三十五話 VS【奇竜】エブゼーン・キュルウォンド3
全身から紅い光を放つクーニャに対し、クーニャを知る孤児院四人はそれぞれとっさに行動をとった。
クレイはミザーを、ブレイバスはエトゥを、リールはジアンに、それぞれ飛びつき自身の身体が盾となるように覆いかぶさる。
【審判紅針】を主体としたクーニャの魔法は、クーニャに一定の感情を向けている者への攻撃を行う。その感情とは基本的には『敵意』ではあるが、それもクーニャの感情次第で多少変化する。
クレイ達は自身が直接魔法の影響を受ける可能性は低いと考えた──と、いうより自分達をも巻き込まれる魔法であった場合、どの道全滅を免れる方法は無いととっさに判断した──が、味方ではあるが救出に積極的ではなかったミザーとエトゥ、倒れているジアンは魔法の対象内である可能性がある。そう考えての行動であった。
そしてゼイゲアスは、そのまま我が身がクーニャの魔法に襲われる事を覚悟でそのまま突進を続けた。
紅く染まりきったクーニャの全身から凄まじい量の紅い針状の波動が放出される。
視界全てが真紅に染まるほどの光とエネルギー、それは周囲全体を覆いつくし尚も放たれ続ける。
(ダメージは、ない!)
眩しい光に身を包まれながらも、クレイは自分の状況を把握した。とっさに近くのミザーを守ろうと抱きかかえはしたが、仮に今回のクーニャの魔法がミザーに害を及ぼすものであればその程度では意味がなかっただろう。しかしミザーにもダメージが無い様子を確認し、安堵する。
「ぷはっ! おいクレイ! なんだこれは!?」
尚を続く紅い光の中、クレイの腕の中から這い出るようにミザーは顔を出した。それによりクレイも手を離す。
「クーニャの……エブゼーン将軍の元にいた子の魔法だ! ここまで強烈なのは初めてだけど……」
そこまで言った所でようやく光がおさまってきたようだ。辺りの風景が少しづつわかる。
そしてその様子を見て、クレイは愕然とした。
ブレイバスやリール達、及び倒れているラムフェス兵や夜狼人達には異常はない。
異常があったのは、それ以外の全て。
草木も地面も岩も水辺も、森の何もかもが抉れ、壊され、荒地と言うのも生ぬるい位無茶苦茶になっている。
「これは……!」
クレイは絶句しながらも更に周囲を観察する。エブゼーンがいた場所に今現在、彼の姿はない。代わりに無傷のゼイゲアスが気を失っているであろうクーニャを抱きかかえていた。
「う……く……」
その場所から数十メートルは離れた先からうめき声が聞こえる。そちらに目を向けると、クレイ達の立ち位置からはやや下の段差の場、崖から落ちそうなギリギリの位置にエブゼーンは地に伏せていた。
豪華な鎧はボロボロに砕かれ、体中に火傷のような跡がついている。それでいて枯れ木のような歪な形の髪型だけは何故か先ほどと変わらない形を保っていた。
どう考えてもクーニャの魔法を至近距離で喰らいそこまで吹き飛ばされたのだろう。それで尚、息があるのは、何かしら防御行動をとったのか、たまたま吹き飛ばされるエネルギーが強く熱や打撃によるダメージはあまり受けなかったのか。悪運の強さも含め流石は十将軍と言った所だろう、クレイは内心素直に感心した。
(クーニャの今回の魔法の対象は……『自分に敵意がない者以外』、か!)
クレイ達は当然クーニャ本人に敵意はない。倒れている兵士や夜狼人も同様である。
そのため、幼いクーニャにとっては『生き物』として認知されない草木や、岩などの無機物、そして唯一敵意を向けていたエブゼーンがクーニャの魔法により壊滅的打撃を受けていたのだ。
「皆無事みたいだな、しかしあの野郎、まだ生きているのか」
クレイがそこまで考えた所で、エトゥのフォローにまわっていたブレイバスがクレイに歩み寄る。
「うん、でもまあ予定とはちょっと違うけど彼を倒すことは出来たみたいだね」
クレイがそこまでいった所で倒れていたエブゼーンが剣を杖代わりにし、全身震えながらも立ち上がる。
「この私が……貴様ら……許さんぞ……!」
血を吐きながらも吐き捨てるエブゼーン。明らかに満身創痍の様子ではあったが、その目は怒りに満ちており、降参や逃走と言った意思は一切見受けられない。
「霧よ! 私の元へッ!!」
気力だけで立っているエブゼーンが叫ぶと、自身の魔法【美麗幻影劇】の黄土色の霧がどこからか現れ──おそらくクーニャの魔法により遠くまで流されていたのだろう──集まり出しエブゼーンを包む。
「せっかく華麗に美しく勝利してやろうとしたものの……! だがもういい! 貴様ら全員! 私の手で! 直接ひねりつぶしてくれる!」
霧はエブゼーンの身体に吸い込まれるように消えていき、霧が消えるほどエブゼーンの身体は大きくなっていった。
その姿はまるで悪鬼。夜狼人の【獣還】などの比ではないくらい膨張するエブゼーンの身体に、ボロボロの鎧は耐え切れず破壊され剥がれ落ちていく。その瞳は怒りの目付きはそのままに、自ら操っていた兵士達のような焦点の合っていないどこか虚ろなモノに変わっていく。更に枯れ木のような髪は何故か歪に伸びてゆき、様々な方向に枝分かれしだした。
「これが……! これが! これがッ! 私の究極奥義ッ!! 霧に含まれた魔力を私自身の肉体に注入し、筋力に、つまりは身体能力に変換するッ! 【美麗幻想天使】ッ!!」
エブゼーンが三メートル近い巨体になる頃、クレイは落ち着いた声で隣のブレイバスに話しかける。
「ブレイバス、連携5だ。まだ魔法使える?」
「……ま、一発位ならな。チャチャっと終わらせようぜ」
ブレイバスの言葉にクレイは満足し軽く笑みを浮かべると、愛用の長剣を横に構え逆刃の切っ先に左手を添えた。
クレイの得意魔法、魔法の刃を前方に飛ばす【結界光刃】の構え。
ブレイバスはクレイの背後に回り込み、長剣を持つクレイの右手と逆刃に添えたクレイの左手を自分の大きな両手でそれぞれ握る。
その時、クレイの長剣が黒く光った。そして二人は同時に叫ぶ。
「【破壊光刃】!!」
長剣から放たれたのは黒い氣が纏われた魔法の刃。
その刃はやや下方向に角度をつけながら飛んでいき────いまだに霧を吸収し続けパワーを溜めているエブゼーンの足元の地面に命中した。
そのままエブゼーンに向かって放ったのであればそれは防がれていたかも知れない。しかし、自身に当たらないと判断したエブゼーンは回避も防御も行わなかった。
地面に刃が命中した瞬間、そこは爆発を起こした。エブゼーンが立っていた場所は崖ギリギリの足場。
「……え?」
エブゼーンが立っていた足場はそのまま粉砕され、間抜けな一言と共に歪な巨体は遥か下へ落下した。




