38.実験と襲撃
「さて、二つ目以降について。もう後のは、過程の破棄でやってる」
沈黙が煩わしくなったアストは、とりあえず先程したポーションに関する話を再開することにした。
「過程の破棄?」
人間組はまだ沈黙しているが、ウ゛ェルドは復活してアストに疑問の声を伝えた。
「ああ。物事には原因、過程、結果の三つがある。過程の破棄は、そのままの意味。原因から結果に到るまでの道筋である過程を無くし、原因を結果に直結させるんだ。もっとも、制限が無いわけじゃないがな」
「制限が有るのか?」
「一応な」
「どんなだ?」
「一度原因から過程までを確認しておかないと駄目なんだ。だからこの方法は、二回目以降じゃないと使えない」
「そうなのか」
ウ゛ェルドは一つ頷いた。
「もっとも、自前の能力なら一回目を確認するのなんて簡単だ」
「まあ、そうだろうな」
「そうだウ゛ェルド、一本飲んでみないか?」
そう言うとアストは、作り立てのポーションをウ゛ェルドに差し出した。
「なんでだ?俺は今怪我なんてしていないぞ?」
アストからポーションを受け取ったウ゛ェルドは、首を傾げた。
「まあ、ちょっとした実験だ。身体に害が無いことは確認出来ているから、気にせず一本飲み干してみてくれ」
「わかった」
ウ゛ェルドはなんだかよくわかっていないのに、アストに言われるがままにポーションを飲んだ。
「けふっ。それで、何の実験だったんだ?」
ウ゛ェルドはポーションを飲み終わると、アストに今更そのことを確認した。
「いや、このポーションの回復力は知っているだろう。その力が及ぶのが、肉体だけかと思ってな。魔力の方にも効くなら、ウ゛ェルドを完全体に出来るかと思ったまでだ。それで、魔力が回復したような感じはするか?」
「ふむ?」
アストに言われたウ゛ェルドは、自分の体内に意識を向けた。
ちょうどウ゛ェルドの体内では、飲んだポーションが胃に到達し、効果を発揮するところだった。
「うーむ?」
ウ゛ェルドがじっと意識を体内に向けていると、胃袋から何かが大量に体内に拡散していくのがわかった。
そのまま推移を見守ること数分。
ポーションはウ゛ェルドの身体全体に広がり、ウ゛ェルドが認識していなかった細胞単位のダメージを治癒させていった。
「魔力はわからないが、身体は軽くなった。かなり調子が良い」
「ふむ。ポーションは外傷以外にも効果があるということか?」
「多分、そうだと思う」
ウ゛ェルドは確信が持てないが、とりあえずはそうアストに言っておいた。
「まあ、マナポーションではなかったし、新しいことがわかっただけ良しとするか」
アストは、今度はマナポーションを作成することに決めた。
「それで、結局何本欲しいんだ?もっといるのか?」
話しが一つ終わったアストは、まだ沈黙している面々を見ながら、またポーションの作成を始めた。
くるくるくるくる。アストの指先が回る度に、テーブル上のポーションが増えていく。
テーブルが全部埋まったら二段目へ。
二段目が埋まったら三段目へ。
シオン達の目の前で、ポーションがどんどん高積みされていく。
それはやがて天井にまで到達し、ようやくアストもポーションの作成を止めた。
「これくらいあれば足りるか?」
「「「・・・」」」
アストの確認に、一つ前の沈黙とは別の沈黙が発生した。
前は言葉が無い。
こちらは呆然といった感じだ。
「ふむ。この部屋を埋め尽くしてみるか」
「「「「「「「「それは止めろ!!」」」」」」」」
アストが応接間を見回しながらさらなる増産を口にすると、今まで沈黙していた面々が一斉に待ったをかけた。
「なんだ、もういらないのか?」
「いくらなんでも作り過ぎだ!」
「そうか?」
「当たり前だ!」
「ゲーム時代はバグ確認の為に、エリア一つをアイテムで埋め尽くしたこともあるんだがなぁ」
「「はあっ!?」」
アストのそのぼやきに、意味を理解出来るシオン達だけが絶句した。
他の面々は、全員理解不能で頭を疑問符だらけにした。
「まあ、良い。話の脱線もそろそろおしまいに、うん?」
「「?・・・!」」
アストは突然シオン達の会話を止めると、窓の外に視線を向けた。
釣られるようにシオン達もそちらを向くと、窓の外に人影が見えた。
ちなみに、領主館の応接間は三階にある。
普通なら窓の外に人影が見えるわけがなかった。
そんな人影は、ちょうど窓に突撃してくるところだった。
パリィーン!!
