二十四話 それぞれの闘い
ミザーとエトゥの元に向かう黒装束軍団。それを視界の端に捉えながら、クレイとブレイバスは胸中舌打ちをした。
しかし、現在自分たちが相手をしているのは王国最強の騎士。刹那の攻防を二人掛かりでして尚ようやく互角の状況、一瞬たりともその相手から目を逸らすことは出来ない。
その二人に代わって、リールがエトゥ達の元に走った。
ミザーは気絶したエトゥを庇うように前に出る。そのミザー目がけて黒装束の一人が黒塗りの刃を振りかざした。更にそれと連携を取るように他の黒装束も刃を取り出しミザーを襲う。
【獣還】を行い獣人の姿となったミザーであれば、それらの攻撃をとりあえずは爪と身のこなしで器用に受け止め、捌く事も出来ただろう。しかし多対一のこの状況では一旦受けに回ってしまうとそのまま防戦一方の状況に陥りかねない。
そこでミザーは獣人と化しやや大きくなった身体とその瞬発力で、黒装束集団の先頭に真正面から体当たりをかました。
「ッ!?」
「な……!?」
「ぐへぇ?!」
密集して隊列を組んでいた黒装束軍団は、先頭が押し返される事により連鎖して隊列と体勢を乱す。
それでもその被害を受けきらなかった黒装束数人が、素早く倒れくる仲間を押しのけながらミザーに向かって黒塗りの刃を振るった。
しかし、その攻撃は完全に見切っていたミザーはそれをかわす様に、縦に何回転もしながら高く跳躍した。
その曲芸のような動きの中ミザーの身体は少し萎むように変化していく。【獣還】を解き、人の姿に変化させたのだ。
回転跳びが最高点に到達する頃には、狼の体毛は消え失せ長い青緑の髪をなびかせながら人の姿に犬耳を生やしたミザーが、足の留め具からダガーを数本抜き取っており、それをそのまま下の数人に向かって叩きつけるように遠投する。ダガーは黒装束にそれぞれ直撃し、数人の黒頭巾を赤黒く染めた。
そしてミザーの身体が地に着くころには、再び【獣還】を行い獣人の姿になっていた。
(ミザーさん凄い! 狼さんの姿で接近戦をして、人の姿で道具をうまく器用に使ってる!)
その攻防を横目で見ながら、リールはエトゥの元に辿り着いた。気絶しているエトゥの前に素早くしゃがみ込み、手を組み念じる事で両手に強い光を纏わせる。
「エトゥさん! ごめんねっ! 【愛の鉄拳】!」
掛け声と共に光る拳を躊躇なく、そして容赦なくエトゥの打撲箇所に振りおろした。
獣人の身体が大きく痙攣し、リールの拳の光はエトゥの身体へ移った。
(コレですぐに起きてくれればいいけど……!)
即効性の回復効果を持つ【愛の鉄拳】ではあったが、痛み自体を瞬時に和らげるわけではなく、むしろ拳による衝撃が対象に激痛をもたらす。
そのため元々強刃な肉体を持っている者、もしくは予めその衝撃を覚悟していた者でないと【愛の鉄拳】を受けた後瞬時に行動することは困難。
「! ……く……はっ……!」
しかし夜狼人の戦士として十分な肉体を持つエトゥは、その衝撃が丁度いい『気つけ』となり意識を取り戻した。
その様子を見てリールは顔を明るくした。
「グッ!!」
が、それと同時に背後でブレイバスの苦痛の声が響く。
クレイとの連携で何とかリガーヴを押えていたブレイバスではあったが、一瞬の隙を付けいられ、黒槍の一撃を額にかすらせていたのだ。
「ブレイバスッ!」
「問題ねえよッ!」
クレイの呼びかけにぶっきらぼうに返すブレイバス。と言うよりこの嵐のようなの攻防の渦中では一瞬の油断が命取りになる。多少の傷など気にしている余裕などは全くないし、返事もそう返す他ないのだ。
体力的にも早くも限界が見えてきたブレイバスとクレイ、更に二人掛かりで最善手を打ち続けているにも関わらず押され始めた。そしてその二人に相対するリガーヴは、息一つ乱していなかった。
「ブレイバスッ! 連携3だ!」
続くクレイの言葉にブレイバスは、そして後方のリールもやや顔をしかめた。
