☆十四話 獣人戦姫
クレイは頭を下げながら手にした下着手渡し、そして相手の拘束を素直に解いた。
元々魔法の持続時間自体がそれほど長くはないという事情もあるが、そんな事を知るはずもない相手もその行動に面を喰らったのだろう。ひとまずは話し合いに応じる姿勢をとった。
「────つまり、他の人間とはぐれ、独り森を彷徨っていた所で、私に出くわしたと、そう言う事か」
「ああ。……信じてくれるのかい?」
クレイの返事に相手はなんともバツの悪い顔をしながら更に言葉を返す。
「ま、それが嘘なら私は今斬られているだろうからな。私を負かしたお前がそう言うのだ、信じよう」
そして一呼吸を置き、更に言葉を続けた。
「私の名はミザー・クウェルフ。族長エルダー・クウェルフの娘にして夜狼人最強の戦士だ。お前はなんという?」
ミザーのその言葉に、クレイは心の中で先ほどの自身の考えが当たった事をささやかな誇りに思った。
(やはり彼女は人間ではなく、夜狼人か。……人間とあまり変わらない姿をしているんだな、あの耳を隠すフードでも被れば殆ど見分けがつかないだろう)
考えていたことを胸中で整理すると、クレイも相手の問いに答えた。
「僕はクレイ・エルファン。ラムフェス王国騎士見習いで、一応【悪魔殺し】の英雄と呼ばれている」
そう答えるとミザーはクレイの方へ近づき、クレイの肩に顔を近づけた。そして鼻をヒクヒクと動かす。
クレイは下着姿の女性に触れそうなほど接近され、本能的に多少胸が高鳴る。そんな様子を知った事ではないと言うようにミザーはクレイの全身に鼻を近づけ嗅ぎまわった。
「ふむ、確かにこの世のものではないような邪悪な残り香がするな。これが悪魔の臭い、というやつか……?」
「……話通り、夜狼人は臭いに敏感なんだね。実際悪魔と交戦したのは何日も前で、その間に何度も水浴びはしたんだけど」
「なんだ、お前は夜狼人と会うのは初めてか。その割には妙に胆が据わっているな」
ややきょとんとした顔をしながらピクピクと耳を動かしながら言うミザーに、クレイは肩をすくめて答えた。
「多分それは育った環境のおかげかな」
その返事にはあまり興味がなさそうに耳の動きも止め、ミザーは踵を返すと池の方に歩いて行く。置いてある服の前までたどり着くとそこで止まった。
「我々と会話をしたいというのであれば、どちらにしても聞くのは族長だ。お前をそこに案内しよう」
「いいのかい? 得体の知れない僕を招いてしまっても」
「構わんさ、先ほど言った通り負けた私がお前を信じた。ただそれだけだ。それに、仮にお前一人が暴れた所で我々を相手にどうにかできるとは思えん」
そう言われてクレイは納得し、冷や汗を垂らした。
そもそも70名を超える隊で話し合いに向かう予定だったのだ。だからこそ相手に武力で解決しよう等と考えは起こさせずに説得が出来る。しかし既に状況は変わってしまった。エブゼーン達がこの森のどこに居るかもわからないのであれば、自分が単独で向かう事になる。そしてその際、向こうの出方次第ではクレイ一人では抗う事は出来ないだろう。
相手の招待を断る事も不可能ではないが、このままではどこに行けばいいかはもわからない。師ゼイゲアスの話では夜狼人は仁義がある種族らしい。相手がそれを通すのならばこちらもそれを信じる事が最善だろう。
ミザーを見ながらそこまで考えたとき、ミザーは突如その場で身につけている下着を脱ぎ始めた。その行動にクレイは思わず目を逸らし声を上げる。
「わっ! 何を!!」
「何って着替えだ。水と汗に濡れたままではかなわん。嫌なら見るな」
そう言われ、クレイはなんとも複雑な顔をしながらミザーから背を向け『気をつけ』の姿勢をとった。
◇
クレイがミザーから背を向け1分程経っただろうか。丁度クレイが意味もなく向いている森の中から物音が聞こえる。
(これは……なにかがこちらに近づいて来る……これは、人?)
