第二十二話
「いやあ、次世代の日本を担う若者の結婚式ですか。実に、目出度いですね」
「……」
農業との兼業冒険者生活から、日本政府からの依頼で全国各地のダンジョン攻略の手伝いをするようになって半年あまり。
本日は暦で言うと大安であり、世間では結婚式に向いていると言われている日だ。
だからと言うわけではないが、俺はこの度、結婚する事になっていた。
お相手は、お隣に住む農業志望者にして、今は同じく冒険者をしている田井中理沙さん、年齢は十九歳。
隣人で同じパーティーメンバーである、田井中善三氏の孫娘である。
馴れ初めは、亡くなった両親の葬儀でドタバタしている時に向こうが俺を気に入ったらしい。
思うに、この世の中にはもっとイケメンで素晴らしい男性も居るかと思うのだが、向こうが気に入っているのだから良しとしよう。
俺自身も、理沙は好きなのだし。
そんなわけで、俺達は忙しいダンジョン探索稼業の合間に結婚式の準備を進めていたわけだ。
某県庁所在地にある有名な式場やホテルで予約を取り、招待客の選別から招待状の発送に、衣装合わせなどと。
なるほど、結婚するというのはなかなかに大変らしい。
あとは、うちの場合は祖父母が健在なので軽く挨拶を。
理沙の方は、善三さんへの挨拶などは今さらだったので、彼女の両親に挨拶に出向いていた。
とはいえ、彼女の両親は同じ某県庁所在地に住んでいるので、そう会いに行くのに苦労したわけでもない。
あり得そうだった、『お前のような馬の骨に、娘はやれん!』というような反対意見もなく、挨拶は恙なく終了していた。
こうなると、お祈りメールしか来ない転職活動など止めて、兼業冒険者になって良かったと思う。
少なくとも、経済面で理沙の両親から反対されるような事が無かったのだから。
そして、そんな色々な準備の下に、ようやく結婚式当日を迎える事となる。
まず最初に、披露パーティーを行うホテルに付随した教会で式を挙げるわけだが、なぜかその中に居てはいけない人がいるような気がするのだ。
双方の親戚に、招待した友人達。
恩師である安西先生や、理沙も世話になった高校時代の恩師を呼んでいたりもする。
そのメンバーに、一切違和感は存在していない。
だが、バージンロードを理沙が歩いている中、一番前の良い場所で、一人嬉しそうに納得しながら上のセリフを吐いている人物が居たのだ。
「あのう。あなたは、阿部総理では?」
当たり前だが、俺が感じた以上に、式に参列している人達は違和感を感じているようだ。
何しろ、一国の総理が一般人の結婚式に参加しているのだから。
堪りかねた俺の祖父が、阿部さんに確認するかのように質問していた。
「はい、私が内閣総理大臣の阿部です」
阿部さんは、いつものように誰に憚る事なく朗らかに答えていた。
こういう部分は、この人の美徳なのかもしれない。
「総理は、なぜに私の孫に結婚式に?」
「実は公務でこの地を訪れたのですが、そこでたまたまこの式の様子が目に入ったわけでして」
当然、嘘である。
稀にニュースなどで、総理大臣などがサプライズで一般人が集まる場所に現れたり、イベントなどに姿を見せる事がある。
表の事情はそういう事にして、実はダンジョン関連で知己になった俺と理沙の式に顔を出しているのであろう。
だが、そんな話はまるで聞いていなかった。
友人のサプライズならわかるのだが、総理大臣のサプライズは精神衛生上止めて欲しいと思う。
「それは、光栄な事です」
「ところで、ご祝儀は持って来たのですが、私の席はあるのでしょうか?」
「(阿部さん! あんた、披露宴にも出るつもりかよ!)」
俺は内心で彼にツッコミを入れるのだが、肝心の本人には到底届くはずもない。
予告通りに阿部さんは普通に披露宴に参加し、急遽ホテル側が準備した料理を全て平らげ、余興で軽く挨拶と一曲を披露し、引き出物まで貰って、首相官邸まで帰って行くのであった。
「いやあ、たまげたな」
「あの人、何を考えているのでしょうか?」
波乱の結婚式から数日後、俺達は久しぶりに家へと戻り、そこで一緒に夕食を取りながら一家団欒の時間を過ごしていた。
