二十九話 VS地烈悪魔
三人を包んだ炎が消える頃、地烈悪魔の目に写ったものは、丸焦げになり息絶えた標的ではなく、クレイを先頭に先程と変わらず立っている三人と、それを守るように現れた半透明の魔法障壁だった。
「……凶牛魔獣の炎から生き延びたのも君のその魔法の力か? クレイ」
地烈悪魔にそう言われ、クレイの頭に凶牛魔獣との戦いの前後の出来事がよぎる。
兵士達と協力しての魔物との戦闘。直後の爆発。ヴィルハルトの変貌。
続いてよぎったのは更にそれ以前、洞窟での出来事。オーランが独断で悪魔の首を跳ね、それがきっかけで黒煙が現れた。そしてそれ以降、ただの一度もオーランの姿をクレイは見ていない。
(あの時に悪魔の肉体に入れ替わった、という訳か)
クレイは胸中、一人で納得した。そして口を開く。
「【結界障壁】……この程度の炎は通しません」
結果としては防いだわけだが、これは虚栄だった。凶牛魔獣の炎を防げたため、それよりは小さな今の攻撃であれば防げるのでは? と咄嗟にとった防衛行動に過ぎない。そして前日までの【結界障壁】であれば、とてもではないが完全には防ぎきれる火力ではなかった。やはり自身の魔法の力が増加している。
「もしや、とは思いましたがそれでも信じられませんよ、オーランさん。長い年月、仮の姿で人間社会に溶け込んでいたと言うわけですか」
「こちらも君の魔法にそこまで耐久があるとは思わなかった。今まで力を隠し────」
地烈悪魔が言い終わる前に、ブレイバスが悪魔に斬りかかっていた。相手はそれを余裕を持って後方に跳んでかわす。
「テメェ……! オーラン、テメェ!! アンタだったのか!! 今回の騒ぎを起こした張本人は! 部隊を消し飛ばしたクソ野郎は!!」
口を戦慄かせ、振るった大剣を握りしめたままブレイバスが叫ぶ。
「……」
しかし悪魔は答えない。追撃に対する構えをとり、静かにブレイバスを見つめ返していた。
「おっさんはッ! カイルのおっさんは死んだぞッ! テメェの起こした爆炎で!! 俺の目の前でッ!!」
「……そうか」
ようやく一言だけ返事を返した。極めてわかりやすい相槌。それがそっけない態度にうつりブレイバスの逆鱗に触れた。
「この裏切り者がッ! 派手に沈めてやるよゴキブリ野郎ッ!! 【破壊魔剣】!!」
ひときわドス効いた低い声色で大きく叫んだ後、ブレイバスは自身の魔法を展開した。大剣が黒い氣に覆われる。
その大剣を振りかぶり、ブレイバスは地烈悪魔に躍りかかった。
相手は翼を持つ悪魔、またも後方へ跳躍しそれをかわす。同時に翼を羽ばたかせ通常以上の跳躍距離、空中制動を発揮する。これは並の人間には発揮できないもの────のはずだった。
ブレイバスは地烈悪魔を追撃するために自身も跳躍した。怒りに身を任せたブレイバスが蹴る足は、その衝撃だけで地面をえぐるほどの力を発揮し、そしてそれは翼を持つ相手の高度まで肉薄した。
「なに!?」
地烈悪魔は驚愕の声を上げた。そして迫りくる大剣をせめて防御しようと手を胸の前でクロスする。しかしブレイバスが持つのは並の大剣ではなく破壊の魔力がこもった魔法剣。
「オラァッ!!」
ブレイバスの掛け声と共に大剣が地烈悪魔に直撃し、両腕の骨が砕ける派手な音と共に悪魔を大きく吹き飛ばした。
そしてその落下地点に向かい、クレイは既に走り出していた。地烈悪魔は翼を大きく羽ばたかせ、待ち構えるクレイから身体を逸らそうとする。それはおおむね成功した。吹き飛ぶ方角までは変えれないまでも、地面に向かう身体は再び高度を保とうとする。なすすべもなく落下していたのであればそのままクレイの持つ長剣の餌食になっていただろう。しかしそこで、クレイもまた跳んだ。
「【結界飛翔】!」
ブレイバスのように一っ跳びで悪魔のいる高度までは跳べはしないようだったが、クレイは跳躍が最高地点の位置に達したタイミングで、魔力板を靴底から生み出し、それをそのまま踏み砕きつつ更に跳んだ。長剣を構え、地烈悪魔の首を目がけて斬りかかる。
しかし、結果として剣は地烈悪魔を捉えることは出来なかった。剣が当たる瞬間、悪魔の身体は黒い煙に姿を変えた。
煙を突き抜け、クレイは地面に着地する。
「やったか!?」
駆け寄ってきたブレイバスが叫ぶ。
