三十四話 すれ違う想い、重なる誤解、そして巻き起こる悲劇……
ザガロスと対面してきた際以上に怒気を纏ったガルグレンがゆっくりとクレイの方へ歩み寄っていく。
その並みならぬ様子に、クレイは内心若干尻込みしつつも姿勢を正しながら真っすぐ向き直った。
「先ほどは挨拶を中断する事になってしまい申し訳ございませんガルグレン・スカイディア様、僕たちは貴方の娘であるレアフレアさんからとある依頼を受けてこの地に……」
「そんな事はわかっている。貴様は何故レアと共に現れた? 何故レアが魔法を使えるようになっている? 何故レアが、魔法で貴様とくっついていたのだ?」
発言に被せるように質問をしながら、変わらぬ表情で距離を詰めるガルグレン。
クレイはそこで言葉を詰まらせる。ガルグレンの質問には答えられないモノが混じっていたのだ。
『レアフレアと共に現れた理由』及び『レアフレアの魔法により同化していた理由』は単純である。
二人で崖から落ち、ブレイバス達とははぐれてしまったが、レアフレアの融合魔法により同時飛行が可能になり、戦いの音を頼りにここまで飛んできた。
しかし問題は『レアフレアが魔法を使えるようになった理由』、これを断定する事は不可能であった。
そもそもこの大陸において魔法の原理はあまり解明されていない。
それ故にどのような魔法を使えるようになるか、どんなきっかけで発現するか個人個人によって千差万別。
使用者の性格や魔法の形状、発現時の状況からある程度予想は出来ることも多いが、レアフレアが魔法の力に目覚めた時、クレイは意識を失っていた。
更にクレイが意識を取り戻した時すでに戦いが始まっており、発現したばかりの魔法の効果を試しながら急いでやってきたのだ。
そのため完全な回答をこの場ですぐに用意する事はできない。が、相手の様子を見るに発言一つ間違える事が激昂に触れかねない。
そこまで思考した所で離れた所から声がかかる。
「お父様~! キチンと話を聞いて下さい~!」
そちらのほうへ目を向けると、一度ウィングル達に連れられて場を離れていたレアフレアが駆け足でこちらに近づいてくる。
先ほどもレアフレアが顔を出した事でガルグレンの表情は穏やかなものになった。そのためクレイはここで内心胸を撫でおろす。
「レア……この男とやましい事はなかっただろうな?」
が、ガルグレンは尚も鋭い眼光を放ったままクルリと後ろを向き、近づいてくるレアフレアを問い詰めに入った。
しかしこの発言にもクレイは安心する。
外部から来た自分ならばいざ知らず、ガルグレンが大事にしているレアフレアから質問に対する否定の言葉と状況説明が入ればすぐに話は纏まるだろう。
「……え?」
しかしそこでレアフレアは頬を赤くしながら足を止めた。そしてその赤くなった頬に両手をそっと添える。
「え?」
クレイもまたレアフレアと同じ声を漏らした。ただしポカンと間の抜けた声で。
その一瞬後、ガルグレンはクレイの方へ再び向き直り怒声を上げる。
「き、貴様ッ! 娘に何をしたああああぁッ!!?」
「ちょ、落ち着いて! レア! なんとか言ってッ!!」
「『レア』……? 貴様が娘をそう呼ぶなあああああああああぁッ!!!!」
クレイの焦りも弁解もかき消すようにガルグレンが吠える。そして巨大な翼を広げ完全に臨戦体形入った────その時!