メンバーは、俺、理沙、空子、善三さんの四名で、今日は今泉は実家へと戻り、瞳子さんも諸用で東京に戻っている。
なので今日は、ダンジョン探索はお休みになっていた。
「あの総理が神出鬼没なのは、今日に始まった事でもあるまいて。おおっ、肉が煮えて来たではないか」
「本当だ。早く食べよう」
空子は相変わらずマイペースであったし、理沙も気にしても仕方が無いと思っているらしい。
やはり、女性の方がメンタルは逞しいようだ。
早く夕食を食べようと、俺達を急かしていた。
ちなみに、今日のメニューはすき焼きであった。
材料は、野菜は大塚・田井中両家の畑から獲れた物と近所からのお裾分けで、肉はダンジョンで獲得した魔物の肉となっている。
ウサギ、熊、猪などの魔物に。
今日は竜の肉も出ているとあって、楽しみにしていたのだ。
栄養を取る以外にも色々と効果がある魔物の肉は、現在少量ではあるが世間でも流通している。
珍しいのと、本当に疲労回復やアンチエイジング効果があるせいで、目の玉が飛び出るような値段で売られているらしいが、現在なかなか手に入らない状態になっているそうだ。
あとは、ダンジョン内で冒険者が回復アイテム替わりに消費してしまうのも、これがなかなか世間に出回らない理由となっていた。
特に、竜の肉は高い。
小型のワイバーン種でも九十八階層からしか出ない上に、中型や大型ともなれば、九十九階層か百階層でしか出ないからだ。
値段も、100グラム数万円から数十万円と、庶民には高嶺の華となっていた。
「こういう時に、冒険者で良かったと思えるな」
だが、冒険者は別である。
実力があれば、このバカ高い肉を無料で手に入れられるのだから。
うちのパーティーは、俺と空子と今泉が回復魔法を使えるおかげで、これらの肉類をダンジョン内で消費する事はほとんど無い。
収納魔法で仕舞っておけば新鮮なままなので、必要な分だけ取り出して食事の材料にしていたのだ。
「では、頂きましょうか」
「へっ?」
「そうだな。この竜の肉ってのは、俺でも手に入れられなくてよ」
「あのう……」
突然、一家団欒の時を、またおかしな方々が邪魔をし始める。
声のした方向を見ると、そこにはあのギャングのようなスーツ姿が良く似合う朝生副総理と、もう一人テレビで見た事がある政治家の姿があった。
民自党の幹事長である、石刃茂さんその人であったのだ。
「ようっ。久しぶりだな、大塚さん。結婚、おめでとうな」
「ありがとうございます。って! あのなぜここに副総理が?」
「ちょっと、用事があってな。あとは、石刃さんも紹介しておこうと思って」
「幹事長の石刃です」
「冒険者の大塚です」
癖で普通に挨拶をしてしまったが、聞きたいのはそんな事ではない。
なぜに我が家に、副総理と民自党の幹事長が居るのかという事だ。
もしうちの両親が生きていたら、同じく疑問に思うであろう。
そのくらい、うちは由緒正しき一般庶民の家系なのだから。
「のう、義信。その人が、鉄ちゃんでミリオタな政治家さんなのか?」
「ネット知識か?」
「むろんじゃ」
威張る事ではないと思うが、まあ空子のイメージは間違っていないであろう。
俺もテレビで見た印象から、ヲタ系で、所謂キャラが立った政治家だと思っていた。
「ところで、石刃さんは我が家にどのような用件で?」
「実は、海外に行って欲しいのです」
石刃さんはそう言いながら、冷静に自分の器にコカトリスの卵を割ってかき混ぜ、煮えた竜の肉を入れて食べ始める。
隣を見ると、朝生さんも同じように煮えた魔物の肉を食べていた。
コカトリスの卵は、烏骨鶏の卵などとは比べ物にならないほど美味で高価であった。
七十階層前後で良く出没する魔物なのだが、未熟者が下手に手を出すと石化攻撃を喰らってしまい、そうなると治療に大変な手間がかかってしまう。
治癒の中級魔法である『状態回復』が使えれば、そう難しい敵でもなかったのだが。
「竜のお肉は、美味しいですね」
「はあ、それはどうも……」
石刃さんは箸を置くと、更に詳しい説明を始める。
一方、石刃さんを俺達に紹介して自分の仕事は終ったと思ったのか?
