二十九話 VS【剛竜】ザガロス・ガイザード
────【竜聖十将軍】
大陸最大の軍事国家ラムフェスにおいて、最強である事を意味する称号。
例外なく各々の魔法を使いこなし、一人一人が一騎当千の実力者であるという。
『一騎当千』
読んでの通り、たった一人で一般兵士千人分に相当するという意味。
が、通常であればとても強い個人に対する比喩表現に使われる事が多い言葉である。
いくら個人が強かろうと、地形も装備も同条件で実際に1VS1000で戦いを始めたとするのならば、物量で圧殺して終わり。勝負になどなるわけがないのだ。
が、【竜聖十将軍】に限ってはそれは比喩ではなく言葉そのままの意味で使われる。
ある者は炎や雷、冷気など多種多様な極大範囲魔法で大隊を一網打尽にし、
ある者は自らの身体をジェルに変え、殆どの攻撃を無効化にしつつ全てを呑みこむ。
ある者は気体、液体を自由自在に吸収、放出することを可能にし、
ある者は広範囲の生物を意のままに操る霧を生み出す。
そして今現在相対している獣、【剛竜】ザガロス・ガイザードは、肉体の強さそのもので一騎当千の実力を誇るのだ!
「グ・オ・オ・オ……オオオオオォォァァアアアアアアアッ!!」
雄たけびと共にザガロスがブレイバスに飛び掛かる。
猫科の獣のようなしなやかな筋肉も加わっているのか、その瞬発力は先ほどまでを大きく上回った。
【破壊咆哮】により身体能力、反応速度が上がっているブレイバスは、いち早く横に跳ぶ事でその一撃をギリギリでかわす事に成功する────
確かに回避には成功した。が、ブレイバスが一瞬前までいた場所にザガロスの剛腕が突き刺さる事で再び地鳴りが起こり、足場の悪い高台にいる筋翼人はそれだけでバランスを崩し、何人かは足場から落下する。
(一撃かすったら終わり! キチンとかわしても余波だけで吹っ飛びかねねぇぞコレはッ!)
ブレイバスが胸中で叫ぶ。
接近戦を挑む事は荒れ狂う天変地異に自ら飛び込む事に等しい。
そう判断したブレイバスは大剣を地面に突き立て、
「【破壊散弾】ッ!!」
その大剣で地面を掘り起こし、土砂による散弾を浴びせる遠距離戦に切り替える。
周囲の筋翼人達も同じ気持ちだろう。弓矢や石弓を持っている者は当然それらをザガロスに向かって発射し、接近戦用武器を持っている者達はその剣や槍を一斉にザガロスに向かって遠投した。
それにより逃げ場のない弾幕と化した刃物、鈍器が雨のようにザガロスに降り注ぐ!
────が、その一つ一つがザガロスに命中するも、本当に雨粒か何かが当たっただけであるかのように、ただ当たっては跳ね返り地面に落ちた。
「ギ・ィ・イ・イ・イ・イ・イ……アアアアアアアァッ!!」
再びザガロスは咆哮をあげる。
「ア・アアァ~……ッ!」
そしてすぐにそれを落ち着かせるように声を整え、今しがた身体に命中しまくった遠距離攻撃の嵐には気づいてすらいないかのように、ブレイバスの方のみにギロリと眼を向ける。
「ア・アァ~、すまねえな……ッ!! まだッ! そんな慣れてねぇんだこの姿によ……ッ!!」
ザガロスは、なにか八つ当たりするかのように近くの岩を手で薙ぎ払った。
岩はガラスのように砕け散る。そしてその飛び散る残骸が進行方向にいた運の悪い筋翼人数人に当たり、悲鳴が辺りに響いた。
その様子とザガロスの言動をブレイバスは分析する。
(この魔法……ただでさえとんでもねぇ身体能力が更に化け物になる代わりに、精神のほうが上手くコントロール出来なくなる、のか? ……それなら!)
そこでブレイバスはザガロスに背を向け、真後ろに走りだした。
「あ・あぁん……ッ?!」
怪訝な顔をするザガロスを尻目にブレイバスは走りながら叫ぶ。
「んなウスノロ攻撃なんざ当たりゃしねぇよッ! 悔しかったら当ててみやがれッ!!」
ザガロスを挑発しながら真っすぐ逃げるブレイバス。
それは誰から見ても明らかな陽動だった。向かう先は大空勇翼鉱山東門から逆方向。つまりは街中に被害が及びにくい方角。
「今更逃げなど……ッ! 許・さ・ん・ぞ・ブレイ……ッ! バスッ!!」
元々の性格か、【鬼行軍】による副作用か、ブレイバスの行動に怒髪天を突かれたかのようにザガロスは激昂し、すぐさまブレイバスの方へ走り出した。
「ギ・ィ・イ・イ・ヤ・ア・ア・ア・ア・ア・ア・ァ・ァ・ッ!!!」
(クソ速ぇ! 直線ならすぐに追いつかれるッ!)