けたたましい音が室内に響き渡る。
シオン達が突然の闖入者に臨戦体勢をとろうとした瞬間、闖入者の腕からロープが放たれ、テーブル上にあったポーションを数本引き寄せた。
「狙いはポーションか!」
シオンが声を上げる中、闖入者は引き寄せたポーションを抱えて侵入した窓から外に飛び出して行った。
あとには、臨戦体勢をとる一歩手前の姿で固まるシオン達が残された。
それからは、領主館全体が慌ただしくなった。
まあ、来客対応中の領主夫妻と来客達が襲撃されたのだ、それも無理はない。
シオン達だけではなく、ティアナ王女達各勢力のトップも、自勢力にそれぞれ指示を出し、闖入者。襲撃をかけてきた賊の捜索を開始した。
そんな中、今でも応接間に残っているのは、アスト、アリア、ウ゛ェルドの三人だけだ。
「随分と騒がしくなったな」
アストは、部屋の外の喧騒などあまり気にならないようで、応接間でお茶をしている。
もちろん、お茶はアストが召喚したものである。
世界の兵糧攻めは当然お茶にも及んでおり、この世界のお茶は飲めたものではないからだ。
「アストさん」
「どうかしたか?」
「アストさんは捜しに行かなくて良いんですか!」
「何をだ?」
「アストさんが盗まれたポーションをです!」
「別に構わん。元々最低位のポーションだし、どうせ賊には使えない」
「どういうことです?」
アストのこの言葉を、アリアは訝しんだ。
「この世界のアイテムは、全てゲーム法則対応だ。アイテム自体が本物だったとしても、ゲーム法則が適用されていないものには効果を発揮しない。あれを使っても、せいぜい材料の薬草分の効果がある程度。気にする必要なんかない」
「そうなんですか?」
「ああ。ただの現実だと、肉体に作用する効能がないと意味がない。逆に、ゲームなら原因と結果が法則で決まっていれば、過程はいらない。だからこそ、肉体を一瞬で治癒させるなんていう現実離れしたことも可能になる」
「そうなんですね」
アストの説明に、アリアはある程度納得した。
「それに、別に俺は場所を知っているしな」
「えっ!?アストさんはあの襲撃者の今いる場所を知っているんですか!」
「ああ、知ってる」
「いったいどうやって!アストさんはこの部屋から一歩も出てないじゃないですか?」
「あのポーション自体が目印になってる。俺が作成したものだからな。俺の魔力なんかが僅かに付着している。それを辿れば、簡単なことだ」
そのアストの言葉に、アリアはただただ驚きを覚えた。
「それで、今何処にいるんですか?」
「うーんと、な。北にある山の中かな?」
アストは感知している場所とこの辺りの地形を比べ、その辺りだとアリアに答えた。
「なら、その情報を領主様達に早速」
「待て」
立ち上がり、応接間から出ようとするアリアを、アストは呼び止めた。
「どうかましたか、アストさん?」
「さっきも言ったが、アレは使えないどうでもいいものだ。わざわざシオン達に教える必要はないだろう?」
「ただの窃盗なら、アストさんの言い分で良いと思いますけど、領主館が襲撃されてますから、それじゃあすみませんよ」
アリアはそう言うと、応接間を出てシオン達のもとに向かった。




