三十三話 VS【奇竜】エブゼーン・キュルウォンド
ブレイバスを中心とした操り兵士達に有効な中~遠距離攻撃、突如現れたゼイゲアスの参戦によりラムフェス兵、夜狼人混合軍は劣勢に立たされていた。
「操り兵士は大半が壊され、親衛隊も全滅、か」
その様子を眺めながらエブゼーンは一人、険しい顔をしながら呟いた。
「たかが数人の女子供相手と侮ったか……更にあの化け物まで参戦してくるとは思わなかった……まさかこの兵力差が覆されるとは、ね」
顔を俯かせ、力なくうな垂れるエブゼーン。狂気と熱気を帯びた戦場の中、どこか寂しい風がエブゼーンを撫でる。辺りの草木は静かに揺れど、ガチガチに固められたエブゼーンの髪がたなびく事はなかった。
「これは戦力を見誤った私が悪い……仕方がない……」
エブゼーンが心底残念そうに己の心境を吐き捨てる。
そしてそこで顔を上げ、嫌らしく口角を上げ目を見開いた。
「私自ら終わらせてくれよう」
その一言と共に、エブゼーンは自身の親指と中指をこすり合わせ、軽快な音を鳴らせた。
◇◇◇◇◇
レヴェリアとの戦いに勝利したクレイは、再び自身も乱戦の渦中に身を投げていた。
ブレイバス及びエトゥの善戦、リールの援護、ゼイゲアスの介入などが上手く噛みあい、戦況は完全にこちらに傾いている。
(勝てる……!)
クレイは胸中勝利を確信した。
操り兵士相手に力負けはしたものの、相手の動きは極めて単調。行動もほぼ読めてきたため最初ほどの苦戦はなく、その場に応じた技と判断力で的確に相手を捌けるようになっていた。
尚も迫りくる操り兵士の内、一番近くの相手に目を向けた時、異変は起きた。
狂気的に襲い掛かってきた操り兵士達が、突然糸が切れたように倒れだしたのだ。
「! なんだ!?」
クレイは叫ぶ。
倒れていく兵士達をよくみると、薄い黄土色の霧が兵士達の身体から放出されていっていた。
「これは……エブゼーン将軍の魔法が解けている、のか……?」
放出されていった霧が上空で一か所に集まっていく。そこでやや遠くから演説のような高らかな声が響き渡る。
「その通り! 私の【美麗幻想劇】は時間をかけて宿主の精神を支配する! 支配には時間はかかるがこのように解除は自由!」
声の方向へ目を向けると、曲がりくねった古木のような頭と金銀煌めく鎧が特徴的な下卑た笑顔の男が目に入る。
そしてその男、エブゼーンは更に演説を続けた。
「この霧は私の剣術のように強く、私の美貌のように美しく、私の頭脳で機転を利かす様に多種にわたって効果がある!」
エブゼーンは右手の人差し指を上空に向け指している。その向けている箇所に霧が集まって行っているようだ。
「一つ、生物にかければ方向感覚を狂わせ精神を支配する! 二つ、霧が帯びている場所の状況は大雑把に把握できる! そして三つ! 魔力を探知し、発現された魔法の魔力を、皮膚呼吸のように吸収する!」
霧はみるみる内に大きな球体へとなっていく。それはまるで、今から落下する隕石のように────
「お前たちが! レヴェリアが! ラズセール兄弟が! 霧が散布されたこの森で多量の魔法を使ってくれたおかげで! ここまで大きなものに育ってくれたぞ! そしてこの霧は魔力の集合体!! 善戦見事だったぞ【悪魔殺し】の英雄達よ! 薄汚いなりに頑張った夜狼人達よ!! だがそれもここまでだ! 絶望し! ひれ伏し! 押しつぶされるがいいッ!」
エブゼーンはそこで上空にあげていた人差し指を、クレイ達を指す様にかざした。
「【美麗幻想終幕】ッ!!」
掛け声と共に一面を覆い尽くすほどの大きさとなった霧の球体が、質量をもって落下を始めた!