「アハハハハハハハハハハハハハッ!!」
上空から何かが大笑いしながら飛来する。
土埃を上げながら着地したのは、黒い髪に穴の開いたラムフェス軍の鎧を纏った黒い肌の女。
その姿を見た時にブレイバスが叫ぶ。
「お前は確か……ザギーネ! 生きていたのか!」
そう、それは先ほどブレイバスが破った相手、ザガロスが率いるラムフェス軍の副官であるザギーネと名乗った女。
ガルグレンの丁度真横辺りに着地したザギーネは立ち上がりながら声高らかに叫ぶ。
「幸運だ! まさかザガロスのヤツを破るとは思わなかった! ヴィルハルトが現れた時はどうなると思ったがヤツもすぐに去っていった!! そして残ったのは満身創痍の雑魚共だけ! 本当に幸運だ! 後はお前らを始末して、手始めにこの大空勇翼鉱山を我らの手中に収める!」
「なに!?」
「てめぇ! 何者だ!」
突如現れ暴言を吐くザギーネに周囲は騒めき、バドとブレイバスも声を上げる。
その言葉に反応するように、ザギーネの身体は形を変えていった。
「私の本当の名はギルボリア! 地上を監視する【闇部族】が一人ギルボリアだッ! クレイ! ブレイバス! 昔ベルダーグが世話になったみたいだねッ! だったら私達【闇部族】の力ッ! よくわかっているだろう!?」
ザギーネ────改めギルボリアの身体は、元々色黒だった肌は漆黒に染まり、その額から大きく歪な角を三本、背中からは禍々しい翼を、尻からは大蛇のような尻尾を生やす!
その変わりゆく様子はザガロスの【鬼行軍】に似ていた。
しかし、ザガロスが魔法による肉体変化を行っていたのに対し、こちらは仮初めの姿を消し真の姿を現すという似て非なる行為。
「【闇部族】ッ!」
クレイは叫ぶ。
ギルボリアのいう通り、クレイ達は過去に【闇部族】と戦った事があった。
その戦いにより100人以上の隊が炎に包まれ、あわや全滅の危機に面したのだ。ギルボリアの口ぶりからそれと同等以上の力があるだろうという事が伺われる。
クレイとブレイバス、リールが反射的に魔法の構えと入ったその時────
「じゃまだああああああああああああぁッ!!」
ギルボリアの隣にいたガルグレンが顔の血管を浮かびあがらせながらギルボリアに裏拳をぶつける!
その一撃によりギルボリアははるか吹き飛び、凄まじい速度で大岩に激突にした。
────結果、ギルボリアの身体は動かなくなり、首だけを残して身体は煙となって霧散し始める。
これは、以前クレイ達が相対した【闇部族】の死に様と同じ現象。
(【闇部族】死んだ?!)
クレイの胸中の叫びなど知る余地もなく、ガルグレンは周囲に突風を巻き起こす程の瞬発力で空に飛び上がった。
「許さんぞ小僧ーーーーーーーーーーッ!!」
上空でガルグレンは反転し、クレイめがけて猛スピードで飛来する。
「くっ!」
もはや会話は不可能、そう判断したクレイは望まぬ戦いの為長剣を構える。
その時、レアフレアが声を絞り出すように大声を上げた。
「もう!! お父様大嫌いッ!!」
「がふぅっ!」
レアフレアのその言葉に猛スピードでクレイに向かっていたガルグレンは、突如ゆっくりと真後ろに吹き飛び、血を吐きながら儚く地面に落下した。
「ガ、ガルグレン様あぁーーッ!!」
落下したガルグレンに親衛隊隊長のバドが駆け寄る。
その時にはガルグレンの瞳から怒気は完全に消え失せており、代わりにこの世の全ての悲しみと哀愁を一身に受けているかのような弱弱しい声でバドに語り掛けた。
「バ、バドか……レアに嫌われてしまった……ワシはもうダメだ……レアを、大空勇翼鉱山を頼む……」
「ガルグレン様! しっかりして下さいッ! 傷は浅いです!!」
身体を揺さぶり必死で訴えるバドであったが、ガルグレンの瞳の灯は消えようとしていた。
その様子を見ながら、少し申し訳なさそうな顔をしたレアフレアが指を唇に当てながらガルグレンに近づく。
「ごめんなさい、本当は大好きですお父様」
レアフレアの言葉に、消え失せそうたったガルグレンの瞳に再び光が宿り始める。
「お、おぉ……レア……本当か……?」
倒れながら震える手をレアフレアに伸ばすガルグレン。
その手をレアフレアは両手で優しく包み込み、満身の笑顔で言葉を返した。
「ええ勿論! クっ君の次にですけどね!」
「がふぅっ!」
「ガルグレン様あああああああぁぁーーーーーーッ!!!!」
ガルグレンの瞳から光が消える。
バドの悲痛な叫びが大空勇翼鉱山に響きわたった。




