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二十九話 事の真実2

 ヴィルハルトの言葉にクレイは思考を更に飛躍させる。

 

「人と夜狼人(ウェアウルフ)は本来殆ど関わりを持っていない。夜狼人(ウェアウルフ)の一個人に不思議な能力があったとして、そんな事を詳しく把握している者なんて限られてくる……」


 クレイのその言葉にミザーは声を荒たげる。


「! まさか父が、族長エルダーが我々を人間共に売ったとでも言うのか!?」


「そうじゃない、もしそうなら族長の地位を利用してもっと確実な方法で君をラムフェスに提供するだろう」


 クレイはそこまで言うと一度言葉を切り、視線を落として一呼吸を置くと再び口を開いた。


「でも現実問題ラムフェス王国側に君の力は漏れている。夜狼人(ウェアウルフ)に内通者があるのか、魔法探知の類の魔法でもあるのか、もしくは何かしら伝承でもあって漠然と伝わっているのか……」


「……」


 クレイの推理にミザーは沈黙する。

 クレイが言っている事は憶測に過ぎない。しかし目まぐるしく変わっていくこの環境に、解決の可能性があるのであれば黙って聞くしかないのだ。


「……王都からこの獣神の聖域森林(フェンリルウッズ)までは馬車で数日はかかる」


 リガーヴと行動を共にしていた黒装束集団はラムフェス王国の諜報員や暗殺者の類だろう。そのような裏方の人間の出動。


「僕達が裏切ったと言う偽情報が国に入ってからヴィルハルト将軍達がこの森に来るのは早すぎる」


 その言葉に、ミザーとブレイバスはふとヴィルハルトの方を見やる。

 当の本人は笑顔のまま、飲み物の二杯目をワイングラスについでいた。


「つまり、『ヴィルハルト将軍達は偽情報が入る前から僕たちを追跡する部隊に組み込まれていた』事になる」


「……どういうことだ?」


 本格的に訳がわからくなったブレイバスが口を挟んだ。

 一方ヴィルハルトは笑顔を強くして聞いている。付き合いも長くなってきたクレイにはその表情の意味が分かった。──これは『正解』を意味するの顔だ。

 その顔を見て、クレイは数秒沈黙した。

 困惑の表情を見せるブレイバス。険しい顔をしたままのミザー。無駄に光り輝くヴィルハルト。


 それらを一通り見て、クレイは真っ直ぐとヴィルハルトの方へ向き、自分の憶測の答え合わせを求めた。


「ヴィルハルト将軍、僕らは……この国そのものに裏切られたということですか」


 ヴィルハルト達があり得ない早さでクレイ達討伐部隊に組み込まれている理由。それは、クレイ達がここで夜狼人(ウェアウルフ)と結託しエブゼーンの部隊に襲いかかるという既成事実が予め決まっていた(・・・・・・・・)事に他ならない。

 そしてそれを決める事は、当然ラムフェス王国上層部。エブゼーンはこの作戦の通りに動いたのに過ぎないのだろう。


「フッ よくぞその答えに辿り着いた フッ」


 そしてヴィルハルトも、その答えを正解と認めた。

 その言葉を聞いてブレイバスは呆然とする。その隣で、クレイもまた荒ぶる心を押える事が出来ず歯噛みした。


 しかしラムフェス王国にとっても誤算はあった。この極秘任務に対して、まさか最高位の将軍であるヴィルハルトとリガーヴが裏で標的を逃がそうとしているなどとは思ってもいないだろう。


「フッ 正直に言うと、私自身はお前たちが国の考えにより始末される事も仕方がないと思っていた フッ」


 突如ヴィルハルトが自身の胸の内を話し出す。その言葉に三人は反射的に身構えた。

 その様子に構わずヴィルハルトは話を続ける。


「フッ しかし、リガーヴは違った。無愛想なヤツだが先の任務でお前達に大恩を感じているようだ フッ」


 先の任務──【地烈悪魔(ガイアデーモン)】の討伐、その際の全滅回避の働き。そしてヴィルハルト、リガーヴ両名の部下たちの無念を晴らしたこと。


「フッ リガーヴが私に今回の作戦を持ち掛けてきた。もし失敗すれば自身の地位、あるいは命までも捨てる事になるかも知れんと言うのに フッ」


 先ほどまで本気で殺し合いをしていた──と、思っていたリガーヴが、実は最も自分たちの身を案じていたという事実にクレイとブレイバスの胸に複雑な気持ちが巡る。


「フッ まあそれで名目上はお前たちの確実な始末をする役として申し出たのだよ。クレイ、君がリガーヴと戦う前に言ったように、お前たちの行動をよく知る者として、な フッ」