小さな波紋をことごとく掻き消す巨大な波紋のように、人間の力ではどうしようも出来ない災害のように、それは、クレイ達を容赦なく襲う。
それを確認し、ゼイゲアスは自身の魔法の展開に入った。
治療及び拘束と同時に、対象者を守る鎧ともなる【絶対的安静】をクレイ達にかけようとする。
────しかし、それよりも早く、クレイ達の背後から一つの人影が飛び出した。
背後から突如飛び出した人影を、クレイはただ目で追う事しか出来なかった。青緑の長い髪をたなびかせ漆黒のボディスーツを身に纏い、まるで自分達の盾になるように迫りくる霧の隕石に立ち向かう人影、ミザー・クウェルフ。
「ふむ、ここが急所だな」
しかしミザーは意味のない自己犠牲のために飛び出したわけではなかった。
球体の一部分、クレイ達にはただの霧の集まりの一部にしか見えない部分に、ミザーは跳躍の勢いのまま愛用のダガーを突き刺す。
小さなダガーが命中した瞬間、【美麗幻想終幕】は瞬く間に霧散し、消滅した。
「……は?」
ノリノリのポーズで指を振り下ろしていたエブゼーンの口から間の抜けた声が漏れる。
エブゼーンだけではない。他の者達も声にこそ出さなくとも心境は似たようなものであり、訳も分からず立ち尽くすことしか出来なかった。
ミザーはそのまま着地し、クレイの方へ振り返える。
「何を呆けている? この戦い、早く終わらせるぞ」
目のあったミザーの瞳は光りを放っていた。その輝きはジアンが【心診真理眼】を使うときと同じ瞳の輝き。
クレイはジアンがいるだろう方向に振り返る。
そこにはジアンは確かにいた。しかし一本の木に背中をかけた状態で座り込んでおり、寝ているように下を向いている。
流れ矢でも当たったのかと頭によぎったが、少なくとも遠目では外傷は無いようにみえる。それに仮にジアンが負傷したのであれば最後尾のリールが何らかの行動を移すだろう。
そんな疑問を余所に、前方からエブゼーンの戦慄き声が耳に入った。
「馬鹿な……馬鹿な馬鹿な! アレは今回の吸収分だけではない。私が長年費やし、貯めに貯めておいた魔力の大半だぞ!? それを……それを……消滅させただと!?」
「私の能力は直感。嗅覚や聴覚、それに経験則や第六感を合わせる事で高い精度を保ってきた。それに『視覚』の魔法が加わる事により、完成したようだ。霧は流動的な物。そんなものには必ず力の大小様々な所がある。……今の力があれば、霧の塊の急所をも簡単に見抜く事が出来るようだ」
エブゼーンの疑問に、ミザーもまた自分で確認するかのように自らの能力を坦々と説明する。そして一呼吸おいて、続けた。
「私も名づけたぞ。これが、おそらく夜狼人史上初の魔法にして私の、私達の魔法、【完成真理眼】!」
ミザーは言葉と共にダガーの切っ先を遠方のエブゼーンに向けた。ソレと同時にクレイ達の意識も困惑顔のエブゼーンの方へ向く。
「くそ……くそっ! 魔力が足りない! 戦略的後退だ!!」
エブゼーンは踵を返す。
剣術だけでもエブゼーンの実力は相当な物ではある。しかし多くの魔力を失った今、未知の力を纏ったミザーや明らかな超人であるゼイゲアスを含めたクレイ達全員を相手にするのは明らかに分が悪いと判断したのだろう。
────そこで、エブゼーンの近くの草木が揺れた。
エブゼーンは反射的にそちらに目を向ける。そこには赤髪ツインテールの幼い少女が困惑の表情を浮かべながら周囲を見渡していた。