真っすぐ迫るザガロスが自身に追いつくまであと数秒。ブレイバスはそのタイミングで真横に跳ぶ。
通常であらば早すぎるその跳躍は、相手からすれば見てからそちらに進行方向を変えればいいだけである。
が、今のザガロスにはブレイバスが曲がった事がわかっていないかのようにそのまま突進を続け────その先にある壁に激突した。
「グオオオオオオオオオオオッ!!?」
ザガロスに激突される事によって鉱山一角が崩れ、叫ぶザガロスにその瓦礫が降り注ぐ。
ザガロスの叫びは瓦礫の音にかき消され、その巨体もまたあっという間に瓦礫の山に埋もれた。
「凄い……! ブレイバスよりも馬鹿な相手がいたなんてっ!」
「おいこらリール、うるせーぞオイ」
「ガ・ア・ア・ア・ア……ッ! アアアアァァァッ!!」
しかし、安心したのもつかの間、ザガロスはすぐにその瓦礫の山を内側から弾き飛ばし、怒りに満ちた顔を現す。そしてすぐに周囲を見渡した。
「あーくそ! ザガロスッ! 俺はコッチだ! ついてこい!!」
キョロキョロと首をふるザガロスに、ブレイバスは自ら声を発し自分の存在を知らせながら再び後ろに走りだす。
ザガロスはその声に反応すると、興奮した猪のように再び突進を始めた。
圧倒的歩幅と強大で柔軟な筋肉を持ち合わせるザガロスは、瞬く間に再びブレイバスの方へ距離を詰める。
(あと数秒引きつけて……!)
ブレイバスには思惑があった。進行方向にあるのは、崖。
それもクレイが落下したようなはるか100メートルは続きそうな巨大なモノ。
相手の精神がまともでないと判断してから、そこに誘導し突き落とすために挑発しながら走っていたのだ。
────が、
「ギ・ィ・イ・ヤ・ア・ア・ア・ア・ア・ァ・ァ・ッ!!」
ザガロスは迫りながら、周囲の山を手で薙ぎ払った。それは先ほどと同じようにやはりガラスのように簡単に砕け、破片が散弾となってブレイバスを襲う!
「うおぉッ!?」
予想していなかった飛び道具を反射的に回避するのに、ブレイバスが走る速度が一瞬緩む事となった。
「ア・ア・ア・ア・ア・ア・ア・ア・ア・ァ・ァ・ッ!!」
当然、その一瞬のスキをザガロスが待ってくれるわけもなく、漆黒の獣はブレイバスの眼前まで迫る。
(────やべぇ、これは、死んだ────)
ブレイバスは覚悟を決めた。
迫りくるザガロスの剛腕がスローモーションのように見える。
しかし自分の身体もまた金縛りにあったかのようにまるで動かない。
────その時、ザガロスのわき腹に、何かが勢いをつけて突き刺さった!
それを遠目で見ていた筋翼人隊長のバドが声を張り上げる。
「国王ぉぉぉッ!!」
漆黒の獣に一撃を加えたのは、戦線を離脱したはずの翼人王ガルグレン・スカイディア!
病魔で苦しんでいるのだろう。顔は青いまま、口から血を吐きながらも雄たけびを上げる。
「ぬおおおおおおおおおぉッ!!」
筋翼人最強を誇る男の十分な飛行距離で加速したその一撃が、何をやっても通じなかった変身後のザガロスの身体を大きく揺るがす。ガルグレンは突進の勢いが完全に止まると素早く身を翻し距離をとった。
そしてその時、ブレイバスは既に動いていた。
「【破壊魔剣】ッ!!」
ブレイバスの大剣がすぐさま漆黒の氣で覆われ、続けざまによろめいたザガロスに大振りの一撃を加える!
ザガロスの巨体を大きな音を立てて倒れた。
ブレイバスは更に間髪入れず、
「テメェだけぶち落とすつもりだったんだがな! まあ構わねぇ! 【十将軍】っつったらコイツで倒さなきゃな!! オラァッ!!」
大振りの一撃を、今度は地面に叩きつける!
崖に近かったその足場は見る見るうちに全体にヒビが入り────ブレイバスとザガロスがいる足場は崩壊した。




