十六話 蜥蜴狩り
近くの隊とはすぐに連絡を送れる距離を維持しながら、十人前後の小隊毎に、ギリギリ道と言えなくもない獣道を歩んでいく。
「深い森だな。突然の異常事態には、最前線の我々が素早く把握及び対処出来るかどうかが最も重要だ。各自周囲に警戒を怠るな。足元にも気を付けろ」
オーランが隊員に注意を呼びかける。周りの兵士は各自役割を持って、役割ごとの範囲を索敵しながら歩いていた。
クレイとブレイバスにはその役割を与えられていない。そのような訓練は受けていないため、付け焼刃で教えるより周りの兵士の動きを観察させ自身で覚えてもらうというオーランの考えだ。
自らの立ち位置を手早く理解し、黙ってその通りにする二人。
樹海の内部へ侵入してから、小一時間ほど経っただろうか。左前方の兵士が歩みを止め、剣を前面に構えた。
「動く気配あり!」
その一言で兵士の半分はそちらを身体を向け、武器を構える。もう半分の兵士たちも勿論聞こえてはいるが、武器を握り締め直しながらも自身の索敵方向から目を離さない。一方に気を取られて他からの奇襲を食らっては元も子もない。完全に役割に準じた、訓練された行動だった。
声を上げた兵士の視線の先、木々の隙間から四足歩行の生物が赤い瞳でこちらを睨みながら次々と姿を現せた。
「出て来たぞ……! 森林亜竜蜥蜴の群れだ!」
オーランが叫ぶ。周りの兵士たちも顔つきを険しくし臨戦体系に入った。
────森林亜竜蜥蜴。
名の通り森や山など緑あふれる場所に生息する大蜥蜴。基本的に草食だが、縄張り意識が強く、侵入者に対しては群れで襲いかかり追い払う。
成体になると2m近くの大きさになり、その巨体から繰り出される力は人間を殺傷するには十分すぎる破壊力を持つ。また、牙には神経毒が仕込まれており、戦場において、かすっただけでも命取りになりかねない。
尚、草食なのはあくまで『基本的に』であり、厳密には雑食である。必要であれば他の動物も獲って食べ、勿論それは人間も例外ではない。
堂々と正面にいる者、木にへばり付いている者、茂みに身を屈めている者、パッと見た限りでも数は十体以上。いずれも敵意を持ってこちらを睨んでいた。
「クレイ! ブレイバス! 気をつけろ! コイツらは強いぞ!」
新人に無茶をさせない気遣いだろう。オーランと数人の兵士は率先して前面に出ようとした。
しかし、それよりも早くクレイとブレイバスは森林亜竜蜥蜴に飛びかかっていた。
「【結界飛翔】!」
クレイが跳びながら唱え、足元に小さな魔力板を生み出す。空中で静止し足場となる魔力板をそのまま踏み砕き、加速しながら更に跳び上がった。その勢いのまま、逆さに木にへばり付いている森林亜竜蜥蜴の首に剣を突き立てた。
「グギャッ!」
剣は昆虫標本の針のように首を貫通し、木まで深く突き刺さった。森林亜竜蜥蜴は断末魔をあげると一度だけ身を震わせ、動かなくなる。
クレイがすぐに左手で近くの枝を掴み剣を抜くと、力を失った大蜥蜴の身体は木からなすすべもなく落下した。辺りにいた数体がクレイに飛び掛る。
あらかじめ攻撃の来る方向と反応速度を予測していたクレイは、その攻撃を目視することなく木から跳び上がりその場を離れた。
クレイと同時に飛び出したブレイバスもそのまま一体の森林亜竜蜥蜴に標的を決め、突撃していた。
「【破壊魔剣】!!」
ブレイバスが叫ぶと大剣が黒い氣で覆われていく。森林亜竜蜥蜴が間合いに入る頃には大剣は真っ黒に覆われていた。
大剣で一番近い森林亜竜蜥蜴を薙ぎ払うように斬りかかる。破壊の魔力を纏った大剣が直撃すると、大蜥蜴の半身が吹っ飛んだ。
その左右から迫る二体の大蜥蜴。ブレイバスは大剣を斬り返し、その左側の個体を同じように吹っ飛ばす。
残ったもう一体の森林亜竜蜥蜴の鋭い牙がブレイバスの眼前に迫っていた。しかしその牙がブレイバスに届くことはなかった。
丁度上から降ってきたクレイが重力落下の加速とともに剣で森林亜竜蜥蜴の脳天を貫いた。今度は断末魔をあげる暇もなく絶命する。
すぐにお互いの死角を補い合う様に剣を構えなおす二人。
「ナイスフォローだぜクレイ!」
「余計な手助けだったように思えたけどね」
数瞬遅れて、他の森林亜竜蜥蜴達も襲い掛かってくる。二人が迎撃のため踏み込もうとすると背後から声が聞こえた。
「【流星炎槍】!!」
オーランの左手から放たれる火球がクレイの頭のすぐ横を通り抜け、一体の森林亜竜蜥蜴に命中。飛び掛る最中で火球が顔面に直撃した大蜥蜴は、その場で撃ち落とされ、煙を出しながら地面でのた打ち回る。
それを皮切りに他の兵士たちも交戦に入った。
数人が並んで槍を構え、刃の壁を張り、森林亜竜蜥蜴を近づけず串刺しにしていく。
他の数人はその槍隊が側面を取られないよう、弓矢で左右の大蜥蜴を攻撃する。
オーランと他二人の剣士は、クレイ、ブレイバスの二人と同じように一手毎に状況判断し臨機応変に大蜥蜴を相手する。
元々、自力でも連携でも野生の猛獣程度には劣らない王国兵士達。すぐに大蜥蜴の群れは制圧されていった。さほど時間はかからず、その場で動く森林亜竜蜥蜴はいなくなる。
「ふぅ、一丁上がりですね」
剣をおろし、額の汗を拭いながら話すクレイ。
「ま、こんなもんだろ」
ブレイバスも【破壊魔剣】を解き、大剣をおろした。
余裕そうな二人の様子に、オーランは驚きを隠せず話しかけた。
「……お前たち、コイツらと戦闘経験があったのか?」
他の兵士たちもオーランと同じような表情をしている。
問いかけられた二人は目を丸くしてオーランの方へ向き、少し笑うとそれぞれもう動かない大蜥蜴を指さして口を開いた。
「コイツら、地元にもよく出るんです。僕ら普段からよく採ってまして、食卓にもしょっちゅう並ぶんです」
「皮剥いで焼くと、凄ぇ旨いんすよ! 夜はみんなで食いましょう!」




