二十六話 VSザガロス・ガイザード
乱戦の中、走っていたブレイバスはとある地点で足を止めた。
視界の向こうに映るものは、巨大な戦斧を振り切っている巨人のような大男。
そしてその大男の方向からまた別の男がこちらに吹っ飛んでき、ブレイバスの近くに音を立てて落下した。
「う……ブレイ……バス……」
倒れた男、ジークアッドは鎧を砕かれ血まみれになりながらも近くのブレイバスに向かって声を上げる。
「ジークアッド将軍、もうすぐこの場にリールのヤツも来るはずです。ココは俺に任せて下さい」
ジークアッドがザガロスに敗れた。
大将同士の一騎打ちに敗北したユニバール軍には動揺が走っており、戦況はややラムフェス軍に傾いている。
しかしそれでも歴戦の兵士達。それで持ち場を放棄し逃げ惑う者など一人もおらず、元々ジークアッドの指揮下にあるわけでもない筋翼人達は善戦を続けているため戦況はまだ保たれていた。
ジークアッドの状態が士気に大きく影響する事はブレイバスもわかっている。リールがこの事態に気づけばおそらくこちらの回復を優先してくれるだろう。
しかしどちらにしても目の前のザガロスを倒す、最悪でも抑えなければそれも叶わない。
ブレイバスはザガロスと戦うべく愛用の大剣を構え、叫んだ。
「【破壊魔剣】!」
ブレイバスの持つ大剣が一瞬にして黒色の氣に覆われた。その様子を見て、対面しているザガロスが嬉しそうな笑みを浮かべながらこちらに歩みを寄せてくる。
視線を交わす二人の戦士の横で、ジークアッドは動かない身体の代わりに声だけは何とか絞り出し、ブレイバスに話しかけた。
「気をつけろ……奴は武器が効かない……おそらく防御関係の魔法を……」
「そんなんじゃねーですよ」
しかしブレイバスはその遺言のような言葉を遮るように否定した。その行動にジークアッドも思わず口を閉じる。
ジークアッドのみならずザガロスもまた呆けた顔をみせ、ブレイバスに話しかけてきた。
「あぁん? なんだテメェ、俺の事を知ってんのか?」
「ああ、【竜聖十将軍】ザガロス・ガイザード。一度戦いになれば勇猛に先陣をかけ、圧倒的強さで数も地形も関係なく強引に相手をねじ伏せるラムフェス最強の将軍の一人、そのあまりの蛮勇っぷりに付いた称号が【剛竜】、だろ?」
「なんだなんだ嬉しいねぇ! 他国にまで俺の強さ広まっちゃってんの? いやー照れるじゃねえか!!」
ブレイバスの説明にザガロスは「カカカッ!」と大笑いし手を広げる。しかし、それもまたブレイバスは否定した。
「いいや、ユニバールじゃあまだそこまで有名ってわけでもないと思うぜ? 俺は元々ラムフェス人だ。アンタの戦いをガキの頃近くで見たことがあってね……実をいうと、俺はアンタの強さに憧れて剣の道を選んだ」
「ほう、俺のファンか! それはそれで嬉しいぜ! ……ってラムフェス人だあ? そういやブレイバス、って呼ばれてたな? はて、どっかで聞いた気がするんだが……」
そこでザガロスは巨大な戦斧を脇に抱え、考え込むように腕を組み首を傾げる。
ほんの数秒だけ沈黙したが、すぐに顔を上げるとブレイバスの方へ向き直った。
「ま、いいか! お前らも色々あったんだろ! 余計な検索は野暮ってもんだよな!」
ザガロスは、まるで知り合いか何かの気さくなおじさんのように豪快な笑みをみせ、
「いい大剣持ってんだし、ソイツで語って貰おうか!」
自身も戦斧を構えなおした。
「ああ! いくぜッ!!」
ブレイバスもそれに答え、黒い氣を纏った大剣を振りかぶりザガロスに向かって飛び掛かる。
「喰らいな! 【破壊滅斬】ッ!!」
ブレイバスのその豪快なジャンプ斬りに対し、ザガロスも戦斧を振り上げ撃ち合った。
巨大な鉄の扉をも破壊するブレイバスの一撃に、ザガロスは己の力のみで拮抗する。
「ぬぅぅ……ぅうんッ!!」
結果、ザガロスの腕力がブレイバスを上回り、ブレイバスは空中で押し戻され元の位置に着地する事となった。
「お?」
が、逆に【破壊魔剣】の破壊力は相手の戦斧の耐久度を上回り、ザガロスの戦斧にヒビを入れる。
「やっぱ単純な力じゃ敵わねえか! だったら本気で行くぜッ!!」
そう言いながらブレイバスは【破壊魔剣】を素早く解き、地面に叩きつけるように大剣を突き刺した。
そしてすぐに腰をやや落としながら空いた両手を顔の前でクロスさせ、そのポーズを勢いをつけながら解除しつつ叫ぶ。
「【破壊咆哮】ッ!!」
叫びと共にブレイバスの身体から熱を持った蒸気が噴出され、眼からは稲妻のような波動が走る。
「おお?」
ザガロスが呆けるような声を漏らしている一瞬の間に、ブレイバスは地面に突き刺した大剣を抜き去りながら、ザガロスのほうへ素早く距離を詰めた。
「おおおおおおおおおッ!!」
身体から蒸気を噴出しながらブレイバスは大剣を振り回す。
【破壊咆哮】を行う前と比べ、身体能力が爆発的に上がった状態でのその攻撃は、細剣や突剣による乱打のように素早くザガロスの身体に何発もの斬撃を浴びせた!