 リガーヴと戦う前にクレイがリガーヴに言った言葉。それは始末のためではなく、他のラムフェス兵に見つかる前に自分たちを逃がすため。  


「フッ つまり我々の目的は『お前たち三人を始末したと見せかけ国外に逃がすこと』……お前たち悪魔殺しの英雄は、謀反を企てた罪として先ほど我々ラズセール兄弟との戦いで粛清され死んだ。この洞窟の奥を抜け、国境を越えろ。闇夜に紛れて数日も歩けばつくだろう フッ」


「まて! それでは父は、私の同胞達はどうなる!?」


 そこでミザーが口を開いた。

 ミザーからしてみれば一族の危機である。人間達の事情に巻き込まれ『はいそうですか』というわけにはいかない。


「フッ ある程度の犠牲はまぬがれないだろうが、さじ加減はエブゼーン次第だな。奴の目的はミザー嬢、貴女だとは言ったが、やはり名目上は夜狼人(ウェアウルフ)の説得、いや獲得だ。全滅させるような真似はしまい。もっとも、その後捕らえられた夜狼人(ウェアウルフ)達がどのような扱いを受けるかは、想像に難しくないが フッ」


「ふざけるなッ! 人間共は我々を隷縛するために、完全に蹂躙しに来たと言うのか?!」


 人間側の暴挙に声を荒げるミザー。そこにブレイバスがやや違う方向から加わる。


「それにヴィルハルト将軍、それは夜狼人(ウェアウルフ)がラムフェスに負ける事前提に話していませんか? 夜狼人(ウェアウルフ)の皆さん方、強いですぜ?」


 ブレイバスは二人の夜狼人(ウェアウルフ)と直接戦っている。肌で感じたその強さは、ラムフェス兵と戦っても簡単に破れるものではないという意見だろう。

 しかしそれに対してもヴィルハルトは涼しい顔をして口を開く。


「フッ 多少の個の実力差等、完全に押しつぶす事が出来るのが我々【竜聖十将軍】だ。エブゼーンもまたNo.9ながらそれに恥じない実力を持っている フッ」


 ヴィルハルトは髪をかき上げると更に反論を続けた。


「フッ そして仮に夜狼人(ウェアウルフ)がこの場でエブゼーンを退ける事が出来たとしても、それでも夜狼人(ウェアウルフ)とラムフェス王国では軍事力が違いすぎる。もうサイは投げられたのだよ。闇部族(ダークネス)との決戦に備え、戦力を一つに纏めるために、ラムフェスはこれよりこの国の少数他種族の制圧(・・)にかかる フッ」


 当初知らされていた事は他種族の説得による戦力集結。それを建前にした武力による制圧行動。


「それが貴様らの、人間のやり方かッ!!?」


「ヴィルハルト将軍! そこまでわかっていながら、貴方はそれに従うと言うのですか?!」


 ヴィルハルトの話す、他人事のような淡々とした言葉にミザーは怒りをむき出しにし、クレイもそれに続くように訴える。


「フッ 私も騎士だ。国の決定には従うのみ。……今お前達にこの事を話し、そして逃がそうとしている事のほうが、余程私情なのだよ フッ」


 ヴィルハルトは態度こそ飄々としているが、自分達が出来る最大限の事をクレイ達のためにしてくれているのはよく分かる。

 その答えにクレイが視線を落としたその時、ヴィルハルトは更に言葉を続けた。


「フッ しかしそれでもどうにかしたいと言うのならば方法が無いわけではない フッ」


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