ボク等の出会い
産まれ落ちたのは地獄だった。
両親の顔など覚えていない。物心ついた時には一人で生きていた。
死臭漂うごみ溜めの様な場所。
毎日誰かが死ぬし、殺される。死にたくないから奪い、殺されそうになりながら奪われ、人間の尊厳など存在しない場所。
大きくなってからは、同じごみ溜めの様なギルドに身を置いた。
綺麗な生き方なんて知らなかった。
殺しを生業とするそのギルドで、死にたくないなら殺し、殺されたくないから殺し、生きていたいから殺す。老いも若いも女も子供も、依頼があれば誰でも殺す。そんな日常。
ボクが生きていく上で、中性的な顔立ちや声はとても役に立った。必要に応じて性別を変えればどんな仕事だって出来た。
気がつけばそのギルドで中堅ほどの地位を築いていて、大口の依頼も請けられる様になってきたそんな時、あの依頼が来たのだ。
ボクの人生を大きく変えたその依頼の内容は、とあるギルドのマスターを殺して欲しいというものだった。
規模で言えば百人未満の小規模であるにも関わらず、世界各国から依頼が殺到し、一騎当千以上の実力者が揃っている傭兵ギルド"双翼の剣"。そこのギルドマスターであるアイト・ブルランテを殺して欲しいという依頼。
本来ならもっと古参で腕の立つ者達が請ける様な依頼であったが、誰もやりたがらなかった為にボクの様な中堅にまで話が回って来たのだ。
成功すれば一生遊んで暮らせる程の大金が手に入る依頼。だがしかし、その難易度は語る必要もない程であった。
それでも、ボクはその依頼を請ける事にした。
その頃にはもう、なぜ自分が生きているのかすら分からなくなっていて、ただただ『死にたくない』から生きているだけの人生に疲れきっていたのだ。
どこまで行っても希望を見出だせない地獄の様な時間をこれからもまだ、生きている限り続けなくてはいけないなど、それこそ絶望だった。
だから、失敗するであろうこの依頼を請ける事にした。
ボクの死に場所にする事にしたのだ。
彼等の本部は大きな船で、一所に長く留まる事をせずそもそもどこの港に寄港するか分からない。それに、外部の者が立ち入る事は出来ないという情報は掴んでいたので、世界中に幾つかある支部へ行く事にした。
殺害依頼を一番簡単に終わらせるのは暗殺がいいのだが、そもそもアイト・ブルランテの所在を掴む事が出来ない。
本部の船に居るのか、支部に居るのか、支部ならば何処の支部なのか、どれだけ探ろうが入ってくる情報は古いものばかり。仕方ないのでギルドに潜入して接触を謀る事にした。
「おい坊主、ここは託児所じゃねぇぞ」
「……」
一番近い支部の出入り口のすぐ側でボロボロの格好で踞って居座り続けること3日。漸く声をかけて貰えて内心ホッと安堵の息をつく。
それなりに人の出入りがあるにも関わらず、こちらを一瞥するだけで誰一人として声をかける気配がなかった彼等に1日目にして心が折れかけたが、双翼の剣の者達はその多くがギルドの者以外にはほぼほぼ無関心であるという事は聞いていたので仕方ないと持ち直した。
もうこの際、声をかけてくれたのが『優しい』という言葉からはかけ離れた見かけをした、スキンヘッドの厳つい大男であろうとどうでも良かった。
「お願いっ!!」
「うわ!?」
「ボクをここで働かせて!!」
「はぁ!?」
ガシッと男の足にしがみついて必死に懇願すれば、男は困惑の声を上げた。
「ここは有名なギルドなんでしょう? ボク、何でもするよ! だからお願い、ボクをここで働かせて!」
「あー……あのなぁ、坊主。確かにここはギルドだが、お前の様な子供が入れるような甘い場所じゃねぇ」
「でも、ボクと同い年くらいの子供が出入りしてるのも見たよ! ねぇ、お願い!!」
「いや、あいつ等はちょっと特別というか……そもそも双翼の剣の加入方法が特殊といか……そもそも何でそんなにうちで働きたいんだ?」
話を聞く体勢にまで持っていければこちらのものだ。
ボクは両の目に涙を一杯に溜めて、悲壮感漂う表情で男に訴えた。
「ど、奴隷商に捕まって……売られる前に逃げて来たんだ……お、おか、お母さんも、捕まってた、のにっ、ボク、ボクだけ……にげて……だから……」
「あー……」
聞かなければよかった、という雰囲気で気まずそうに頭をかいた男が、どうすっかな、と小さく吐き出す。
「お願いっ!! ボクは強くなりたいんだっ!!」
あと一押し、と泣きながら縋れば途方に暮れた様な声が男から発せられた。
「うーん、俺の一存じゃちょっとなぁ……マスターも居ないしなぁ……あ! おい、イルーサ! ちょっとこっち来い!」
悩ましげな声から一転。光明を見つけたとばかりにギルドの前を通りがかった少年を手招きした男。
その男の呼び掛けに応えて寄って来たのは錆色の髪と目を持つ眼鏡をかけた利発そうな少年だった。
ボクとそう対して年が変わらなそうな少年は、不機嫌そうに眉間に皺を寄せて男とボクを二度ほど交互に見た後、大きな溜め息を吐き出した。
「クロッカス、この子はなんですか?」
「うちに入りたいんだとよ。俺は今から依頼こなさないといけないから、お前が面倒見てやってくれ。次にマスターが来た時にでも会わせてやればいいだろ。よろしくな」
言うが早いか、クロッカスと呼ばれた男はヒラヒラと手を振って去って行く。
眉間の皺を先程よりも深くした少年は、暫く男が去って行った方向を睨んだ後、諦めた様に溜め息を吐き出してこちらに顔を向けた。
「イルーサ・スマーフです」
「あ、ユトです。ユト・アルザイダー」
差し出された手を握り返して用意しておいた偽名を名乗る。
こうしてボクは、その後のボクの人生を大きく変える出会いを果たした。




