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三十三話 消える凶鬼と新たな狂気

「あぁ~……してやられたってわけか、参ったな……」


 完全に人の姿に戻ったザガロスが座り込みながら毒づく。

 しかし魔法の効果が切れ、武器も防具も失って尚、ザガロスの戦闘力は高い。

 先ほどまでの戦いで充分にそれを理解している筋翼人(バーディアン)達は警戒を緩める事なく徐々に包囲網を縮めていく。

 その様子を見て、ザガロスもまた立ち上がった。

 【鬼行軍(オウガクラフト)】の副作用だろうか、その眼は視点がブレるように定まっておらず鉄柱のような脚も小刻みに震えている。顔からも汗を拭きだし、誰から見ても満身創痍である事が伺われる。


「ま……それはそうと、続けるとするか!」


 それでもザガロスは笑った。そして拳を構え臨戦体形に入る。

 クレイはそんな相手を真っすぐ見つめ、自身もまた長剣を構えなおす。

 

「その雄姿、見事ですザガロス将軍」


「へっ! 言われるまでもねえ!」


 そこで翼人王ガルグレンが手をあげる。

 彼がその手をかざしながら一言号令を上げれば、ザガロスを囲む全ての筋翼人(バーディアン)達は攻撃を開始するだろう。

 ガルグレンが大きく息を吸い込む。


 ────が、その時、どこからともなく男の声が響きわたった。


「フッ そういう訳にはいかないな フッ」


 瞬間、ザガロスを取り囲む筋翼人(バーディアン)達を更に包囲するように、辺り一面から白いジェルが噴き出した。


「なッ!?」


 今まさに号令を上げようとしていたガルグレンから驚愕の声が漏れ、周囲の筋翼人(バーディアン)全員にも動揺が走る。


 クレイ、ブレイバス、リールの三人はこの現象を、この声の主を知っていた。

 それ故に、筋翼人(バーディアン)達のように訳が分からず混乱するような事はなかったが、この男がここにいるという事態に、ザガロスと同等の力を持つ男が自軍が消耗しきった今この時に出現するという事実に、焦りと不安を隠せない。

 そして、当然ザガロスもまたこの男を知っている。本人もこの男が来ている事など知らなかったのだろう。怒りと驚きを合わせたような声で大きく叫ぶ。


「ヴィルハルト! テメェッ! 何故ここにいるッ!?」


 ザガロスの声に答えるように、巨大な鳥かごのように筋翼人(バーディアン)達を包囲したジェルの一角、中でも全体を見下ろせる位置の部分が何やら形を成していく。

 白い髪に白い靴、身につける衣服もやはり白く、右胸に王冠を被った竜の紋章をつけた男が、両手を大きく広げながら何故か無駄に輝く耽美な笑顔で姿を現した。


「フッ なに気にするな、ちょっとした散歩で通りかかっただけだ フッ」


 【白竜】ヴィルハルト・ラズセール。

 ザガロスと同様、ラムフェス王国最強の【竜聖十将軍】の位を預かる者。

 クレイ達がラムフェスで暮らしていた頃、良き上司として、戦場を共にした存在。クレイ達をラムフェスから亡命させる手助けをしたのもこの男である。

 飄々とした態度から真意が読めないその相手に、クレイは、声をあげた。


「ヴィルハルト将軍ッ!」


「フッ 久しぶりだなクレイ、全くお前は出会う度に強くなる フッ」


 ヴィルハルトもまたその声に答え、更に周囲を見渡した。


「フッ ブレイバスもリールも強くなったな。まさかザガロスまでも倒す程になるとは思わなかったぞ。しかしお前達、少しまた面白いモノを受け入れてしまったようだな フッ」


「……え?」

「なんだって?」


 ヴィルハルトの意味深な言葉に、リールとブレイバスは眉を潜める。

 二人のそんな様子になどそれ以上興味を示さず、ヴィルハルトは自らの髪をかき上げ、今度はガルグレンの方へ目を向け口を開いた。

 クレイやブレイバス達には言いたい事だけをとりあえず全部言って、後は自分のペースで話を進めるようだ。


「フッ それはそうと翼人王ガルグレン・スカイディア殿、並びに筋翼人(バーディアン)諸君、ウチの者が世話になったね。本当は君たちと同盟を結ぶために派遣された部隊だったのだが、なにぶん血の気が多い男でな、許してくれ。この男は私が責任を持って連れて帰る。異論があるならば聞こう フッ」


 ザガロスとの戦いで筋翼人(バーディアン)側の戦力は消耗しきっている。その状態で単独で全軍を包囲という離れ技を見せつけながらのこの言い草。

 完全に異論など受け入れるつもりがない事は見て取れる。


「……」


 沈黙しているガルグレンの目をみて満足したヴィルハルトは、もう一度大きく髪をかき上げ再び口を開いた。


「フッ 納得いただけたようでなによりだ フッ」


「待てヴィルハルト! これは俺の戦いだッ! テメェの施しなんざいらねえ!! 邪魔をするんじゃねモガァッ!! ……! ……!」


「フッ はははっ フッ」


 反論するザガロスにもやはり構うことなく、ヴィルハルトのジェルはザガロスの全身を包み込みその口を無理やり閉じさせる。


「フッ 邪魔したね、では失礼する フッ」


 そう言ってヴィルハルトの身体を含む大半のジェルは地面に融けるように消えていき、ザガロスを覆った部分は直径5メートルほどの大きな固まりとなるとソレ単体で馬のような速さで移動を始めた。


「ま、待てッ!」

「ソイツを逃すなどッ!」


 ザガロスを連れ去ろうとするジェルの固まりに向かってバドとトーリィが声を上げ、他数人の筋翼人(バーディアン)達も身を乗り出そうとする。

 しかし、行動をおこそうとした筋翼人(バーディアン)一人一人の足元から、先ほど消えたジェルが威嚇するように姿を現した。


「う……」


 その異様で異常で規格外で、こちらの動き全てを的確に潰すかのような変態っぷり(プレッシャー)に、筋翼人(バーディアン)達は動きを止めざるを得ない。


「よい、追うな」


 戸惑う筋翼人(バーディアン)達に、ガルグレンは静止の声を上げた。

 動きを止めるとジェルもすぐに姿を消す。


「し、しかし……」


「脅威は去った、深追いするべきではない」


 尚も追おうとするバドにガルグレンは冷静な判断を下す。

 そして視線をクレイのほうへ向けた。


「それよりもしなければならない事があるだろう」


 その言葉にバド達はハッした。

 ガルグレンの言う通り脅威は去ったのだ。そしてその最大功労者であろう者は、外部から来た人間。

 ならばその客人達への感謝と持て成しを先に行うべきではないか。王はそこを分析している。自分たちの義に反する浅はかな考えをそれぞれが胸中で恥じる。


「さて話してもらおうか、クレイと言ったな? 貴様、ワシのレアと……娘と何があった?」


 明らかに怒気を纏っているガルグレンのその言葉に、場の全員が冷や汗を垂らした。

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