二十三話 VSリガーヴ・ラズセール、再び
崖の上からリガーヴは飛び降りた。
二階建ての家の屋根程はありそうな高さではあったが、リガーヴは何の問題も無さそうに着地する。
そしてリガーヴがいた崖の奥から更にいくつも人影が現れ出した。通常のラムフェス兵士ではない黒装束を纏った集団。
「他にも兵がいるか……」
ミザーはその様子を見て軽く呟いた。
「お前達は手を出すな! 俺が一人でやる」
こちらからは目を離していないが、奥の黒装束集団に言っているのだろう。
言い終わると手に持った黒槍を構え直し、今度はこちらに向けて口を開いた。
「クレイ、ブレイバス、リール。……何か言うことはあるか?」
任務を共にした時と変わらぬ、無愛想な顔と声。
極めて現実的な思考をし、常に最善の行動を躊躇うことなく行う最強の男。
この相手に対し、何を言っても戦闘は避けられないだろう。それをわかっていながら、クレイは真実を口にした。
「……僕たちは何者かの陰謀を受け、濡れ衣を着せられています。誤解を解く間も無かったため現在、場が落ち着くまで逃走という形を取っております」
「時間が立つほど両軍に犠牲者が増える。今、この場で濡れ衣であることを証明出来るか?」
返ってきたのはやはり現実的思考から導き出される返答。クレイ達自体、状況の多くを把握しているわけでもない。リガーヴの問いへの返答は……
「……不可能です」
潔く認めるクレイ、そして自らも長剣を構える。
「待って下さいリガーヴ将軍っ! クレイが言っている事は本当ですっ! それにおかしいと思いませんか? 私達がこの森に入ってそんなに時間もないのに夜狼人さん達とラムフェスを裏切るなんてっ!」
覚悟を決めたクレイに割ってはいるようにリールが声を張り上げる。
これも正論ではあるだろう。しかし、相手は国に支える最高位の騎士。問題なのは『真実かどうか』とは限らない。
「俺は任務に従うのみだ。証明出来ないのであれば、問答は終わりだ」
「そんな……」
僅かな期待を裏切られ、絶句するリール。
そのリールとは裏腹に他の戦士四人は既に各々戦闘体型を取っている。
その時、崖の上の黒装束軍団が一歩、その輪を縮めた。
気配でソレを察知したのだろうか、リガーヴの小さな舌打ちがクレイの耳に入る。
「いくぞ」
リガーヴは一言発すると膝を曲げ、僅かに力をためる。
その間にクレイの隣でブレイバスが叫んだ。
「【破壊咆哮】ッ!!」
ブレイバスの身体から赤黒い氣が放出される。
そのブレイバスの隣を通りすぎ、疾風の如くリガーヴに突進していくエトゥ。違う方角からミザーも遠巻きにダガーを遠投する。
────通常、【獣還】を行い、獣人と化した夜狼人の身体能力は人間のソレを凌駕する。別所でエルダーやミザーが獣人と化しラムフェス兵へ襲い掛かった際も相手はなすすべもなく蹂躙された。野生動物の筋力、柔軟性が備わるのだから当然ともいえるだろう。
だがそれもあくまで『通常』の場合である。……誤解が無いように言っておくが、エトゥの身体能力及び戦闘能力は夜狼人の中でも平均以上。現在体調も良好であり大きな心理的負担も持ってはいない。
ただ、相手が悪かった。
リガーヴは自身に迫る二つの殺意、すなわちエトゥの突撃とミザーのダガー遠投に対し、たった一つの行動でそれらを無効化した。
黒槍による薙ぎ払い。
槍術の基本動作の一つであるたったそれだけの行動が、高速で迫るエトゥをロクに抵抗を許さず吹き飛ばした。そしてその大振りな一撃はそのままダガーも弾き飛ばす。
「な……!?」
ミザーは絶句する。エトゥが吹き飛ばされた方向は、まさにミザーがいる場所。エトゥの身体はミザーを巻き込みながら飛ばされ、大木に激突した。
その一瞬後に【破壊咆哮】を纏ったブレイバスがリガーヴに迫る。
槍を振り切り隙があるはずのリガーヴだったが、すぐさま切替しを行いブレイバスの大剣を受ける。
その時にはクレイが二人の側面に周っており、自身の長剣に左手を添えて叫んだ。
「【結界光刃】ッ!」
刀身から放たれる鋭利な魔法の刃がリガーヴの首付近を襲う。
リガーヴはそれを回避するため、ブレイバスの大剣をいなしつつ一歩下がった。
今度はその僅かな時間の隙をつき、ブレイバスが叫んだ。
「【破壊魔剣】ッ!!」
手に持った大剣があっという間に黒い氣に覆われ、再びソレでリガーヴに斬りかかった。先ほどの一撃とは違い、通常『受け』を許さない圧倒的破壊力を持った魔法剣。
二つの魔法を同時に使用することにより、ブレイバスの体力がすぐに切れる事はわかりきった事であったが、力を温存して勝負になる相手ではない。そして今、回避を選択せざるをえない相手にこの勢いのまま攻め続ければ、勝てる!
────はずだった。
「おおおおおおおッ!!」
ブレイバスの攻撃に対し、咆哮を上げながら両手持ちした黒槍の薙ぎ払いで返すリガーヴ。
「ッ!?」
ブレイバスは驚愕した。
通常の武器ならば粉々に砕くはずの【破壊魔剣】を威力を黒槍の強度で受けきり、通常の相手ならば軽く吹きとばすほどの力を持った【破壊咆哮】の威力を自身の筋力だけで拮抗する。
ラムフェス王国最強を誇る【竜聖十将軍】が一人、【黒竜】リガーヴ・ラズセール。
強い事はわかっていた。過去に試合を行った。任務のために何日も行動を共にした。────それでも、わかっていたつもりに過ぎなかった。
身体能力だけではない。扱う武器も、気迫も、状況判断力も、リガーヴの戦闘力はブレイバスの予想の上をいっていた。
「【結界曲鞭】ッ!」
その二人から少し離れた位置からクレイはリガーヴの左手に巻きつけんとする軌道で魔法で造りだした鞭を振った。適当に行っている援護ではない。二人の一挙一動を、一瞬後の状況を予測し的確に有利になる一手を選んでいるのだ。
【結界曲鞭】から逃れるように槍の軌道を変えながらブレイバスに対抗するリガーヴ。
ブレイバスはクレイがつくった僅かな隙を利用し、再び攻勢に出る。
ブレイバスとリガーヴ、互いに大柄な得物の使い手であったが、二人の身体能力によりその武器を振るう速度は細剣や短槍のように疾く、しかしそのぶつかり合う力は大砲のように強く、一撃一撃が周囲の空気を振動させる。
ブレイバスが【破壊咆哮】を使用して尚、リガーヴの速度はブレイバスを上回ったが、クレイが絶妙な援護攻撃を行う事で、見事五分の闘いを行うことが出来ていた。
その嵐のように激しい攻防が続く中、リガーヴが降りてきた崖の上の黒装束の集団が動いた。
狙いは先は気絶したエトゥ。と、今まさにそのエトゥの下から這い出たばかりのミザーの元。
それを察知したミザーは素早く【獣還】を行う。
静かに、そしてしなやかにミザーの身体は人間の物から狼の物へと姿を変えた。