クレイはそう判断し、意識を集中させる。明らかになにかがガサツにこちらに近づいてきている。クレイは長剣を構えソレがここに来るのを待った。
間もなく木々の向こうにその姿が見える。
「あれは……ラムフェスの鎧……という事は!」
クレイは歓喜した。近づいてきているのは先ほどはぐれてしまったラムフェス王国の兵士達だったのだ。数は三人、恐らく自分を探しに来てくれたのだろう。
そう思い、クレイは左手を上げ声を張り上げようとする。
だが声を出す直前に、相手の様子がおかしい事に気がつき、それを止めた。
(僕の存在に気がついているはずなのに、声も上げないし草木を無視するかのように強引に真っ直ぐこっちに来ている……?)
クレイはその異様な様子に目をしかめる。そしてより注意深く兵士達を観察した。
そこにゾッとしたのが兵士達の表情。目は虚ろでよだれを垂らしている者もいる。全く生気を感じられない。
(なにかおかしい!)
クレイは降ろしかけた長剣を構えなおした。それに反応してかそれとも偶然なのか相手三人もそこでこちらに向かう足を速めた。このままではすぐに互いの剣の間合いまで距離を縮めるだろう。
そこでクレイは長剣を横にし左手を刃に添え、叫ぶ。
「【結界光刃】!」
クレイが唱えると同時に長剣の刀身が光り、そこから鋭利な魔法の刃が放たれた。
刃は真っ直ぐ兵士達の方へ飛んでいき、それが真ん中の兵士に見事命中すると、その兵士はその衝撃で倒れる。
しかし他の二人はその様子を全く気にしない様にこちらに向かい続けた。互いの間合いに入る瞬間、クレイも覚悟を決め兵士の片方へ狙いをつける。
────その時、クレイの後方から巨大な黒いものが飛び出し、クレイが狙いをつけていない方のもう一人の兵士に覆いかぶさるように襲いかかった。
クレイはソレがなにか認識する前に狙いをつけた兵士に斬りかかる。虚ろな兵士はクレイのその一撃を剣で止める。
後方から飛び出した何かも気にはなるが、クレイは目の前の相手に意識を集中させた。
(凄いパワーだ……! やはり何かおかしい)
剣をぶつけたは良いが、クレイは相手にパワー負けし、すぐに押されだした。
虚ろな兵士は全く表情を変えずに剣に力を込め続ける。
その時、先ほど後ろから飛び出した黒い何かが高速でこちらに接近し、今度は今クレイが相手している兵士を横から吹き飛ばした。
押される力が瞬時に無くなり、クレイは若干バランスを崩す。しかしすぐに体勢を直すとその黒い何かの方へ視線を向けた。
それはクレイよりやや背の高い、黒い服を纏った二足歩行の獣。鋭い瞳に、全身美しい青緑の体毛を生やした狼だった。そしてその大きな身体と長い体毛に、無理やり袖を入れたかのようなやや窮屈そうな黒い何かを纏っている。
兵士を倒したと言う事は自分を助けてくれたのだろう。クレイは頭ではそう判断はするが、余りの事に言葉が出てこない。
するとその狼が言葉を発した。
「危なかったな、クレイ」
クレイは目を見開いた。それは先ほど聞いたばかりの気の強い女性の声と全く同じ。
それがいったいどういう事なのか、クレイが戸惑っている間に目の前の狼は目を閉じると、すぐに身体を大きく萎ませるように変化させていった。
「やはり、昼間に元の姿に戻る事は力を大量に使うな」
その変化が終わると、そこには池のそばに置いてあったボディスーツと胸当てを身につけた、ミザー・クウェルフがやや疲れたようなような声を出しながら立っていた。
本来のイラストはR-18判定喰らってしまいました。
修正前の物はTwitter(https://twitter.com/koorihoono)
にありますので良かったら探してみてください。