それは多種にわたる連携を日々行ってきたクレイとブレイバスが、実戦での成功率が非常に低い連携であったからだ。
しかし闘いにおいては基本的にはブレイバスよりも状況判断に優れたクレイが行う事が多い。一瞬の判断が物をいう状況の中、クレイがそう判断したのであればブレイバスは迷わずそれに従う事がこの二人の連携の取り方だった。
「【結界光刃】!」
クレイの長剣から放たれた魔法の刃に合わせて、ブレイバスは後方に跳ぶ。
相対するリガーヴにとっては一瞬ブレイバスとの交戦を止め、【結界光刃】を迎撃しなければいけない。
リガーヴの持つ黒槍にあっさりと砕かれる【結界光刃】であったが、ブレイバスはリガーヴと多少距離を取り、クレイの元に近づく事に成功した。
更に二人は同時に高く跳躍した。リガーヴから見ると、宙の二人は丁度大柄なブレイバスの身体にクレイの身体が隠れてしまう。
その状態でまたもやクレイが叫んだ。
「【結界飛翔】ッ!」
空中で己の靴底に魔法の板を生み出し、それを足場に更に跳躍するクレイの得意魔法【結界飛翔】。
今回はソレをいつもより長く、自分のつま先より先に踵一つ分程の面積を創り出す。
そしてそのはみ出た面積を、ブレイバスが踏み砕きながら更に上に跳んだ。
「!!」
いつかの試合の時のように上下から同時に迫るクレイとブレイバス。しかしその時とは逆の役割が、リガーヴの意表をつく事に成功した。
そのまま地面に自由落下をするクレイは、その最中に更に叫ぶ。
「【結界曲鞭】!!」
クレイはそう言いながら両手から魔法のロープを生み出し、それを左右からリガーヴを挟み撃ちにするように振るった。
「くらえッ! 【破壊滅斬】ッ!!」
上空のブレイバスはそのまま技の動作に入りリガーヴに迫る。
つまりリガーヴからすると、上空、右、左からの立体的三方向同時攻撃──いや、その後クレイ自身が正面から迫る事を考えると四方向から同時攻撃を受ける事に近い。
────その時、リガーヴの瞳が今だかつてないほど真剣な物に変わった。
その極限の集中力が、リガーヴ自身に迫りくるいくつもの脅威をスローモーションのように見せる。
そしてリガーヴが行った事は、黒槍による連続薙ぎ払い。
これもいつかクレイが行動を共にしていた時に、野生の紅蓮猛毒蛇の群れを相手に見せた行動。
その一薙ぎ一薙ぎが、左右から迫る【結界曲鞭】を、自身に直撃する前に粉々に粉砕し、上空から迫るブレイバスに大振りの一撃をお見舞いする事によって、ブレイバスをUターンさせるかのように返り討ちにした。
「がッ……!!」
自身の向かう先が強制的に逆方向になるほどの衝撃を喰らったブレイバスは、空中でデジャヴを感じていた。
同じ日に夜狼人の戦士、ガリオンとデイブットの連携技により高く吹き飛ばされ死にかけた。そしてその時は木の上にいたリールの魔法により回復した。しかし今回は都合よく吹き飛び先にリールがいるわけではない。
◇
────ブレイバスが吹き飛ばされる数秒前、具体的にはクレイが「連携3だ!」と叫んだ時、その後方でリールは自身の魔法の動作に入っていた。
自らの両手を完全に伸ばし、いつも以上の魔力を込める。それにより【愛の鉄拳】使用時以上の光を生み出した。
そしてその光は手から捻出されるように球体になって行き、人の頭程の大きさになった時両手から零れ落ち、地面に向かって自由落下を開始する。
その光の玉が地面に着く瞬間、
「【愛の弾丸】ォッ!!」
ドゴォッ!
リールはその光の玉を右足で鮮やかに蹴り飛ばした。
その頃にはブレイバスはリガーヴによって空中を無様に舞っており、光の玉は真っ直ぐそのブレイバスの身体に飛んでいく。
光の玉がブレイバスに激突したかと思うとブレイバスの口から「癒であぁッ!?」という謎すぎる声が響き、ブレイバスの身体は──大振りを行いやや姿勢が崩れた状態で、次に来るであろうクレイ自身に完全に意識が向いている──リガーヴのほうへ飛んでいった。




