六話 突然の交戦
「【結界光刃】ッ!」
クレイが持つ長剣が光ったかと思えば、その刀身から半透明の刃が発射された。
そしてそれが真っすぐ巨大ミジンコを襲い、また【結界光刃】に続くように他の兵士たちが引き絞った弓から無数の矢が発射される。
この四方八方から飛来する遠距離攻撃の嵐に対し巨大ミジンコは、巨体とは思えない軽快な動きで大きく宙を跳んだ。
「くっ!」
跳んで辿り着く先はクレイから見て右の陣営。
その巨体の素早い跳躍とそこからくる落下はただそれだけで兵器の様な隕石となり、隊が密集している上に重装備が基本の兵士たちはソレから逃げる術を持たなかった。
兵士たちの悲鳴がこだまする中、グレアーは冷静に部隊を指揮する。
「近づいてきた今が好機! 標的を叩き切れ! 弓隊は止め!」
この巨体に対して近接戦闘を挑め、とは一見無茶な命令である。
が、この状態になってしまったからは下手に逃げを選ぶよりも兵士の士気を保てるし、早期決着を可能にすれば押しつぶされた者達の救助も間に合うかも知れない。弓隊を止めさせたのは自軍に同士討ちするのを避けるためである。
グレアーの命令により近くの兵士たちも一瞬戸惑うも、すぐに剣を抜き巨大ミジンコを攻撃。
「か、固ッ!」
「なんだコイツは!」
「化け物め! 仲間の上からどけ!!」
が、その虫のような装甲には刃はさほど通らなかった。
岩に斬りかかった時のように刃が逆に欠ける、という訳ではない。が、装甲の表面に細い体毛の様なモノも生えており、それが斬撃の勢いを吸収し装甲で止めるという二段構えの防御。
兵士たちが戸惑っている間に巨大ミジンコは更に跳躍をした。再び巨体の圧し潰しが別の密集地点に来るのかと兵士たちは身構える。
が、その時にはクレイが行動を移していた。クレイは自らも大きく跳びつつ更に叫ぶ。
「【結界飛翔】ッ!」
一度の跳躍距離も跳躍速度も巨大ミジンコに敵わない。
しかし相手の行動を予期し相手よりも早く跳び、足りない高さは空中で足裏に魔法板を生み出しつつソレを踏み込む事で二段ジャンプ。それにより空中で巨大ミジンコに大きく接近。
しかしそれでも並みの剣撃はこの相手には通用しない。
「【結界真剣】!!」
クレイの叫びと共に、クレイの持つ長剣を覆うように、魔法の刃が展開される。
それは幅よりも長さが大きく伸び、つまりは長剣の刀身が大きく伸びる!
クレイは伸ばした刀身を敢えて横にし、両手持ちしながら巨大ミジンコに斬りかかるのではなく、巨大ミジンコを薙ぎ払った!
相手の重量を考えれば力で通常押し出す事は難しいだろう。しかしここは空中。相手の物体移動エネルギーが丁度0になるタイミングで剣撃はヒット。
結果、その巨体は大きく進路を変えて誰もいない方向の地面へ頭から落下する。
「今だ! 弓隊! 今度こそ仕留めろ!!」
すかさず入るはグレアーの号令。
先ほどは巨大ミジンコの素早い動きに躱された弓矢であったが、今度はクレイに撃ち落とされて、動きが取れない状態。
大きく見せた腹の部分に無数の矢が突き刺さる。
「【結界飛翔】」
クレイは空中で再び魔法板を生み出しつつその上に乗る事で空中に停滞。
上空から巨大ミジンコの様子を観察する。
(今度は効いてそうだな。緑の液体……アレがこの生物の血液かな? 気持ち悪い……)
複数の矢が刺さった生物を見ながらクレイは思考する。
が、その判断が誤りだと気がついたのは数秒後の事。
この巨大ミジンコは複数の矢が身体に突き刺さり体液を流しながらも、無傷の時と大差ない速度で身体を反転させ起き上がったのだ。
(痛覚がないのか!?)
その動きに、胸中で毒づくクレイと共にざわつく部隊。
再び攻撃をしようと皆が弓矢を構えたが、それよりもはやく巨大ミジンコが次の行動に出た。
出現してからこれまで『跳躍』の動きしかしてこなかったこの生物が複数の足を巧みに動かし突進を開始したのだ。
この巨体の突撃はそれだけで部隊を轢き殺しかねない狂気的な凶器そのもの。
「【結界光刃】ッ!!」
空中からクレイが再び魔法の刃を発射。その一撃は巨大ミジンコの足を一本見事に跳ね飛ばす!
が、わずかに突進の勢いは緩んだものの、それでも生物は止まらない。
兵士たちの士気は高く、突進の直線状にいるもの達は逃げ惑う事無く一丸となり盾を構え壁になろうとする────
乱戦の中、殆どのものは耳に入れる事が出来なかったが、クレイからその子を受け取り近くにいたリールにだけはしっかりと聞こえた。
「ああ! もう! どーしてこうなるかな! 【逆流領域】!!」
その少女、先ほど空間の歪みから最初に落ちてきた水色の髪の妖精人の少女が叫ぶ。
すると兵士たちと巨大ミジンコの間の空間が瞬時に歪み、突進の勢いのまま生物は歪みの中に吸い込まれるように姿を消した。
「な……!」
クレイをやグレアーを含む誰もがその場で絶句し立ち尽くす。
多少のざわめきの後、一同は皆妖精人の少女の方へ目を向けた。
(最初の空間の歪みも、あの生物を召喚したのも、この子の仕業、か?)
クレイがそう考えた時、グレアーがリールと妖精人の少女の下へ歩み寄った。
グレアーの側近である数人の兵士達を除いて他の兵士達は道を開ける。
目の前の少女があの生物を召喚したのだとするなら、それは危険なイレギュラー要素である。
が、部隊の危機のタイミングでその生物を消し去ったのもまたこの少女。
部隊を率いるグレアーがどのような判断を出すか。クレイは【結界飛翔】を解除すると、グレアーの比較的近くに着地し様子を伺った。
グレアーが次の発言を決めかねている時、妖精人の少女の方から先に声が上がる。
「あ……え~っと、ごめんなさい。人間の方々ですよね? 私、妖精人のエミロって言います。その……まずはお怪我した方の治療を優先して頂ければ幸いですわ……」
水色の髪の華奢な少女は、頭をかきながらそう言った。




