三十四話 VS【奇竜】エブゼーン・キュルウォンド2
突如エブゼーンの近くに、現れた赤髪の少女。それはゼイゲアスの運営する孤児院仲間の一人、最年少のクーニャだった。
見知ったクーニャが出現した事を遠目で確認したクレイ、ブレイバス、リールがそれぞれ叫ぶ。
「クーニャ!?」
「はぁあ?!」
「どうしてここにクーニャが?!?」
三人の困惑はもっともだろう。遠く離れた孤児院にいるはずの幼い仲間が戦場真っ只中のこの場にいる事など、ありえないはずなのだ。
状況を理解したゼイゲアスが舌打ちをした。
クレイ達とリガーヴとの戦いにゼイゲアスとジアンが助けに入る時、幼いクーニャと同行は危険だと判断し、ジアンの【心診真理眼】でクーニャの状況がわかるようにした後、合流予定箇所にクーニャは待機してもらっていたのだ。
ゼイゲアス達の予定ではリガーヴを相手した後すぐにその場に戻るつもりだった。
しかしヴィルハルトにクレイやジアン達が攫われ、そうこうしているうちに大きな戦いが始まってしまった。
予定の時間を過ぎてもいつまでもゼイゲアス達が戻らない事が心配になったクーニャは、戦いの音を辿って独り出歩き、ここまで辿りついてしまったのだろう。そしてそれがたまたまエブゼーンの近くであった事は不運以外何物でもない。
クーニャが何者か、詳しい事はエブゼーンはわかってはいない。しかし、クレイ達の困惑ぶりからおおよその事は瞬時に予想した。
「こいッ!」
エブゼーンはすぐにクーニャを攫うように持ち上げる。困惑し、硬直するクーニャはそれにまともな抵抗をする事は出来なかった。
そしてエブゼーンは自身の魔法を少しだけ展開し、クーニャに霧を纏わせる。
(良しッ! コイツも魔力を持っている!)
エブゼーンの狙いはクーニャを人質にこの場を逃れる事、ではない。
エブゼーンの魔法【美麗幻想劇】の能力。霧が展開されている際、その霧の中で発動された魔法はほんの少しだけ、皮膚で酸素を取り入れ皮膚呼吸するかのように魔力を吸収する。
予め説明しておかない限り相手に気付かれる事はまずないが、当然吸収できる量は限られる。
しかし、霧を密集させ対象を纏わせれば、精神を支配する事と似たような手順で強制的に多くの魔力を吸収する事も出来た。
それによりクーニャから魔力を奪い、汎用性の高い【美麗幻想劇】を上手く使い実力でここを逃れようとしたのだ。
「は、ははははははははッ! お前達! コイツの命が惜しければそれ以上近づくな!」
相対しているクレイ達の思い切りは強い。人質のような扱いなどどれほど効果があるかはわからないが、僅かにでも相手の足が止まれば儲けもの、と言わんばかりに一応声を上げた。
そしてその一声はエブゼーンの予想以上の効果を発揮し、クレイ、ブレイバス、リール、ゼイゲアスの四人は足を止める。
「エブゼーン将軍! 止めるんだッ!」
クレイが叫んだ。突如現れたクーニャがそのまま人質になった事で悲壮な表情を明らかにする。
対照的にそんなものはお構いなし、あるいはこちらが行動を起こす前になんとかしようと接近を早めるのはミザーとエトゥ。
「ミザーさんっ! エトゥさんっ! 待って下さいっ!」
戦場に立つものとして正しい判断を下しているはずの夜狼人二人を、リールが青い顔をしながら言葉で静止する。
リールのそのあまりに悲壮な表情に、ミザーとエトゥはつい足を止めてしまった。
ゼイゲアスは投石で相手を止めようと足元の小石を持つが、それでもクーニャに直撃する事が頭に過ぎり行動を起こせないでいた。
「エブゼーン! 今すぐその子を離せッ!!」
リールと同じく悲壮な顔をしたブレイバスも続けて叫ぶ。
それらの様子を見て今まで冷や汗を垂らしていたエブゼーンは、急に下卑た表情を浮かべると一気に強気に声を上げた。
「ああいいともッ! すぐに離してやる!! コイツの魔力を搾り取ったらな!!」
その時ゼイゲアスは覚悟を決め、猛ダッシュでエブゼーンの元に駆けだした。
クーニャを人質にとった事の効果が思いの外有効に感じたエブゼーンには、ゼイゲアスのその行動は予想外だったのだろう。
クーニャをゼイゲアスへの盾になるように前面に押し出し、空いた手で剣を構える。
「ぁ……あ……」
エブゼーンとゼイゲアス、二人のそれらの動作にクーニャは恐怖し、涙目になりながら声が漏らした。
そんなクーニャの顔を見て、クレイ、ブレイバス、リールの三人も怒りと焦りのような表情が強まる。
自分達はよく頑張った。この絶望的な戦力差を戦略とゼイゲアスの援護で立て直した。しかし、クーニャがこの場に来ることなど誰が予想できただろう。クーニャがエブゼーンに捕まることなど誰が予想できただろう。そう、不運だったのだ。
クーニャがガチガチと歯を鳴らしだした事を見て、ゼイゲアスは接近しながらも口を開く。
「駄目だ……間に合わん!」
そこでゼイゲアスはクレイ達の方へ目をやり、力の限り叫んだ。
「全員逃げろおおおおおおぉッ!! クーニャの魔法が来るぞおぉぉーーーーーッ!!」
「わあああああああぁぁーーーーっ!!」
ゼイゲアスの叫びに一歩遅れるように、クーニャもまた力の限り泣き叫んだ。
その瞬間、エブゼーンの腕の中でクーニャの身体が紅く光りだす。
「熱っ! な……!?」
クーニャから燃えるような異常な熱を感じたエブゼーンは、反射的にクーニャを持つ手を離した。
にも関わらず、クーニャの身体は地に落ちる事なくその場で静止している。
全身が真っ紅に染まり、ツインテールの髪を完全に逆立て宙に浮くクーニャ。
その異形の身体の目が見開くと、先程までのクーニャとは明らかに違う声で叫びをあげた。
「【真紅大暴走】ッ!!」




