十二話 ファーストコンタクト
【奇竜】エブゼーン・キュルウォンドが連れてきた今回の部隊総勢70名。縦長の隊列をし、その先頭にはエブゼーンが、その他要所要所に幹部クラスの騎士が配置され情報伝達もしやすいように編成されている。
クレイ達三人はその部隊の中央に配置され、獣神の聖域森林に歩いていた。
巨大な木々一本一本が真っ直ぐ上を向き、神秘的な雰囲気を醸し出している反面、いつ何時物影から夜狼人や猛獣等が襲い掛かってくるかもわからない緊張感も醸し出している。
「レヴェリアさん、目的地まではどれ程かかるのでしょうか」
クレイは自分達のすぐ前を歩くレヴェリアに質問を投げ掛けた。
「どうでしょうね、我々もこの地に足を踏み入れる事は初めてになりますので、何とも正確な事は分かりません」
しかし期待する返事は返ってこなかった。それもそのはず、この獣神の聖域森林は人間を嫌い、独立した文化を持つ夜狼人のテリトリー。理由もなくこの地に訪れる人間はいないし、その『理由』が国の記録に残る限りは数年に一度あるかないかの事。この森の詳細を知る人間などまずいないのだ。
「しかし、この大人数で進軍を続ければ遠からず夜狼人と接触することになるでしょう。そうなれば気にされている時間もわかると思います。その相手と上手くコミュニケーションが取れれば、ですが」
つまりは相手の出方次第という事である。まさに『何が起こるかわからない』この地、クレイは気を引き締め直す。
「む、霧が出てきましたね」
レヴェリアのその一言に、クレイ、ブレイバス、リールの三人は前方遠くに目を向けた。確かに霧が出てきている。しかしそれは通常の霧とは少し様子が違った。
「なんか急に出てきてないっすか?」
「それに、変な色の霧ですねっ」
ブレイバスとリールもソレが気になるのだろう。霧とはもっと遠くで発生しているものを早めに発見出来る事が多いものなのだが、通常よりも発見が遅れたような気がする。この辺りで自然発生したばかりのものであれば濃くなるのが早い気もした。そしてその霧は黄土色の、丁度エブゼーンの髪の毛と同じような色をしていたのだ。
部隊前方は既にその霧に侵入しているようである。
「不思議な霧ですね。この森の自然が起こすものなのでしょうか」
クレイは疑問を口にする。それに対してレヴェリアはやや神妙な顔をし、口を開いた。
「どうでしょうね、ただ避ける事は出来ません。クレイ殿、ブレイバス殿、リールさん、くれぐれも我々から離れぬようお願いします」
クレイ達三人は部隊中央の中でも、レヴェリアを始めとした屈強なエブゼーンの直属親衛隊数人に囲まれている。当のエブゼーン本人と親衛隊半数はまた別の位置にいるようであるが、エブゼーンが気を利かせクレイ達を部隊でもっとも安全な位置に、もっとも信頼する仲間を護衛につけてくれたのだ。
彼らがこちらに気を使っていてくれる限り、如何に濃い霧とはいえはぐれようがないだろう。
「はい、了解しました」
「うっす、リール、足元には注意しな」
「もう、わかってるよっ。私も了解しましたっ」
クレイ達はさほど心配もせずに返事を返した。その心構えが甘かった事に気がつかず────
◇◇◇◇◇
「はぐれた」
クレイは独り立ち尽くし、そう呟いた。そして状況を整理する。
自分達は黄土色の霧の中に入り、予想以上に濃い霧だったため、目の前の兵士の影を頼りに歩いていた。
ブレイバス、リールを含めた自分達三人は他の兵士に囲まれながら進軍していたため、多少それてしまってもいずれかの兵士がそれに気づくはずである。
にも関わらずはぐれた。他の兵士達はおろかリールとブレイバスも見当たらない。
「おっかしいな……」
そう言いながら周りを見渡す。霧は先ほどから薄くなっていき、今はほぼ消えかけていた。周囲にそびえる真っ直ぐに伸びた巨大な木々がクレイを圧倒する。
「おーいッ!!」
クレイは口のすぐ横に手を当てて大声で叫ぶ。
おーいッ!
おーい
ぉーぃ……
しかしこだまが悲しく帰ってくるだけで、他の人間がこちらに姿を現すことはなかった。
止むを得ず少し歩くことにした。どこまでも同じに見える森の景色。クレイはそれに焦りを感じる。
(弱ったな、完全に迷子だ)
このまま歩いていても何も変わらず時間と体力だけが失われていくのではないだろうか。そんな不安がクレイの頭に過ぎる。
ましてやここは血の気が多い事で有名な夜狼人の住む森。クレイも直接会った事はないが、噂通りの存在であるなら単独では出会いたくない相手である。
十五分ほど歩いただろうか、左方向に大きな池が見えた。何も目印が無く歩いてきたクレイは、とりあえずそちらに足を運ばせることにした。
「広い池だな」
池に着いた後何の気も無しにそう呟く。その池は、少なくとも木々で見えなくなる位置までは続いている。流石にこの池を越えてどうにかするのは無理だと判断し、更に周囲を見渡す。すると池の近くになにやら鉄と布とのような物を発見した。
「これは……なんの布だ?」
クレイは落ちているその二つを手に取りそれらがなんなのか調べることにした。
鉄を調べると、平べったく頑丈そうでそれでいて軽めの鉄であった。括りつけるような紐も付いている。
布の方を調べるとソレはいくつかに分かれていた。茶色のタオルのような布が一枚。
もう一つは黒を基調とした色をしており、縦長で子供位の大きさがある布。いくつか穴が開いており長細い所もある。布ではあるが引っ張るとやや伸び縮みし、ゴムのような性質もあるようだ。
その黒い布を持ち上げると二つほど同じく黒い、独特の形をした小さな布が足元に落ちる。
「胸当てと……ボディスーツ?」
手に取った物が何なのか認識し、それらを一度地面に置くと、今度は落としてしまった小さな二枚の布を手に取る。
それが何なのか認識する前に池の中から水が跳ねるような大きな音がした。拾ったものを手に取ったまま、クレイは池から出てきたソレに目を向ける。
まず目に入ったものが美しい青緑色をした長い髪の毛。更には頭の上に毛が盛り上がるように生えている、やはり綺麗な青緑の色をした二つの犬の物のような獣耳。そしてその髪の持ち主、今しがたクレイが拾ったばかりの小さな布の片方と同じ物を胸に装着した、つまりは女性ものの下着だけを身につけただけ美女。その相手と完全に目があった。