蛮族のような鎧が砕かれながら大男が押され、倒れる。
地に尻をつけたザガロスに止めを刺さんばかりにブレイバスは追撃のため身を乗り出し、渾身の一撃を振り下ろす!
────が、それよりもザガロスのほうが一瞬早かった。
倒れた状態から、ジークアッドを蹴り飛ばした強烈な足でブレイバスを蹴り上げる!
そのキックを腹に喰らい、宙を舞うブレイバス。
しかし、その刹那を見切って自らも後方に飛んだのだろう。空中で身を翻すと、少し離れた所で足を曲げながら衝撃を逃がしつつ、再び綺麗に着地した。
「やるじゃねえかブレイバスッ!!」
ザガロスが勢いをつけながら起き上がる。鎧を殆ど砕かれたザガロスではあったが、やはり本人の身体には傷がついていない。
(私の時と同じだ……! しかしあのラッシュですらダメージを負わせられないとは……!)
倒れながらも目だけは何とか戦いの方へ向けているジークアッドが胸中呟く。
そんな疑問を知ってか知らずか、ブレイバスはニヤリと笑った。
「相変わらずですなザガロス将軍! ガキの時に見せてもらった強さそのままだ!! 今その無敵のアンタを破って見せるぜ!」
ブレイバスはそう言いながら再びザガロスの方へ駆ける。
(先ほどの乱打の殆どは命中した。スピードは相手を上回っている。コイツで押し切る!)
「フンンンッ!!」
ブレイバスの大剣が再びザガロスに届こうとする時、ザガロスは戦斧を地面に思いきり叩きつけた。それにより発生した土埃によりブレイバスは一瞬動きを止めることとなる。
先の戦いでブレイバスが、ラムフェス軍副官ザギーネに行ったものと同じ戦術。
ブレイバスは胸中で、やはり自分はこの相手の戦い方の影響を強く受けているという事を感じ取っていた。
「ハッハーッ!!」
土埃の中からザガロスの圧倒的射程による戦斧の横薙ぎが放たれる!
が、そこにはブレイバスの姿はなかった。
「は?」
戦い方の影響を受けているという事は、相手の出方も読み取れるという事。
ブレイバスはその薙ぎ払いを認識する前に、自身の身を深く屈ませ一撃を回避したのだ。
「【破壊魔剣】ッ!!」
ブレイバスは更に自分の最も得意としている魔法を唱える。身体から蒸気を噴出した状態で、再び大剣に黒い氣を纏わせた。
【破壊咆哮】を使用している状態での【破壊魔剣】の使用。
自身の体力を大きく消耗する魔法の重ね掛けは、通常ではブレイバスのコンディションは長くは持たないだろう。
しかし、ブレイバスは【破壊魔剣】の発動時間を相手に一撃を与える瞬間にのみ絞ることによりその弱点を大幅に抑えたのだ。
普段から己の身体を鍛える事を決して怠らなかった男の強烈な一撃が、
受け継がれし身体強化魔法を完全に使いこなした男の渾身の一撃が、
鋼鉄をも砕く破壊の魔法を操りし男の必殺の一撃が、
────最強の男、【剛竜】ザガロス・ガイザードのわき腹を完璧に捉えた。




