフレアの褐色の頬に大粒の涙が伝う。
そしてその一瞬後、レアフレアは大声で泣き叫んだ。
「わああああああああああぁぁぁぁぁっ!! ごめんなさいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
クレイがとりあえずは生きていた事の安堵と、自分を庇ったせいでこの事態を招いてしまった事による罪悪感からだろう。
泣き始めたレアフレアは止まらない。
自分の身体が動かない事、自分の発声は全てこの叫びに掻き消される事、目を開けていると相手の涙がこちらの目に入る事から、クレイは静かに目を閉じ、とりあえず無心になった。
◇◇◇◇◇
しばらくそのまま待機する事でクレイは何とか身を起こせる程度にまでは回復し、レアフレアも目を真っ赤にさせたまま鼻水をすすってはいるが流石に泣き止む。
「落ち着きました? 僕は落ち着きました」
「あ”う”~、おぢづぎまじた~」
涙で滲んだ真っ赤な目で申し訳なさそうにクレイをみつめながら、レアフレアは返事する。
いまいち落着ききっていない気もしたが、言っても仕方がないのでクレイはそれ以上の追及はやめた。
「よっと!」
そこでクレイは飛び起きるように立ち上がって見せる。
やはりその動作自体はまだ無理があるようで全身に鈍い傷みが走った。
(やっぱり、すぐには回復しないか。でもこれで……)
「クレイさん! もう大丈夫なんですか!?」
その動作にレアフレアは、手品でハンカチから急に出てきた鳥を見る子供のような驚いた目でクレイを見つめた。
「ああ、見ての通りだ。心配かけたね」
更にまだ痛む腕をやや無理矢理回して見せ、無事であることをアピールするクレイ。
その様子をみてレアフレアの顔をパアッと明るくなった。
「あぁ~、本当に良かったです~! クレイさん丈夫なんですね!」
とりあえず依頼主を無理矢理元気づける事に成功し、クレイは内心一息つく。
そこで口を開きかけた時、後方から何かが高速で近づいて来る音聞こえる。
クレイはすぐにそちらに振り向き、そしてすぐにそれが何なのか悟った。
「岩石大蠍!! さっき一緒に落ちたやつかッ!!」
木々をかき分けながらまっすぐこちらに近づいて来る大蠍に剣を構えながら背後のレアフレアに向かって言い放つ。
「レアフレアさん! ちょっと飛んで安全な所にいて下さい! コイツは僕が相手します!!」
普通ならば「下がって」と言うべきなのだが、相手は近くの動く者に本能で襲いかかる岩石大蠍。
クレイが相手をフットワークで錯乱しながら戦うとするのであれば、そのクレイを無視してレアフレアに襲いかかる可能性もある。
そこで飛行が可能なレアフレアに対しては「飛んで」とつける事でまず危害が及ばない木の上に誘導しようとしたのだ。
が、
「す、すみません、落ちた衝撃で今私、翼曲っちゃってますです!」
その声にクレイは剣を構えたまま顔を引きつらせる。
(つまり、全身が痛む今の状態で真正面からコイツを相手しなければならないか!)
考える間に大蠍は目前に迫っていた。
相手はそのままクレイとレアフレアをまとめて轢き殺すように突進を続ける。
クレイはそれに対し、構えていた長剣を両手持ちしまっすぐ伸ばしながら唱える。
「【結界真剣】!!」
瞬間、クレイの長剣が伸びた。
────そう見えるかのように刀身に魔法の刃を纏わせ、その尖端を迫りくる大蠍の足に向かって伸ばす!
伸びた【結界真剣】が大蠍に足に突き刺さると、その足は切り離され宙を舞い、大蠍本体もバランスを崩し、斜めに倒れ込む。
「はあッ!」
クレイはすかさず魔法を纏った長剣を振るい、【岩石大蠍】の甲殻の間を見事縫い、首を斬り落とした。
その数瞬の攻防の間に、背後のレアフレアの口から「きゃああぁわああぁ凄い!」と悲鳴と喜声が一息で発せられる。
首を斬り落とされて尚も数秒は動く蠍の胴体。しかし頭を失ったソレは獲物の二人を見つける事は出来ずに、適当に木に当たりしばらくすると動かなくなった。
「キモ……いや、恐ろしい生き物だな」
額の汗を拭いながらクレイは相手を称賛する。今回は最小限の動きでなんとか撃退できたが、いつもこう上手くいくとは限らない。
そんな生物が蔓延る危険な場所に手負いの状態で放り出された事を再認識し、この状況の打破に思考を張り巡らせようとした時、再びレアフレアが歓声を上げた。
「クレイさん! 凄いです! 凄すぎです! カッコいいです! 最高です! ありがとうございますです!!」
レアフレアはすぐにクレイに近づくと、クレイの両手を無理矢理とり翼ではなく足でぴょんぴょんと跳ねる。
「レアフレアさん、落ち着いて……」
突然のその行動にクレイは制止しかけた時、レアフレアは輝かせた瞳で真っ直ぐクレイの目を見ながらこう言った。
「『レアフレアさん』なんてそんな! 私の事、『レア』って呼んでください!」




