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十三話 望まぬ闘い

 池から突如出てきた下着姿で獣耳を生やした美女。右手にはモリが握られており、左手は網をつかんでいる。その網の中には大量の魚がピチピチと音を立てて蠢いていた。

 片やクレイが手に持っているのはその女性の物と思われる下着。ここから導き出される相手の行動は────


「おのれッ!」


 明らかに怒りの形相をした相手が手に持ったモリをクレイに向かって投げつけた。


「うわっ!」


 クレイは間一髪で身をよじり、その一撃をギリギリでかわす。

 相手は池から全身を這い上がらせると、その全容が明らかになった。身長はクレイと同程度だろうか、格好はやはり先程クレイが落とした小さな布のもう一つと同質の物、つまりは女性ものの下着を下にも身につけ、軽装であるが故にそのスタイルの良さもよくわかる。そして身につけているものがもう一つ、左足の太股にバンドのようなものを巻き付け、更にそこに何本かのダガーを装着していた。

 相手は魚の入った網を投げ捨て、バンドからダガーを一本取りだしクレイに向かって駆け出してきた。


「盗賊め! 死ね!」


 降り下ろされるダガーに対し、クレイはすぐさま抜剣し受け止めた。


「ま、待った!」


 クレイの制止構わず、相手は更にもう一本ダガーを引き抜き二刀流でクレイに襲いかかる。


「はあああああああぁッ!」


「わっ! ちょっ! まっ!」


 相手が繰り出すその乱打は、速さはあれど短剣術としてはさほど上手くはなく、なんとか剣一本で受けきる事が出来る。

 しかしこちらから攻撃するわけにもいかず防戦を余儀なくされ、本気で踏み込みながら襲い掛かってくる相手に対し、少しずつ後退しながら受ける事となった。

 後退していった結果、クレイの背中に何かが当たる。感触からソレが大木だとクレイは判断した。


(追い込まれた!)


 相手もソレを好機ととってか右手のダガーを大振りでクレイの顔面目掛けて突き立てた。クレイは頭だけを横に振ることでその一撃もなんとかかわす。結果、ダガーは大木に深く突き刺さった。

 クレイはその隙に左側、つまりは相手の左手に持つもう一つの凶器の軌道外に逃げる。

 青緑髪の女は右手をダガーから離し、すぐに予備のダガーを取り出すと逃げるクレイに投擲したが、クレイは後退しながらもソレを長剣で弾き飛ばした。


「待ってくれ! 誤解だ! 僕は盗賊なんかじゃないし貴女と争うつもりもない!」


「なにが誤解だ! 薄汚い人間め! 覚悟しろ!」


 相手は太もものバンドに備えた最後の一本を抜く。再び両手に凶刃を携え、クレイの方へ駆け出した。

 まともに話に取り合ってもらえない。それならばこちらもいつまでも無抵抗でいるわけにはいかない。クレイはそう判断すると、迫りくる相手への意識を改める。


「それならば……貴女は敵だ!」


 クレイは目つきを鋭くすると右から迫るダガーにこちらの長剣を合わせる。先ほどの『受け』とは異なる全力の斬り返し。力で圧倒し、女の持つダガーを弾き飛ばした。


「ッ!?」


 相手は予想外の一撃の強さに驚愕するも、残る右手のダガーでクレイの脇腹を狙う。しかし元々リーチはクレイの持つ長剣の方が上。クレイはすぐさま斬り返し、そのダガーも長剣の一撃で斬り落とす様に相手の手から弾き飛ばした。


(これで……)


 相手の全ての武器を無力化した。こちらの勝ちだろう。

 ────その一瞬の油断が誤りだった。両の武器を失った相手は、そのまま捨て身の勢いで長剣を持つクレイの右手に飛びついた。


「なッ!?」


 これが通常の戦闘であればクレイは即座に相手を斬り伏せただろう。しかし、今回は誤解が生んだ望まない闘い。相手のその予想外の動きにクレイの反応は遅れる。

 相手はクレイの右手を両手でつかむと、手の甲に思いっきり噛みついた!


「痛ッ……!」


 手の甲にも皮の小手を装着していたクレイであったが、相手の牙は防具の装甲を貫きクレイの皮膚に食い込む。その痛みに、反射的に長剣を落としてしまった。


「このッ!」


 齧りついたまま離さない相手に今度は蹴りを入れ無理矢理間合いを離す。


(特訓の成果、試してやる!)


 武器を落としてしまったクレイはその右手で、ボールをサイドスローで投げるような動作をとった。そしてその動作中に叫ぶ。


「【結界曲鞭(フォースウィップ)】!」


 クレイの右手から現れた半透明のロープが下着姿の相手の身体を捉え、そのまま巻き付いた。


(精度良し強度良し! 成功!)


 相手は尚も暴れようとするが、予想外の【結界曲鞭(それ)】を喰らった事で思うように身体が動かせない。


「僕の勝ちだ! それ以上動くな! 悪いようにはしない! まずは話し合おう!」


 殺意を持って襲われたにも関わらず、それでもクレイは可能な限り話し合いを望んだ。それは、相手の先ほどの一言が気になったからだった。


 ────なにが誤解だ! 薄汚い人間め! 覚悟しろ!────

 『人間め』 この言葉を発したと言う事は、相手は人間でない事(・・・・・・)を意味する、クレイの考えはそこにあった。

 相手は一見すると人間の女性。ではあるが通常人間にはあるはずのない獣耳を頭の上に生やしている。そしてここは夜狼人(ウェアウルフ)の住む獣神の聖域森林(フェンリルウッズ)。そこから考えられる相手の正体は────


「言ってくれるな! 白昼堂々女の下着に手をかけておいて! 盗賊でないなら貴様はただの変態だろう!」


 クレイの思考はそこで掻き消された。そしてゆっくりと自分が手に持っている物を、改めて確認した。

 右手には当然今現在相手を縛っている【結界曲鞭(フォースウィップ)】の取っ手が、そして左手には拾った相手の物であろう下着が、未だにそのまま握り締められていた。


「返す言葉もございません……」


 クレイは自身が仕出かした事に、冷や汗を垂らして状況を認めた。


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