三十五話 いつもの三人
ラムフェス城にてあてがわれた豪華な一室、その部屋の椅子にクレイは腰を掛けていた。
すると入口の扉がノックされる。
「どうぞ」
すると扉が開き、見慣れた緑髪の少女と黒髪の大柄な少年が部屋に入ってくる。
「やっほっ! クレイ元気ー!?」
「よう、お疲れさん! ってなにも疲れてねーか!」
「ああ、元気だよリール。お互い様だろう? ブレイバス」
入ってきた二人を見て、平穏に戻った現状を今一度再認識し、クレイは笑顔で返事をした。
そんな様子にリールとブレイバスも笑顔を返す。
「まあな、ってか暇すぎて鍛錬してたんだけどよ」
「こんな時期にまで」
「いいだろ! ほら、カイルのおっさんから貰った力、悪魔相手にしてた時はすげー実感できてたから完全にものにしようと思ったんだけどよ」
クレイは言われてブレイバスのあの時の様子を思い返した。地烈悪魔を圧倒した身体能力。ソレは普段からクレイを勝る実力を持つブレイバスの力から見ても、明らかに更に上を行っていた力。
「アレは凄かったなブレイバス。……何かあったのか?」
「いやー、なんかあの時ほど力出ねーんだわ。確かに強くなってる実感はあるんだけどよ」
「ふーん、まあ貰った力、だからね。時間がかかるのか、消耗品なのか」
そこまで話して、今度はリールが会話に入ってきた。ややふくれっ面で眉をひそめて睨むようにクレイとブレイバスを交互に見る。
「もー! 二人とも戦いの話ばっかりっ! これから何があるかわかってるのー?」
それを言われて、クレイはやや肩をすくめた。ブレイバスも全く気にしていなさそうな様子でリールを見返す。
「わかってるよ、民衆の皆さんに僕らの功績紹介だ。緊張するよ」
「全然してなさそうっ!」
「そう言うお前も他人事みたいじゃねーか」
ブレイバスがそう言うとリールはなぜか少しだけ悲しそうな顔をし、やや視線を落として返事する。
「うん、他人事だよっ」
「え?」
思わず聞き返すクレイ。それを見て、再び視線を上げリールは続けた。
「私は紹介しないように頼んどいたのっ、孤児院に帰るからさっ、有名になったらお父さんたちも大変だろうしっ」
やや困った顔で笑顔を作りながらリールは続ける。元々今回の事はクレイとブレイバスが騎士団に入るための行動だったのだ。リールの判断は当然である。
「あー、そういやそうか」
「『ゼイゲアス先生に皆で謝ろう』って言ったのは実行できるかな? まあ僕らも孤児院に顔出す位いいよね? 多分」
正式に騎士になればリールとはお別れである。たまに顔を合わせに行くことがあっても、やはり今までのように『いつも一緒』というわけにはいかない。そんなリールの気持ちを察し、且つそこにあえて触れないようにクレイとブレイバスは返事をした。
そんな二人の気遣いを、リールもまた察して今度はいつものような笑顔で返した。
「でもっ、二人が正式に騎士になるまでは居るよっ! それはちゃんとミーネさんに言っておいたのっ! なんか特例で後日儀式受ける事にらしいね! それ見たいっ!」
そんな様子にブレイバスはフッと笑った。
「ちゃっかりしてんなー」
各々が各々の道を行く。そんな中でも各々が各々を気遣い行動する。いつもの日常でもやって来たそれが、もうすぐ別れともなろうこの場においてもしっかりできている事に、三人はどこかおかしくなった。誰となく口から笑いが漏れ、釣られるかのようにその場の全員が笑い出した。
クレイ、ブレイバス、リール。幼馴染の三人。いつも共に過ごしてきた三人。協力し合い死線をかいくぐった三人。今この場のささやかな談笑は、彼らにとって何物にも代えられない貴重な時間。
「色々あったけど、なんだかすっかり日常だねっ」
「そらー、ずいぶん時間もたったからな」
「でも、これからはまた変わる。僕らも騎士の仲間入りだ」
そんな中、教会の鐘が鳴った。街中に響き渡る、一定の時間を告げる音色。
「あ、じゃあそろそろ時間みたいだねっ、私物陰でこっそり二人の晴れ舞台見てるからっ」
「ああ!」
「そんじゃまいくか!」
そう言って再び扉を開くと、その更に向こうの窓から光が差し込み、まるで二人の門出を祝福しているかのように見えた。
一章 ~未来の英雄と災厄の悪魔~、完




