二十話 すれ違う思い
エトゥに案内され到着した場所は乱戦状態だった。
ラムフェス兵と夜狼人、互いに10人以上の戦力が、剣、槍、斧、弓、ナイフに手甲等々様々な武器を振るい互いを傷つけあっている。
そして一つ、場の異常にクレイは気がつく。
(薄い黄土色の霧が出ている……これは、森に入った時と同じ……?)
特徴的な色で無ければ存在自体気がつかないかも知れない程に薄い霧。
周りもそれには気付いてはいるだろうが、目の前の状況の前には気にすべき事ではないのだろう。争う二つの勢力全員に聞こえるように、エルダーが吠えた。
夜狼人族長の森中に響き渡るかのように大きな、それでいてどこか威厳を感じる遠吠え。近くを走っていたクレイも思わずそちらに目を向ける。するとエルダーは既に自身の肉体を人の姿から狼の姿に変化させていた。
ミザー同様青緑の綺麗な毛色、先程の人間の時とは白髪と地毛の色比率が逆転している。やはり身体は一回り大きくなっており、やや長細くなった犬顔には先程と変わらない一文字傷が顔の中央を通っている。
「長!」
「ミザーお嬢!」
交戦していた夜狼人達はその遠吠えを聞くや否やラムフェス兵から直ぐに距離を取り、エルダー達の方に声をあげる。
ラムフェス兵も思わず手を止めたようで、場の全員の視線を集める事になった。
「お前達! その人間達は客人だ! 一旦下がれ! そして人間達よ! 我らと話し合いに来たと聞いたぞ! それが何故争いを始めているのだ!」
一時的に戦いが止まったタイミングを逃さず、今度はミザーが声を張り上げる。
「いたぞ! 青緑髪の獣人、アイツだ!」
「捕らえろ!」
「他は構わん! 抵抗するなら仕留めろ!」
ラムフェス兵達はそんなミザーをみやり、指をさし口々声を上げる。
「……ッ!」
何故か自分がラムフェス兵の標的になっている事に、絶句するミザー。
そのミザーに割って入るようにクレイが前面に出る。
「皆さん! 何をしているのですか! 我々の目的は夜狼人達の説得でしょう?!」
同じく全員に聞こえるように声を張り上げるクレイ。
しかしそれに対して返ってきたのは仲間達からの暴言だった。
「裏切りの英雄もいるぞ!」
「クレイ! 貴様夜狼人と共謀し俺たちをハメたんだってな!」
「お前の魔法にやられたという仲間がいる! 言い逃れは出来んぞ!」
「な……ッ!?」
完全になにやら誤解されている。それも最悪の方向に。
クレイはすぐに頭を回転させた。確かに先ほど自分はラムフェス兵三人に対し、夜狼人であるミザーと共闘して撃退した。
しかしそれは相手の様子が通常のものではなく仕方がなく行ったもの、むしろ襲われたのはこちらであり被害者なのだ。
(あの兵士達が目を覚まし、他の皆にそう言ったのか?)
クレイの疑問を余所に、夜狼人達からも次々と声が上がり出す。
「お、おい、なんで長とミザーお嬢の所に人間がいるんだ?」
「なんだアイツらは? アイツらがこの騒動の原因なのか……?」
「ラムフェス兵と面識がある、ということはアイツらが人間共を引き連れてきた、のか?」
ラムフェス兵からは憤怒と軽蔑の声が、夜狼人からは疑惑と嫌悪の眼差しがそれぞれクレイに投げかけられる。
「おいおい、やべーんじゃねーの?」
予期せぬ展開に、隣のブレイバスが冷や汗を垂らしながら呟く。隣のリールも無言ではあるが同じような心境のようだ。
人間と夜狼人、両勢力が今にもクレイ達に襲いかかって来そうなプレッシャーを感じる。
「確かに不味いな……ここは一旦……」
ミザーも状況をよく把握し何かを言いかけた時、隣のエルダーがそれを遮るように口を開いた。
「ミザー」
「ん?」
「……お前から見て、その少年クレイは本当に信頼に足る人物なのか?」
真剣な表情でミザーに問い掛けるエルダー。
エルダーにとってもクレイは先ほど出会ったばかりの他種族に過ぎない。多少初期コミュニケーションは上手くいったとはいえ、信頼出来るか言われれば難しいという判断が正常であろう。そしてそれはミザーも対して変わらない。
────はずだったが、エルダーの問いに対してミザーは眉をひそめて予想外の返答をした。
「? 父上、何を言っているんだ? 私の目と鼻が相手の心理を間違うとでも言うのか?」
ミザーの返事を聞くと、エルダーはミザーから視線を外しクレイの瞳をまっすぐに見つめた。
今現在ゆっくりしていられる状況ではない。そうではあるが、クレイもまたエルダーを真っ直ぐ見つめ返していた。
時間にして数秒もないだろう。しかし、見つめ合う少年と獣人の空間は、時が止まったかのように長く感じた。
「【大天使の翼刃】!!」
その沈黙に割って入るかのように、聞き覚えのある声が響く。
クレイとエルダー、二人を纏めて攻撃するようにラムフェス軍の中から複数の魔法の刃が飛んできた。
クレイもエルダーもそれを回避するようにそれぞれ左右に跳ぶ。
距離もあったためか【大天使の翼刃】は元々多少二人からそれた高さを通っており、仮に回避行動を行わなくとも魔法の刃は二人に命中することはなかっただろう。
魔法の刃が発射されたであろう方向に目をやると、灰色の髪の女騎士レヴェリアが手を広げたポーズでこちらを睨んでいる。
「レヴェリアさん……! も、当たり前、か」
ラムフェス軍に敵意を向けられていると言う事は、当然その一人であるレヴェリアも例外ではない。
【大天使の翼刃】を回避したクレイは軽く舌打ちをしながら抜剣した。話し合いもままならない状況で無抵抗であればむざむざ死を待つようなモノ、生きるためには戦うしかない。
そう思った時、エルダーが声を張り上げた。
「ミザー! エトゥ! お前達はクレイ達三人を連れて引け! この場は私が鎮める!」
エルダーはそう言いラムフェス兵達の元に駆ける。すぐに距離を詰めると狼の巨体で一番近くの兵士をふっ飛ばした。
それに続くように他の夜狼人達も次々と交戦を再開。場はあっという間に乱戦と化した。
急な戦いの再開に、クレイは一瞬動きと思考が止まる。しかしすぐにミザーがクレイの手を引きながら声を上げた。
「ボサッとするな! 長の話を聞いただろう! 私たちは引くぞ!」
ミザーの声に更にエトゥが続く。
「私が殿を務めます! 人間御三方! 走って下さい!」
ブレイバスとリールも自分がすべき事を把握しすぐに撤退のため走り出す。
一番の標的にされているようであるクレイもまた、頭を抱え歯を食いしばりながらそれに続いた。




