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二十八話 悪魔が唱える呪文の意味は

 クレイとリールは走っていた。

 辺り一面が焼野原になったと思えば、凄まじく大きな青い光線が放たれ、炎を半分は掻き消した。それに巻き込まれたのであらば、ひとたまりもなかったであろうが運よく光線が自分たちを襲う事はなかった。

 光線が通った跡の所まで行ってみると、そこは銀世界に変わっており炎と氷の中間の空間が、現状もっとも人間が行動しやすそうな空間となっていた。

 そのためその線を辿るように、山を下る方向へ走っていたのだ。


「クレイ! アレっ!」


 途中、リールが炎の方面を指さし叫んだ。クレイもそちらに目を向けると、炎の合間を縫うように人影が走っている。クレイもまたその人影に向かって叫んだ。


「ブレイバスッ!」


 人影もこちらに気がつくとすぐにこちらに進路を変えた。クレイとリールはそれを待つためにしばし足を止める。

 

「クレイ! リール! 無事だったか!」


 近くまで来たブレイバスは驚きの中にも安堵の表情を見せ、こちらに話しかけてきた。


「お前もな! ブレイバス!」


「もうっ! 心配したんだからっ!」


 その時、遠くで爆発が起きた。すぐにそちらに振り向く三人。

 爆発の後、少し三人は各々を見合ったが、その後すぐに無言で頷き、そちらに向かって走り出した。


◇◇◇◇◇


 爆発があったと思われる場所。そこに辿り着いて、真っ先に三人の目に入ったのは、黒い人型の者。しかしそれは決して人ではなかった。

 額から生えた一本の角、背中には大きな蝙蝠のような禍々しい翼、爬虫類のモノに似たそれでいて歪な尻尾、指先から生えるはその指と同程度の大きさの長い爪、全てを塗りつぶしそうな漆黒の肉体。

 それは、まぎれもなく洞窟で見かけた地烈悪魔(ガイアデーモン)だった。その時と違うのは、虚ろな目をし無様に地に伏せていた姿ではなく、生気に満ちた歪な輝きを瞳に宿し、背中の禍々しい翼を羽ばたかせ空に浮いている姿だった。


 そしてそれよりも信じられないのは周りの光景。

 ヴィルハルトだと思われる所々黒く焦げ、散乱した白いジェル群。

 幾つもの黒塗りの刃が身体に突き刺さり、岩に寄りかかるように血を流して座り込んでいるリガーヴ。


「ミーネさん!」


 リールが法衣を纏った倒れている紫髪の女性に声をかける。クレイはその名に覚えがあった。ヴィルハルト、リガーヴと並ぶ将軍の一人、【賢竜】ミーネ・エーネル。

 何らかの魔法で先程の爆発は防いだのだろうか、目立った外傷は無いように見える。それでもその余波を食らったのか倒れたまま動かない。それが気を失ってるだけなのか、もしくは死んでいるのかはクレイ達の位置からはわからなかった。


 状況を整理すると、つまりは一人一人がデタラメな戦闘能力を誇るラムフェス王国最強の【竜聖十将軍】が、三人集まって地烈悪魔(ガイアデーモン)に敗北したことを意味していた。

 

「ふむ、【竜聖十将軍】を三人抑えたか。凶牛魔獣(ベヒーモス)は完全消滅してしまったが、まあ上出来だな。また時間をかけて造り直すとしよう」


 その惨状の下に、地烈悪魔(ガイアデーモン)は降り立った。そしてこちらに大した興味も向けず辺りを見渡し呟いた。


地烈悪魔(ガイアデーモン)! 生きていたのか! これは、これはテメェの仕業かッ!」


 ブレイバスが叫ぶ。するとようやく地烈悪魔(ガイアデーモン)はこちらに目を向けた。怒りでも憎悪でもない憐みでも悲しみでもない、平然とした冷静な瞳。


「まさかあの炎の中、【双竜】ラズセール兄弟以外も生きている者がいるとはな。悪運の強い奴らだ」


 開いた口から出る言葉も、目の前の事実と感想ををただ素直に語る極めて普通(ノーマル)なもの。クレイはその態度と口調に身を強張らせた。その代わりとばかりにブレイバスが前に出る。


「テメェ……! 洞窟で無様に死にかけてたと思えば随分元気そうじゃねえか……! 人間じゃねえテメェにはこの惨状、なんの感情もねえってか!?」


 冷静冷徹に仕事(・・)をこなす地烈悪魔(ガイアデーモン)が、ブレイバスの問いかけに答えるはずもない、とクレイは思った。しかし、その予想は外れ、こちらの言葉に丁寧に返す。


「そうでもないぞ。正直、嬉しい。まさかあの化け物共を三人も片づけられるとは思わなかったからな」


 そういって地烈悪魔(ガイアデーモン)はリガーヴらのほうを一瞥した。


「確かに私は人間ではない。しかし、おかげ様でこの人間たちの脅威は良く知っている。君らも見ただろう。私が多くの魔力を注ぎ、凄まじいサイズと統率力を与えた紅蓮猛毒蛇(レッドヴァイパー)をいとも簡単に仕留めてしまうその圧倒的戦闘力を。通常、人間の力ではどうにもならないはずの質量と(パワー)、能力を持つ凶牛魔獣(ベヒーモス)をあっさりと捕えてしまうその規格外の強さを。……まったく、凶牛魔獣(ベヒーモス)がもし生物であったならば最初の一撃で死んでいただろうよ」


 無様に転がる二人と飛び散った白いジェルを見渡し、悪魔は忌々しく呟いた。そしてクレイ達の方へ向き直り、話を続ける。


「いや、それ以前にその強さ、自分たちで経験していたか。君らも相当腕に自信があるのだろう? しかしそれを二人掛かりで軽くあしらう程の強さ。人間同士の白兵戦一つとってもこれだ。【竜聖十将軍】……名の通り、人間共にはこの国だけでもこんな化け物が十人もいる」


「……」


 クレイは答えない。リールも冷や汗を垂らしたまま動かない。ブレイバスもまた、臨戦態勢は保ちながらもその話をそのまま聞いていた。


「我々悪魔は、通常人間よりも力はある。……しかし、長年地上を人間達にのさばらせていた結果がコレだ。数では大差をつけられ、自力でも勝るもの達、俗にいう『天才』達まで現れてしまった。……愚かなことだな、私のように地上を監視していた悪魔(もの)以外はこの状態に気付いてもいない。手を打たねば、我々はいずれ人間に滅ぼされてしまうという事態に」


「……悪魔というものがどういう者なのか、僕たちは詳しくは知らない。しかし、貴方は今、独断で動いているのですか?」


 クレイは問いかける。相手の思考を、自分の中にある疑惑を少しでも探ろうとする。


「……そう言う事だ。愚かな同胞達の未来を想って、な。私が人間との戦いの先陣を駆ける。さすれば同胞たちも気がつくだろう、己のすべき事を」


「……」


「話に付き合ってくれたことに礼を言う。では、君たちにもそろそろ消えてもらおうか。……まだ私には仕事が沢山あるものでね」


 そう言って地烈悪魔(ガイアデーモン)は左手を前に突き出し指を広げた。その動作と次の呪文に、リールは驚愕し硬直した。ブレイバスは憤怒し大剣を大振りに持ち直し、やはり隙をつくった。そしてクレイは、あらかじめソレ(・・)を予測していたクレイだけが誰よりも素早く行動し、自らも魔法の動作に移った。


「【流星炎槍(ボルカニックボルト)】!!」


 地烈悪魔(ガイアデーモン)の左手から放出された巨大な火球が三人を飲み込んだ。


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