朝生さんは、善三さんから地元の焼酎をコップに注がれ、それを美味しそうに飲んでいた。
というか、ホテルのバーで飲んでいる人が焼酎なんて飲むんだなというのが、俺の感想だ。
「現在、大塚さん達の適切なフォローにより、日本国内のダンジョンはその三分の一ほど三十三箇所が攻略されています」
必ず苦戦する九十五階層から百階層をメインに、俺達は助っ人に入る事が多かった。
そして必ず地元の最強パーティーと組んで、百階層のラスボスの討伐を行う。
最後に必ず古文書が出て、ダンジョンの成り立ちと仕組み。
そして、三年以内に攻略しないとダンジョンが消えますと書かれているので、機密情報を知る人間は少ない方が良いという判断からだ。
あとは、やはり竜が圧倒的に強いという理由もあった。
一度、俺達と共に戦闘を行って経験を積む。
こうする事で、二度目からの戦闘を有利にして貰うのが目的であったのだ。
「おかげで、現在47パーティーが竜の討伐に成功しています」
それだけ竜が倒され、貴重な鉱石やドロップアイテムを獲得しているのだそうだ。
「竜のみならず、魔物の毛皮や牙でも素材業界には大革命なのですよ」
確かに、半ば物理的名法則を無視してデカイ、早い、強いを実践している魔物の素材なので、一体何で出来ているのだろうと俺などは思っていたのだ。
生憎と、俺の頭では理解不能であったが。
「国内の研究所では、次第に成果も挙がっているようです」
現物を参考にしてその構成や性能を分析し、その使い道や、出来れば量産方法も研究する。
おかげで、その分野における進歩は恐ろしい物となっているようだ。
「そんなわけでして、国内は計画通りなのです。あとは、如何に海外でダンジョン利権を得るかです」
自力でダンジョンを攻略できない国に、日本から優秀な冒険者パーティーを送る。
そうする事で恩を売り、なるべく利権を確保してしまおうという計画らしい。
「アメリカとかが、得意そうな分野ですね」
「確かに、そうですね」
実際、イギリスと共同でダンジョンが多いカナダに冒険者を派遣しているそうだ。
アメリカ領土ではあるが、飛び地なのでカウントされていないアラスカのダンジョンもある。
「アラスカには、日本とほぼ同じ八十七箇所のダンジョンが確認されています」
となると、アメリカは意地でもその全ての攻略に全力を注ぐはずだ。
「日本は経済援助の一環として、まずは南太平洋の旧委任統治領であった小国に出来たダンジョンの攻略を行う予定です」
戦前は日本が統治していた、南太平洋の島々。
ここに出来たダンジョンの攻略を行うとの、石刃さんからの話であった。
「勿論、大塚さん達がメインでです」
「自衛隊は、そう簡単に海外に派遣できないからですね。わかります」
「いえ、一度退官させてから派遣する方向で」
「なるほど、その手がありましたか」
以上のようなやり取りがあり、俺達は海外へと出かける事となる。
俺達の場合は別に自衛官でもないので、普通に就労目的で現地に飛行機で行くわけだが。
「なにぃ! 海外か! 南の島ともなれば、水着が必要じゃの!」
「無料で新婚旅行とか、気が利くよねぇ」
「のう、朝生さん。向こうに、良い酒はあるのかの?」
「それでしたら、私が良い物を送りましょう。地元に美味しい焼酎がありまして」
「……」
俺以外のメンバーはいつも通りだったので、今度も大丈夫であろうと思った俺とは違い、石刃さんはその場で絶句していたようであったが。
ただし、その後はすき焼きをお腹一杯食べて帰ったのは言うまでもない。
そういう図太い部分がないと、政治家としてやってはいけないのであろうが、その肉は俺達が苦労して獲得したのにと言うと、些かセコイのであろうか?