「いや……洞窟の時と同じだ。身体を煙に変化させた!」
と、なると次に来ると予想すべきは凶牛魔獣の出現。思った通り黒煙はまた一か所に集まりだす。煙が形を成す前にクレイとブレイバスはそれぞれ技の動作に入った。クレイは長剣の逆刃を左手に添え、ブレイバスは大剣を地面に突き刺す。
「【結界光刃】ッ!」
「【破壊散弾】!!」
長剣の切っ先から飛ぶ鋭利な魔力板と、大剣に掘り起こされた土砂の散弾が黒煙を襲う。
先ほど弓隊がこの状態に攻撃を仕掛けた時は殆ど効果はなかった。そのため今回の攻撃も『やらないよりはマシかも知れない』という意味合いで放った。
しかし、その攻撃により煙は明らかに掻き消されていった。中から悪魔の頭部が見え、その表情は苦痛に歪んでいる。
────相手は弱っている。これを好機とクレイとブレイバスはすぐに黒煙に接近した。しかしその時、悪魔が口を開く。
「【流星炎槍】!」
黒煙中央辺りから巨大な火球が放出される。狙いはクレイとブレイバスの丁度真ん中辺り。
クレイは迷わず左に跳んだ。コレで火球は回避できる。ブレイバスも逆方向へ回避をするだろう。
しかし、ブレイバスは舌打ちをし、回避を行わなかった。クレイは理解した。自分が【結界障壁】を貼るべきだった、と。火球の狙いは────
「クレイっ! ブレイバスっ!」
────自分たちの延長線上にいるリール!
リールとて伊達に孤児院で自分たちと共に跳んで跳ねて遊びながら生活をしていたわけではない。今回の過酷な山脈進軍にも大きな疲労を見せることなくついてきた。戦闘能力はともかく、運動能力は決して低いわけではなく、この火球も自分の力だけで無事回避できた可能性は高い。
しかし、目まぐるしい戦闘の中、とっさにその分析が出来るわけではない。ブレイバスは、後方のリールを庇うため【流星炎槍】を打ち返す様に【破壊魔剣】を纏った大剣を振るった。
結果、火球は大剣に当たると同時に爆発しブレイバスを飲み込む。
「ブレイバスッ!」
クレイはブレイバスのほうへ向き叫んだ。そして、それが仇となった。
意識をブレイバスのほうへ向けたと言う事は地烈悪魔から意識を逸らしたと言う事になる。その瞬間を見逃さず、禍々しい黒い刃がクレイの脇腹に突き刺さる。
「え……?」
クレイは己の状況が信じられないように脇腹を見下ろし、崩れ落ちた。
気がつけば黒煙はほぼ悪魔の形に戻りつつあった。左手は火球を放った後なのだろう。ブレイバスの方を向け開いたままの状態で、そして右手もまた伸ばしクレイの方を向いている。そして、その右手の指先には、五本あるはずの禍々しい爪が一本無くなっていた。
(あの爪を……飛ばした……のか……)
倒れ込みながらクレイは思考する。しかしわかった所で、もう遅かった。
「はぁ……はぁ……驚いた……お前たちに、まさかこれほどまでの力があったとは……」
悪魔は息を切らせながら、倒れ込むクレイと燃え盛るブレイバスを見比べた。体力は消耗はしているようだが、先ほど砕かれたはずの両腕は元通りになっている。そして一息をつき、リールの方へ視線を向ける。
────その瞬間、炎を掻き消しつつブレイバスが飛び出した。
「なにッ!?」
「【破壊滅斬】ッ!!」
渾身のジャンプ斬りが地烈悪魔を襲う。とっさの事にやや反応が遅れながらも、その一撃をギリギリかわす。
破壊の魔法剣が直撃した地面は大きく破片をまき散らし、小規模なクレーターをつくった。
「貴様ッ! どこにそんな力がッ!」
驚愕する悪魔にも構わず追撃を繰り返すブレイバス。地烈悪魔はその猛攻に対して防戦になりながらも、大振りな一撃の隙を見て反撃を試みた。先ほどクレイに放ったと同様、自身の大爪の一本をブレイバスに飛ばした。
その大爪はブレイバスの腹に突き刺さる。しかし────
「ヌンッ!」
ブレイバスの掛け声と共に腹から大爪は放出され、地面に音を立てて転がった。
「その力、ブレイバス……お前まさかカイルの……」
「その名を呼ぶんじゃねえよクソ野郎……! これは仇だ! そしておっさん自身の復讐だッ!!」
そう言って再び火花を散らす攻防を繰り返す二人。
(ブレイバスが悪魔を抑えてくれている……! それなら私はっ!)
リールはその隙に走った。クレイの下へ。今自分が出来る事は、倒れているクレイを癒す事────




